【R18】どうせなら、君を花嫁にしたかった。

湖霧どどめ

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42.状況が分からなければ断ってもいいんだよ。

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 その後の数日間は穏やかだった。そろそろ冬に入ろうか、という気候になりだした頃……クロイアとジェリア宛に鳩が来た。筆跡からしてエリオードだ。
 教会から戻ったクロイアと二人で手紙を開く。そこには、明日エリオードが訪問にくるという旨が記載されていた。理由などは書かれていない。もしかすると、鳩が襲われるのを恐れたのかもしれない。

「何か分かったんでしょうか」

 クロイアの言葉は、恐らく当たりだろう。手紙で伝えられないような手掛かりか……もしくはそれを固めるためにミネグブに会いに来るか。
 ジェリアはクロイアの頭をそっと撫でた。

「早朝には着くみたいね。今日は早いうちに夕飯を済ませて……」

 ごとごと、と窓を叩く気配がした。何事かと思い振り向くと……窓の外に、エリオードがいた。

「父さん!?」

 クロイアが慌てて窓を開ける。するとエリオードは人差し指を口に当てた。

「声は抑えてくれ。俺がここにいるとバレるのはまずい」

 それは、ジェリアの両親にだろうか。クロイアは慌てて口を閉じる。ジェリアが扉の方を指差すとエリオードは頷いて窓から離れた。
 扉を開き現れた彼に「どうしたの」とジェリアが声を掛けた。

「手紙読んだけれど、来るのは明日じゃなかった?」
「悪い、あれはブラフだ」
「ブラフ?」

 エリオードが神妙な顔で頷く。

「悪い、完全に俺達……教会側のミスだ。迷惑ばかりかけて悪いんだけど、匿ってほしい」
「貴方を?」
「いや」

 エリオードは背後に目をやる。そこには、いつの間にかギルヴィアが居た。

「おばっ……とうしゅさま?」

 ギルヴィアはかなり気まずそうな面持ちで目を逸らしていた。ジェリアは慌てて駆け寄り車椅子の車輪を小屋にあげた。

「いや、すまん。いやもう本当に」
「どうされたんですか」

 クロイアの言葉に、エリオードが「俺から説明する」と口を開いた。

「結論から言えば、やっぱりラルネス氏が黒幕だ。で、狙いは姉貴だった」
「……ど、どういうこと?」
「どうやら姉貴がラルネス氏の恨みを買ったらしい」

 ジェリアはひとまず、追加で二人分の茶を淹れた。ハーブティーの香りを嗅ぎながら、ギルヴィアは幸せそうに目を細める。エリオードはそんなギルヴィアを見ながら溜息を吐いた。

「教会に、ラルネス氏に情報を流す内通者が二人いた。両方下女の子で、その……肉体関係結ばされて絆されたらしい」

 もう、驚かなくなってきた。ショックはさすがに受けてしまうが。クロイアも心配そうにジェリアを見上げてくるので、優しく頭を撫でておく。
 エリオードは続けた。

「目的までは知らされていなかったらしい。まあ用心深いよな、そりゃ。で、さっき……うちの妻が家から出て行った」
「母さんが?」

 エリオードは気まずそうにクロイアを見る。しかしクロイアはそんなエリオードを真剣な目で見つめていた。ギルヴィアがかわりに、何でもないことのように口を開く。

「あの女、あのクソガキと繋がってる。出て行ってからあの女の保管金庫漁ったら大量のお手紙が出てきたよ」

 クロイアは露骨に顔を歪めた。泣き出してしまわないか不安になったが、どうやら堪えたらしい。エリオードは頭を抱えた。もう誤魔化しようがないと諦めたのだろう。
 クロイアはジェリアを見上げた。

「……ジェリアさんは、しってたんですか」

 仕方ないので、頷く、それを見たエリオードは眉を寄せた。

「え、俺ジェリアに言ったか。さすがに証拠固めてからにしようと思ってたんだけど」
「ミネグブに聞いたの」

 ちらり、とクロイアを見る。クロイアは「ぼく、聞かないほうがいいんですね」と呟くと耳を両手でぎゅっと塞いだ。エリオードとギルヴィアを見ると、エリオードは「話してくれ」と呻いた。
 ひとつ、息を吸って吐く。

「……ラルネスの種を、買っているみたい」

  それを聞き、エリオードは露骨に顔を歪めた。反対に、ギルヴィアはくつくつと笑い出す。

「一番エグいやつ。まあ確実だ」
「でも、ラルネスは種が無いの」

 ジェリアの言葉に、ギルヴィアはさすがに笑いを止めた。それを見てクロイアはさすがに気になったらしいが、手はきちんと耳に当てていた。
 エリオードは何も動かない。ジェリアに「それで?」と続きを促した。

「多分奥様は、何も知らない。つまり、騙されてる。ラルネスに」

 ジェリアの言葉に、エリオードは長く太い息を吐いた。さすがに妻の不貞を実際耳にするのは辛いのだろう。それを想像すると、不謹慎にも胸の奥がちくりと痛んだ。
 ギルヴィアは首を傾げた。

「でも買うって、あの女にそんな金あったかな。むしろうちはタロニ家へ結婚代として大金絞りあげられたくらいなんだけど。それにお前も、そんなに金渡してないんだろ」
「まあ、うん。絶対ろくな事に使わないし……ああでも、そういえばそれに文句ひとつ言わなかったなあいつ」
「タロニから隠し財産を持ってきてたって言ってたわ、ミネグブが」

 腑に落ちたのか、エリオードは再び溜息を吐いた。ギルヴィアも不快を通り過ぎて愉快になってきたのか、手を叩いて笑っている。

「よし、この一件が終わったら離縁の手続きだなエリオード。物的証拠もあるんだろ、タロニを脅迫する事もできる」
「ああ、そうだな」

 もうどうでもいい、とでも言いたげな口ぶりだった。しかしようやくその意味を飲み込んだのか、ギルヴィアを見る。

「……そうか、出来るのか。離縁」
「ああ、あーやっと済々する。まあ新しい嫁もすぐ貰えるだろうしな」

 ギルヴィアの言っている意味がわかり、顔が一気に熱くなる。エリオードは一気に顔を輝かせた。

「え、え。いいのか」
「まあ他のジルがニッレは何かしら言うだろうが、当主である私が言えば許可せざるを得ないだろ。それに、こんな気の利く義妹なら私大歓迎」

 まさかの言葉に、ジェリアもエリオードも呆然とする。そんな二人を交互に見て、ギルヴィアは「なんだ、嬉しくないか」と口にする。エリオードは慌てて首を振った。

「い、いや。この上なく嬉しいし有り難いんだけど。でもごめん、状況が状況だけにその、思い切り喜べないというか」
「そうね」

 ジェリアも頷く。エリオードは、そんなジェリアを不安そうに見た。

「……終わったら、結婚してくれるか」

 どこか気弱そうで、違和感すら感じる。何を不安に思う事があるのだろう。もう、気持ちと覚悟は出来上がっているというのに。
 ジェリアはそっと、口を開いた。

「ええ」

 エリオードは何も言わなかった。ただ、瞳を急に潤ませる。そのまま、ぼろぼろと泣き始めた。さすがにぎょっとしてエリオードを見るが、彼は笑っていた。

「ど、どうしよう……嬉し過ぎて、なんか、ごめっ……やっと、現実になった……」

 そう呟くエリオードに一言「怖……」とだけ投げかけてから、ギルヴィアは車椅子を動かした。クロイアの側に寄ると、そっと耳に当てられ続けた手を外してやる。

「はいお待たせ、ここからは6歳児も参加可能だ」
「い、いったい何のはなしをしてたんですか……」

 戸惑ってしかいないクロイアの言葉はとくに聞かず、ギルヴィアは元の位置に車椅子で戻った。そして、改めて口を開く。

「言っておくけどそういうのは全部終わってからだから。まあ原因の私が言うのもおかしいんだけど」
「そういえば……あの、結局奥様と今回の件に何の関係があるんですか。それに、その……教会の女の子たちって」

 教会の下女達がラルネスに新しい遺体の情報を流していた、というのは先程の話で聞いたばかりだ。しかしそれと、今回の事はどうも結びつかない。
 ギルヴィアの代わりに、エリオードが口を開いた。

「教会の中でラルネス氏への疑惑が生まれて、まずそういう関係だった子達から洗おうってなったんだ。気を付けて尋問していたんだが、それでもその内の一人にバレてしまった」
「ラルネスを疑ってる事?」
「ああ。で、それをラルネス氏に言ったらしい。そうしたら、まず……そうだな、ジェリア。あの男はどうすると思う」

 突然の質問に面食らうも、すぐさま答えは用意出来た。ジェリアが「逃げるわね、拠点もいくつもあるし」と答えると、エリオードは頷いた。

「だよな。でも、アーネハイトの分家に逃げようものなら俺たちにすぐ予測が立てられる」

 それもそうだ。どちらにせよ、エリオードとの関係を知っている以上どちらにせよ南部には近付いてこないだろう。しかしそれは同時にジェリアに頼れないような企みをしている、という証明になる。
 エリオードは続ける。

「つまり、アーネハイト達に予測されないような場所に逃げる必要があるって事だ。そして逃走には何がいるかと言えば、経費。金だ」
「……奥様のタロニの隠し財産」
「正直タロニと何かしらの関係をまだ隠し持っているのかと俺たちは踏んでたんだが、ジェリアの話を聞く限りじゃそっちの方が自然かもな。どちらにせよ、そのためにあいつを連れていったか。人質にするにしても効果は薄いしな」

 一応妻であるはずなのに、薄情な物言いである。しかし本心なのだろう。何とも複雑だった。

「奴の企みは姉貴の殺害か、それに等しいなにか。それに加えて何かあるに違いない」

 エリオードの言葉を聞き、ジェリアはギルヴィアを見た。彼女は溜息を吐く。

「あれだろ、私があいつに何をしたか気になるんだろ」

 素直に頷く。クロイアを見ると、神妙な面持ちだった。
 エリオードはひとつだけ、溜息を吐く。そして、彼もまたギルヴィアを見た。

「話せよ。ここまで勿体つけたって事は、俺とジェリア両方に聞かせたかったんだろ」
「まあ、その方が手間は無いからな」

 ギルヴィアのぼつりとした言葉の後、小さな語りが始まった。
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