【R18】どうせなら、君を花嫁にしたかった。

湖霧どどめ

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11.ああ見えて案外無鉄砲なんだよ、あの子は。

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 夕食を終え、二人で後片付けをする。これが終われば、ジェリアはいつも自室に帰る。今日も使った皿を洗っていると、クロイアがふと窓の外を見た。そして、駆け寄る。

「どうしたの」

 ジェリアの問いに、クロイアはすぐには応えなかった。首を傾げ、しかし……確信が出来たのか、頷く。

「けはいが、します」
「気配?」
「外で何かが動きました」

 ジェリアも気になり、窓の向こうを見る。もう夜も深まりつつある。じっと目を凝らすと、クロイアの言っていた意味が分かった。
 この部屋からは角度上、墓地の四分の一程が見える。見える墓石の数は百程。その内の一つが、確かに揺れていた。

「墓荒らしかしら」
「そ、そんなによく出るんですか」

 クロイアの言葉に首を振る。

「都市部と違って南部は、一緒に埋葬される遺品は大した事ないの。だから金品狙いの奴は滅多に来ない」
「じゃあ……」
「どちらにせよ、どうにかしなきゃ」

 ジェリアは窓から離れ歩き出した。クロイアは慌ててジェリアの服の裾を掴んだ。

「あ、あの。ご主人様や奥様を呼んだ方が」
「クロイア、これでも私は墓守の娘なのよ」

 唐突な言葉に、クロイアはきょとんとする。そんな彼にジェリアは皮肉げな微笑みを返した。

「墓守の仕事を手伝いだして、もう二十年程になるのよ。場数は踏んでいるわ」

 そのまま、ジェリアはカンテラを持って小屋を出る。クロイアは慌てて、荷物を取り出して後を追いかけた。ジェリアの姿がもう見えない、かなり離されている。
 ジェリアは気配を消して、しかし足早に進んでいた。影は、まだこちらに気付いていない。そして、ジェリアの手がスカートの裾へ滑り込んだ。そのまま勢いよく抜き出されたのは……細いナイフだった。

「っ!!」

 瞬く間に投擲されたナイフは、影のすぐ傍を切り抜いていった。飛び散った飛沫が赤い。当たった。
 手を休めず、二投目。今度は、刺さって止まった。

「ぐぁっ!」

 影から発されたのは、男の声だった。膝をついたらしく、影が縮む。ジェリアは駆け出すと、カンテラで影を一気に照らした。
 五十路を越えた程だろうか。みすぼらしく汚れた衣服をまとい、無精髭を生やした男だった。ナイフは彼の右肩に命中していた。怯えた瞳で震えながらジェリアを見上げている。

「何の用かしら」

 普段と変わらない声。しかし男からすれば、とても冷えたものに感じられたらしい。より震えを強めて、ジェリアを見上げている。
 ジェリアは視線を、すぐ傍にあった墓石に移した。墓石の手前はわずかに掘り進められてあったが、まだ表層だけだ。そして、刻まれている名前を確認する。

「……シゼラ家のお墓、ね。南部の細々と続いている一般の家……」

 男を見ても、シゼラ家の者でないことは明白だ。この田舎では、ある程度住人の顔は全員割れている。その上でこの男に見覚えが無いという事は、きっとこの地の出身ではない。
 そこまで、思考を巡らせていた時だった。男は「ひいい」と声をあげながらジェリアの足首を掴んだ。

「きゃあっ」

 完全な不意だ。地にどさり、と転がされる。男はその上にのしかかってきた。ぼと、ぼと、と男の血がジェリアの服を汚した。

「んひ、ひい」
「な、何っ……!」

 どかそうともがくも、男の力の方がわずかに上だった。その目は、どこか据わっている。

「ど、どうせ死ぬんだ俺はっ。あ、あんたは……て、天使だっ」
「はあ!?」
「こ。こんな俺のところにっ、こん、こんな綺麗な娘さんをっ……ああ、ありがてえ」

 錯乱しているのか。
 男の土で汚れた手が、ジェリアの首にかかった。震えてはいるが、力は強い。これは……まさか、死ぬと思いこんでいるからこそ発揮されている馬鹿力か。そうなると非常にますい。

「ぃ、ぎっ」

 首を容赦なく絞められ、必死に手を動かす。しかし急速に酸欠になっていく体は、それに伴って力を失っていく。

「ああ、眼福、眼福……天使の顔だあ」

 男はもはや泣きだしそうな目だった。
 駄目だ、意識がかすれてきた。さすがに考えなしに突っ込み過ぎたか。反省の念に意識がさらわれそうになった、その時だった。
 どす、と。刺さる音がした。

「……こ、ほっ」

 男の口から、血が溢れた。まともにジェリアの顔ににかかるが、同時にジェリアの首から男の手が滑り落ちる。男の血を飲まないように勢いよく呼吸を止めながら、意識を凝らした。
 男の体が、ずるりと倒れ込む。うつ伏せになったその背中には、一本の矢が刺さっていた。

「……クロイア」

 歩み寄ってきたのは、クロイアだった。彼は青い顔をして、息を荒くしながら……震えた足取りで、近づいてくる。その手には、大きな弓があった。

「貴方がやったの?」

 こくり、とクロイアは頷く。まだ、震えていた。
 ジェリアは一つ二つとせき込む。クロイアは慌てたように駆け寄ってきたが、すぐにジェリアの傍に転んだ。震えで足をもつれさせてしまったらしい。ジェリアはそんな彼の手を取ると、一緒に立ち上がらせた。

「ありがとう、助かったわ」
「いえ……」

 男を見下ろす。矢は距離もあったからか、そこまで深くは刺さっていないらしい。まだ、鼓動はある。

「生きてるわ」

 ジェリアの言葉に、クロイアは腰を抜かしたのか再び地面へとへたりこんだ。そんなクロイアに「教会へ連れていきましょう」と声をかける。

「クロイア、台車を取ってきて。貴方の小屋の隣の倉庫にあるから、大きい方を」
「……はい」

 切り替えは出来たのか、クロイアは努めて冷静に立ち上がった。どちらかといえば、元々精神的に強いのだろう。
 すぐに台車が押されてきた。引きあげるようにして男を台車に乗せる。

「あの、大丈夫ですか」

 ジェリアと共に台車を引きながら、クロイアはおずおずと見上げてくる。ジェリアは自分の顔に触れた。乾きだした男の血が、ほんの少し指に付着する。

「これはこいつの返り血。私はどこも怪我してないわ」

 強いて言えば首くらいだが、もうすでに痛みは失せている。ジェリアは「それよりも」とクロイアに顔を向ける。

「貴方こそ。震え、大丈夫なの?」

 ジェリアの言葉に、クロイアは顔を伏せる。そして絞り出すように声を出した。

「……はじめて、です。弓矢を使ったの」
「そうなの?」

 その割には、大した命中精度だ。確か一本しか彼は射っていなかったはずなのに。

「まいにち練習はしているんです。でも、それは的を使っての練習です。こんな、じっせんでは……」

 再び、声が震えだす。そんなクロイアを、片手だけで撫でた。
 教会に到着し、当直に男の身柄を引き渡す。当直である神父は南部教会に長年勤めている壮年の男だった。

「こやつはネクロマンサーではありませんな」

 神父は失神している男に最低限の処置を施しながら、呟いた。男はしっかり生きていた。

「ネクロマンサーは亡霊の影響を必ず受けるので、体が微小ながら腐食していくのです。即死はしないものの、ネクロマンサーの寿命そのものが短くなりやすい。しかしこやつには、腐食されている部位が一切無い」
「でもただの墓荒らしというわけではないでしょう。言っては何だけれど、シゼラ家はとくに資産家というわけではないし……副葬品目当てとは思えない」
「シゼラ家といえば、といった何か特徴は……ああ、なるほど」

 神父はすぐに思い当たったらしい。ジェリアも同じだった。

「うちの墓地に最近で一番最後に埋葬があったわ」

 ふむ、と神父は頷く。

「死後すぐの遺体の方が、魂が不安定でネクロマンサーに対する抵抗が難しいため降霊は成功しやすいのです。ならば、こやつがネクロマンサーの一味である事は確実ですな」

 こういった例は今までに無かったわけではない。しかしその当時犯人を捕縛したのは父だった。十年ほど前の話である。
 教会で身柄を押さえておく、との事だったのでジェリアとクロイアはひとまず墓地へ戻る事になった。もう夜も遅い。
 小屋に戻ると、まずジェリアは顔を洗った。風呂を済ませた後なのに、災難だった。

「ジェリアさん」

 顔を拭くジェリアに、クロイアの声が届いた。ベッドに座る彼を見ると、顔を伏せたまま体を震わせていた。ジェリアはクロイアの前に屈み込むと、彼を見上げる形で「大丈夫?」と問うた。彼は、少しだけ間を置いてから首を振った。
 ……クロイアは、知ってしまった。ジェリアを助けるためと言え、人に向かって矢を放ち瀕死にまで追い込んだ。
 エクソシストの仕事には、亡霊退治だけでなくネクロマンサーの捕縛も含まれる。時には勿論、即刻殺害という判断も有り得る。しかしまだ彼はれっきとしたエクソシストではない。まだ知らなくてもよかったのだ。
 人の命にまつわる恐怖、なんて。

「クロイア」

 ジェリアの声に、クロイアは一瞬身を硬くした。そんなクロイアの手を、優しく握り込む。

「今日は一緒に寝ましょうか」
「え」
「……私が悪いもの、今回は」

 理由にもなっていない気がした。しかしクロイアは小さい声で「ありがとうございます」と呟いた。そんな彼を、ジェリアはそっと抱きしめた。
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