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32.小賢しい手。周囲の人間が優しいのも気に食わない。
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「はああああ?」
ギルヴィアの第一声はそれだった。
エリオードは姉の部屋へ向かうと、すぐさま先程のフォニカの言葉を報告した。正直、エリオード自身も混乱していた。
「馬鹿馬鹿しい、どうせ虚言だよそんなの」
「……俺もそう思ったが、明らかにあいつが体調悪そうに見えた。あと、臭いがした」
「臭い?」
「吐瀉物のだ。吐いてる、あいつ」
エリオードはギルヴィアの机のすぐそばにある来客用のソファに座り込み、頭を抱えていた。そんなエリオードに、ギルヴィアは椅子から動かぬまま声を投げる。
「身に覚えは無いんだね?」
頷く。一切、無い。ジェリアが言うならともかく、フォニカとはここ数年単位で交渉を断絶している。その時点でおかしい。
「想像妊娠じゃ?」
「いくら何でも仕込み無しにそこまで妄想出来るか?」
ギルヴィアは口元に手を当てて考え込む。そしてふと、顔を上げた。
「あの女の言い分は」
「俺が昏睡してる間に襲った、だと。上辺だけの謝罪まで付けられた、本人は至って嬉しそうだったがな」
「なるほど、多少無理はあるが最悪それで外聞は通せるわけだ」
……予想外にも程がある。
フォニカのあの顔色からして、嘘ではなさそうだ。そもそもクロイアの時から、早い内に悪阻はあった。嘘であれば、単純に怒鳴りつけでもして終わる話なのだが。
「エリオード、何か落ちてる。ソファ」
ギルヴィアの言葉に、周囲を見渡す。すると、一枚の封筒が落ちていた。先ほど寝室から拝借したものだ。
改めて、手に取る。フォニカへの宛名しかない。よくよく見れば、フォニカの似顔絵を小さく描かれていた。これは、鳩に当人以外に手紙を渡させないようにするための手法だ。つまり、他人に見つかってはまずい内容が書かれているという事か。
封はもう切られてみる。中身は無かった。
「何それ」
「フォニカに来てた手紙だ。中身入ってないけど」
「何でそんなの……」
ギルヴィアの目が見開かれる。そのまま、手招きされた。封筒を置いて立ち上がると「それだ馬鹿」と口にされる。急いで拾い、手渡した。ギルヴィアはフォニカへの宛名をじっと見つめ、憎々しげに顔を歪める。
「……何であいつが」
「誰からか分かるのか、姉貴」
ギルヴィアは封筒を机にそっと置く。そして、呟いた。
「ラルネス・アーネハイトの筆跡だ」
「……は?」
封筒に目を落とす。流麗な字だったが、覚えがない。そもそも彼の字など見たことがないから当たり前なのだが。
ギルヴィアが苛立たしげにこつこつと机を指で叩く。
「中身は無いって?」
「ああ。抜かれてる」
「よしお前、探ってこい」
「え?」
ギルヴィアはエリオードを見上げた。ギルヴィアの成長は、彼女の足が腐食されて以来止まっている。そのため、大人にしては小柄だった。
「どうせあの女はしらばっくれる。こんな機密文書じみたものを送ってくる時点で何かあるのは明白だ、それなら男の方を洗え」
「……おい、もしかして」
「種の主、知りたいだろうお前も」
機密文書が恋文、というのは……確かに大いにありえる話だ。しかしもしフォニカに横恋慕しているというのであれば、すぐさま奪ってくれた方がこちらとしては手っ取り早いものなのだが。
丁度これから向かうのはアーネハイト邸、彼の本拠だ。うまく隙を見つけて、証拠を掴む事が出来れば。
「ところであの女、何故私には報告に来ない? 私を軽んじているにも程があるだろもう」
「確定したら、ってところだろ。確定も何も事実であってほしくないものだが」
「ああ、なるほど。ところでお前、時間大丈夫?」
エリオードは「そろそろだ」と返すと身を翻した。そのまま、部屋を出る。
一旦教会で集合して、複数人で向かう事になっている。徒歩で教会へ向かうと、もうすでに何人も揃っていた。ラチカもいる。
「あ、これで全員だね」
ラチカはエリオードを見つけると周囲を見渡す。シャイネが「そうですね」と頷いた。他に五人程のエクソシストがいる。内二人程は見たことのないエクソシストだった。きっとラチカがロドハルトで抱えている者達だろう。
「シャイネも行くのか」
エリオードの言葉に、「いざという時はお使いください」とシャイネは返した。相変わらず淡々とした男だ。彼の言う「いざという時」は対人戦があった時の戦力という意味なのだろうが……エリオードには、ひとつの思いつきが上がった。
教会の馬車に、全員で乗り込む。シャイネは御者台へ向かった。丁度いい。
馬車が、進み出した。他のエクソシストはそれぞれ話をしていて、エリオードは丁度隣に座っているラチカの腰を指でつついた。彼女は「どうしたの」とエリオードを見る。小声なあたり、察してくれているらしい。
「ちょっとお前……というか、シャイネに頼みがある」
「シャイネに?」
エリオードは頷いた。
「なあ、ラチカ。もし不貞を働くとしたら、どこを使う。あくまで家にあるどの部屋を、っていう意味だ」
「な、何その質問。怖すぎるんだけど」
「いいから」
ラチカは戸惑いながらも、首を捻った。そして、ぶつぶつと呟きだす。
「……まず寝室は絶対にないと思う。不貞って事は、バレちゃ駄目ってことでしょ」
あくまでラルネスは現在独身なので、見つかってもとくに支障は無いはずだ。しかし、殺されたアーネハイト当主は相当厳格な人物だった。妻に逃げられてすぐに女を連れ込むなど、恐らく彼は許さなそうだ。それも、遊びなど。
ラチカは未だ首をひねっていた。
「でもお風呂……は駄目か、音が響くね。かといって物置なんか女の子が嫌がりそう」
思いの外真剣に考えてくれていて、なぜだか内心ハラハラする。こんな不埒な推理に付き合わせているとシャイネにバレたら、怒られてしまいそうだ。
「……でも、アーネハイトのお家ならそういう専用のお部屋ありそうだよね」
「え、俺アーネハイト邸って言ったか」
「え、このタイミングで言ってくるって事はそういう事じゃなかったの?」
……勘がいい。もう観念する事にした。
「妻がラルネス・アーネハイトと繋がってる可能性が出てきた。手がかりも頂戴しにいきたい」
それを聞き、ラチカは目を見開いた。そして、小声で詰め寄ってくる。
「あの奥さんが? エクソシストの集会にすらエリオードを出させたがらない奥さんが? 私が結婚祝い持っていっただけで塩蒔いてきた奥さんが?」
「そんな事されてたのか?」
「え、女のエクソシストや下女の子達皆だよ。あっこれ言っちゃ駄目なやつだった」
……愛想が完全に尽きそうだった。
ラチカは「それなら」と呟いた。
「あんな格式高い家の出の人が、どこか変なところにに連れ込まれてっていうのはないと思う」
「というと?」
「絶対、ちゃんとした部屋だよ。物置で、とか耐えられなさそうだもん」
確かに、納得はいく。しかし問題は、どの部屋かだ。その推測でいけば、まずベッドは必須。あと、性交の際は必ずシャワーを浴びたがるところがある……となると、シャワーがついているかごく近くの部屋だろう。これなら、絞れそうだ。
考え込むエリオードに、ラチカは心配そうに声をかけた。
「もしかして、それも探りに行くの?」
「ああ。勿論仕事は優先する」
とは言っても、こうやって堂々とアーネハイト邸に潜り込める機会などそうそう無いだろう。出来れば今日中に見つけてしまいたい。
ラチカは笑った。
「それなら、私に任せてよ」
「え」
「今回、アーネハイトのお家を全体的に見る感じじゃない? 私が主にラルネスさんを引き付けておくから、その間に見てきちゃいなよ。何なら、シャイネも一緒に行かせるし」
それこそが、そもそもラチカに依頼しようとしていた内容そのものだった。大助かりにも程がある。エリオードが「ありがとう、助かる」と返すと、ラチカは頷いて立ち上がった。向かっている方向は御者台だ。おそらく、シャイネに説明しに行ってくれたのだろう。
……色々な事態が、一気に動き出している。その胸騒ぎが、激しくなりだした。
ラチカが戻ってくるより先に、馬車が停まった。到着したらしい。全員降りると、御者台の方からシャイネとラチカがやってきた。
「よし、行くか」
エリオードの言葉に、全員が頷く。シャイネはとくに、何も言わなかった。
門に備え付けられた呼び鈴を鳴らす。すぐに、ラルネスが出てきた。表情は暗いが、穏やかに微笑んでいる。
「ああ、来てくれたんだね。話は聞いているよ」
「ご心痛のところ、恐れ入ります。詳しくお話をお伺いしたいのですが」
エリオードの他人行儀かつ堅い言葉に、「勿論だとも」と返してくる。彼の背に続いて、全員が中に足を踏み入れた。
……この男と、フォニカの関係性。それがもうすぐ、明らかになるかもしれない。心臓の鼓動がうるさかった。
広間に通される。先遣のエクソシスト達をもてなしたであろうティーセットがまだ残っていた。片づけようとするラルネスに対し、ラチカが「お構いなく」と笑いかけた。
「さっき来たエクソシスト達は、結界の修繕だけして戻ったんですよね」
「ええそうです、レディ。一応お茶だけは出させて頂きましたが」
「でしたら早速、お家を見せてもらっても? 手分けして行いますので、すぐ終わるかと。私はちょっと、ラルネスさんご自身からちょっと……聴取を、させてもらいたいです」
ラチカの言葉に、ラルネスは頷く。その顔はやはり穏やかに微笑んでいた。
ラチカがラルネスから屋内の地図を預かり、シャイネに手渡す。ラチカとラルネスは早速、対面で座りだした。シャイネに目で促され、一旦広間を出る。
「では、二人ずつで分かれて捜索しましょう。俺はジルガニッレ様と組みます、何か……出たときのために」
シャイネは対人戦術を使う以上、遠距離戦を得意とするエリオードと組むという意味合いで聞こえるような言葉だった。全員が納得し、頷く。そして、シャイネの指示が始まった。いくら助手役の使用人とはいえ、長い期間エクソシストとして働くラチカの右腕としてずっと生きてきた彼だ。ここにいる人間は、エリオード以外全員そういう意味では経歴が浅い。彼に逆らう者はいなかった。
他のエクソシストは墓地と庭を調べる事になり、すぐさま向かった。シャイネとエリオードだけが取り残される。
「遺体は二つとも、墓地にあったそうです。重点的に調べる必要は、どちらにせよありました」
シャイネの脈絡の無い言葉に、エリオードは深いため息を吐いた。
「すまん、俺の私情に巻き込んでしまって」
「いえ。お嬢様が言っていたんです、『一応唯一残った同期だから助けたい』って。だから協力させて頂いているので、構いませんよ」
相変わらず淡々とした様子だった。しかしその視線は、ずっと大広間のある扉を向いている。
「早く動きましょう。お嬢様を、あのような男と二人きりにはしたくありません。あのクソ野郎にまたねちねち言われるのもごめんです」
「クソ野郎?」
「いえ、何でもありません」
ラルネスをあのような男、と呼んだ理由は何となく分かる。ラルネスは、自分たちの年代ではある意味有名人だった。しかしラチカも今となっては隣国の国主夫人だ、きっとラルネスも下手な事はしないだろう。
地図を改めてのぞき込む。
「こちらは当主夫妻の寝室ですね。となると、この近辺の部屋は使っていないと見て間違いないでしょう。ラルネス氏自身の寝室も、当主夫妻が立ち入る可能性を考えると線としては薄いかと」
「この二つの部屋から遠い客間、って事か」
「恐らく……三階ですね。シャワー完備の客間が二つあります」
シャイネの指が、三階の地図をぐるりと指した。
「しかしこのアーネハイト邸は本家だとお伺いしています。他の地域の方も寝泊まりされる可能性のある部屋でそんな不埒な事はされるでしょうか」
シャイネの言い分ももっともだ。改めて、地図を見る。
二階はいち階層分使っての倉庫となっている。あとは一階だが、こちらは当主夫妻の部屋とラルネスの部屋がある。そして、もう一部屋。その部屋の正体を見て、さすがに呻いた。
「……ここの可能性は」
「当主夫妻の部屋から近くはあります。しかしラルネス氏の部屋を挟んでいますし、何より……恐らく当主夫妻は立ち入らないのでは?」
空き室のはずだった。しかし、そこに名前が書いている。ミネグブの名だった。
ギルヴィアの第一声はそれだった。
エリオードは姉の部屋へ向かうと、すぐさま先程のフォニカの言葉を報告した。正直、エリオード自身も混乱していた。
「馬鹿馬鹿しい、どうせ虚言だよそんなの」
「……俺もそう思ったが、明らかにあいつが体調悪そうに見えた。あと、臭いがした」
「臭い?」
「吐瀉物のだ。吐いてる、あいつ」
エリオードはギルヴィアの机のすぐそばにある来客用のソファに座り込み、頭を抱えていた。そんなエリオードに、ギルヴィアは椅子から動かぬまま声を投げる。
「身に覚えは無いんだね?」
頷く。一切、無い。ジェリアが言うならともかく、フォニカとはここ数年単位で交渉を断絶している。その時点でおかしい。
「想像妊娠じゃ?」
「いくら何でも仕込み無しにそこまで妄想出来るか?」
ギルヴィアは口元に手を当てて考え込む。そしてふと、顔を上げた。
「あの女の言い分は」
「俺が昏睡してる間に襲った、だと。上辺だけの謝罪まで付けられた、本人は至って嬉しそうだったがな」
「なるほど、多少無理はあるが最悪それで外聞は通せるわけだ」
……予想外にも程がある。
フォニカのあの顔色からして、嘘ではなさそうだ。そもそもクロイアの時から、早い内に悪阻はあった。嘘であれば、単純に怒鳴りつけでもして終わる話なのだが。
「エリオード、何か落ちてる。ソファ」
ギルヴィアの言葉に、周囲を見渡す。すると、一枚の封筒が落ちていた。先ほど寝室から拝借したものだ。
改めて、手に取る。フォニカへの宛名しかない。よくよく見れば、フォニカの似顔絵を小さく描かれていた。これは、鳩に当人以外に手紙を渡させないようにするための手法だ。つまり、他人に見つかってはまずい内容が書かれているという事か。
封はもう切られてみる。中身は無かった。
「何それ」
「フォニカに来てた手紙だ。中身入ってないけど」
「何でそんなの……」
ギルヴィアの目が見開かれる。そのまま、手招きされた。封筒を置いて立ち上がると「それだ馬鹿」と口にされる。急いで拾い、手渡した。ギルヴィアはフォニカへの宛名をじっと見つめ、憎々しげに顔を歪める。
「……何であいつが」
「誰からか分かるのか、姉貴」
ギルヴィアは封筒を机にそっと置く。そして、呟いた。
「ラルネス・アーネハイトの筆跡だ」
「……は?」
封筒に目を落とす。流麗な字だったが、覚えがない。そもそも彼の字など見たことがないから当たり前なのだが。
ギルヴィアが苛立たしげにこつこつと机を指で叩く。
「中身は無いって?」
「ああ。抜かれてる」
「よしお前、探ってこい」
「え?」
ギルヴィアはエリオードを見上げた。ギルヴィアの成長は、彼女の足が腐食されて以来止まっている。そのため、大人にしては小柄だった。
「どうせあの女はしらばっくれる。こんな機密文書じみたものを送ってくる時点で何かあるのは明白だ、それなら男の方を洗え」
「……おい、もしかして」
「種の主、知りたいだろうお前も」
機密文書が恋文、というのは……確かに大いにありえる話だ。しかしもしフォニカに横恋慕しているというのであれば、すぐさま奪ってくれた方がこちらとしては手っ取り早いものなのだが。
丁度これから向かうのはアーネハイト邸、彼の本拠だ。うまく隙を見つけて、証拠を掴む事が出来れば。
「ところであの女、何故私には報告に来ない? 私を軽んじているにも程があるだろもう」
「確定したら、ってところだろ。確定も何も事実であってほしくないものだが」
「ああ、なるほど。ところでお前、時間大丈夫?」
エリオードは「そろそろだ」と返すと身を翻した。そのまま、部屋を出る。
一旦教会で集合して、複数人で向かう事になっている。徒歩で教会へ向かうと、もうすでに何人も揃っていた。ラチカもいる。
「あ、これで全員だね」
ラチカはエリオードを見つけると周囲を見渡す。シャイネが「そうですね」と頷いた。他に五人程のエクソシストがいる。内二人程は見たことのないエクソシストだった。きっとラチカがロドハルトで抱えている者達だろう。
「シャイネも行くのか」
エリオードの言葉に、「いざという時はお使いください」とシャイネは返した。相変わらず淡々とした男だ。彼の言う「いざという時」は対人戦があった時の戦力という意味なのだろうが……エリオードには、ひとつの思いつきが上がった。
教会の馬車に、全員で乗り込む。シャイネは御者台へ向かった。丁度いい。
馬車が、進み出した。他のエクソシストはそれぞれ話をしていて、エリオードは丁度隣に座っているラチカの腰を指でつついた。彼女は「どうしたの」とエリオードを見る。小声なあたり、察してくれているらしい。
「ちょっとお前……というか、シャイネに頼みがある」
「シャイネに?」
エリオードは頷いた。
「なあ、ラチカ。もし不貞を働くとしたら、どこを使う。あくまで家にあるどの部屋を、っていう意味だ」
「な、何その質問。怖すぎるんだけど」
「いいから」
ラチカは戸惑いながらも、首を捻った。そして、ぶつぶつと呟きだす。
「……まず寝室は絶対にないと思う。不貞って事は、バレちゃ駄目ってことでしょ」
あくまでラルネスは現在独身なので、見つかってもとくに支障は無いはずだ。しかし、殺されたアーネハイト当主は相当厳格な人物だった。妻に逃げられてすぐに女を連れ込むなど、恐らく彼は許さなそうだ。それも、遊びなど。
ラチカは未だ首をひねっていた。
「でもお風呂……は駄目か、音が響くね。かといって物置なんか女の子が嫌がりそう」
思いの外真剣に考えてくれていて、なぜだか内心ハラハラする。こんな不埒な推理に付き合わせているとシャイネにバレたら、怒られてしまいそうだ。
「……でも、アーネハイトのお家ならそういう専用のお部屋ありそうだよね」
「え、俺アーネハイト邸って言ったか」
「え、このタイミングで言ってくるって事はそういう事じゃなかったの?」
……勘がいい。もう観念する事にした。
「妻がラルネス・アーネハイトと繋がってる可能性が出てきた。手がかりも頂戴しにいきたい」
それを聞き、ラチカは目を見開いた。そして、小声で詰め寄ってくる。
「あの奥さんが? エクソシストの集会にすらエリオードを出させたがらない奥さんが? 私が結婚祝い持っていっただけで塩蒔いてきた奥さんが?」
「そんな事されてたのか?」
「え、女のエクソシストや下女の子達皆だよ。あっこれ言っちゃ駄目なやつだった」
……愛想が完全に尽きそうだった。
ラチカは「それなら」と呟いた。
「あんな格式高い家の出の人が、どこか変なところにに連れ込まれてっていうのはないと思う」
「というと?」
「絶対、ちゃんとした部屋だよ。物置で、とか耐えられなさそうだもん」
確かに、納得はいく。しかし問題は、どの部屋かだ。その推測でいけば、まずベッドは必須。あと、性交の際は必ずシャワーを浴びたがるところがある……となると、シャワーがついているかごく近くの部屋だろう。これなら、絞れそうだ。
考え込むエリオードに、ラチカは心配そうに声をかけた。
「もしかして、それも探りに行くの?」
「ああ。勿論仕事は優先する」
とは言っても、こうやって堂々とアーネハイト邸に潜り込める機会などそうそう無いだろう。出来れば今日中に見つけてしまいたい。
ラチカは笑った。
「それなら、私に任せてよ」
「え」
「今回、アーネハイトのお家を全体的に見る感じじゃない? 私が主にラルネスさんを引き付けておくから、その間に見てきちゃいなよ。何なら、シャイネも一緒に行かせるし」
それこそが、そもそもラチカに依頼しようとしていた内容そのものだった。大助かりにも程がある。エリオードが「ありがとう、助かる」と返すと、ラチカは頷いて立ち上がった。向かっている方向は御者台だ。おそらく、シャイネに説明しに行ってくれたのだろう。
……色々な事態が、一気に動き出している。その胸騒ぎが、激しくなりだした。
ラチカが戻ってくるより先に、馬車が停まった。到着したらしい。全員降りると、御者台の方からシャイネとラチカがやってきた。
「よし、行くか」
エリオードの言葉に、全員が頷く。シャイネはとくに、何も言わなかった。
門に備え付けられた呼び鈴を鳴らす。すぐに、ラルネスが出てきた。表情は暗いが、穏やかに微笑んでいる。
「ああ、来てくれたんだね。話は聞いているよ」
「ご心痛のところ、恐れ入ります。詳しくお話をお伺いしたいのですが」
エリオードの他人行儀かつ堅い言葉に、「勿論だとも」と返してくる。彼の背に続いて、全員が中に足を踏み入れた。
……この男と、フォニカの関係性。それがもうすぐ、明らかになるかもしれない。心臓の鼓動がうるさかった。
広間に通される。先遣のエクソシスト達をもてなしたであろうティーセットがまだ残っていた。片づけようとするラルネスに対し、ラチカが「お構いなく」と笑いかけた。
「さっき来たエクソシスト達は、結界の修繕だけして戻ったんですよね」
「ええそうです、レディ。一応お茶だけは出させて頂きましたが」
「でしたら早速、お家を見せてもらっても? 手分けして行いますので、すぐ終わるかと。私はちょっと、ラルネスさんご自身からちょっと……聴取を、させてもらいたいです」
ラチカの言葉に、ラルネスは頷く。その顔はやはり穏やかに微笑んでいた。
ラチカがラルネスから屋内の地図を預かり、シャイネに手渡す。ラチカとラルネスは早速、対面で座りだした。シャイネに目で促され、一旦広間を出る。
「では、二人ずつで分かれて捜索しましょう。俺はジルガニッレ様と組みます、何か……出たときのために」
シャイネは対人戦術を使う以上、遠距離戦を得意とするエリオードと組むという意味合いで聞こえるような言葉だった。全員が納得し、頷く。そして、シャイネの指示が始まった。いくら助手役の使用人とはいえ、長い期間エクソシストとして働くラチカの右腕としてずっと生きてきた彼だ。ここにいる人間は、エリオード以外全員そういう意味では経歴が浅い。彼に逆らう者はいなかった。
他のエクソシストは墓地と庭を調べる事になり、すぐさま向かった。シャイネとエリオードだけが取り残される。
「遺体は二つとも、墓地にあったそうです。重点的に調べる必要は、どちらにせよありました」
シャイネの脈絡の無い言葉に、エリオードは深いため息を吐いた。
「すまん、俺の私情に巻き込んでしまって」
「いえ。お嬢様が言っていたんです、『一応唯一残った同期だから助けたい』って。だから協力させて頂いているので、構いませんよ」
相変わらず淡々とした様子だった。しかしその視線は、ずっと大広間のある扉を向いている。
「早く動きましょう。お嬢様を、あのような男と二人きりにはしたくありません。あのクソ野郎にまたねちねち言われるのもごめんです」
「クソ野郎?」
「いえ、何でもありません」
ラルネスをあのような男、と呼んだ理由は何となく分かる。ラルネスは、自分たちの年代ではある意味有名人だった。しかしラチカも今となっては隣国の国主夫人だ、きっとラルネスも下手な事はしないだろう。
地図を改めてのぞき込む。
「こちらは当主夫妻の寝室ですね。となると、この近辺の部屋は使っていないと見て間違いないでしょう。ラルネス氏自身の寝室も、当主夫妻が立ち入る可能性を考えると線としては薄いかと」
「この二つの部屋から遠い客間、って事か」
「恐らく……三階ですね。シャワー完備の客間が二つあります」
シャイネの指が、三階の地図をぐるりと指した。
「しかしこのアーネハイト邸は本家だとお伺いしています。他の地域の方も寝泊まりされる可能性のある部屋でそんな不埒な事はされるでしょうか」
シャイネの言い分ももっともだ。改めて、地図を見る。
二階はいち階層分使っての倉庫となっている。あとは一階だが、こちらは当主夫妻の部屋とラルネスの部屋がある。そして、もう一部屋。その部屋の正体を見て、さすがに呻いた。
「……ここの可能性は」
「当主夫妻の部屋から近くはあります。しかしラルネス氏の部屋を挟んでいますし、何より……恐らく当主夫妻は立ち入らないのでは?」
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