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47.葉月くん過去編、そのさん。

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「……このマーク、見たことあるんだね」

 葉月の問いには、何も答えなかった。きっと投薬の影響で、頭が働いていないのだろう。
 『S』のスマートフォン……時代的には携帯電話かもしれないが、何せそのあたりを所持している女。そんなのはきっと、調べれば誰か分かる。しかし『S』の女は男以上に任務での死亡率が高い。もしかすると。
 いや、もしこの女の母親が『S』なのであればそもそも『S』は放っておかない。確実に保護対象、そして。

「俺たちの、仲間……」

 ふと、外で音がした。それも大きな、爆発音。
 慌てて外を見ると、煙が上がっていた。店員が慌てて消化活動をしているようだが、『五』の男は消えていた。

「あいつが……!?」

 そう言っている間にも、あらゆる部屋で悲鳴が上がった。そして、発砲音がいくつも。ひとまず反射で女を押し入れに押し込むと、勢いよく襖を閉めた。
 同時に、扉が開いた。息を呑んでそちらを見ると、返り血で汚れた『五』の男が立っていた。しかも右手には、拳銃を持って。

「ああ……?おめえは確か、『四』の」
「ここで何してる」

 まずい、表の仕事として動いている以上今は完全に丸腰だ。内心冷や汗をかくものの、男はにやあ、と笑っただけだった。

「俺の女がよぉ、ここにいるんだよぉ」
「は?」
「拉致られてよぉ、ここで働いてんだ。韓国人のいい女でなぁ」

 ……とりあえず、あの女のことではなさそうだ。

「ここでよぉ、いーっぱいの男相手してんだぁ。そんなの浮気だろ?」
「……仕事だろ」
「どうでもいいんだよそんなこたぁ。浮気女は殺さねえとなぁ」

 口調、息の臭さからして明らかに何かの薬物中毒を起こしている。厄介だ。
 ひとまずあの女を隠し切らないとならない、しかしここで迎撃しようものならややこしいことになるし……何より自分の拳銃は今持っていない。圧倒的に不利だ。

「この部屋にも女いるだろ、出せ」
「いねえよそんなもん」

 威嚇の時にだけ出る口調に、『五』の男は眉をひそめた。

「んなわけねえだろうがよ、おら、さっさと出せ」
「いねえって言ってんだろ、よそ当たれ」

 がちゃり、と音がした。銃口が、額に押し当てられている。

「嘘はよくないぜぇ、イケメンくんよぉ。どうせ隠してんだろ、どっかによ」

 きょろきょろと、そのまま男は周囲を見渡す。瞳孔は開いていて、まるで空間を認識できていないようだった。どうやら、「襖は開けるもの」という認識すら消えているらしい」

「いねえよ、別の部屋だろ」
「うるせえって言ってんだ!」

 舌を捻じ曲げながら男は絶叫し、引き鉄を引こうとする。やらかしたか、と一瞬で覚悟を決めた瞬間。

「おかあさぁん」

 襖から、声が聞こえた。

「そっちかぁああああああ!」

 男は襖を開けることなく、銃口を葉月から襖へと向け直して引き鉄を引いた。ドン、ドン、と派手な音を立てて襖に穴が開く。

「おおおおおおっ!」

 完全に背中を向けてきたのをいいことに、葉月は勢いよく男の背中を蹴り付けた。すると男は一瞬で床に落ち、弾みで拳銃を手放した。

「このやっ」

 男が何か言う前に拳銃を拾い馬乗りになると、グリップで思い切り男の後頭部を打ちつけた。ゴギ、と硬い音を立てて男は一瞬で失神する。
 男が動かなくなったのを確認してから、恐る恐る拳銃を落とす。
 発砲音の数を数えていなければ、きっと撃とうとしていた。しかし……おそらくすでに、残弾数はゼロだ。もし実行していたら隙を生んで、こちらが殴り殺されていただろう。
 葉月は男から降りて、急いで襖に手をかけた。弾を受けた衝撃で襖がズレていて、開けるのに手間取ったがなんとかスライドさせる。

「生きてる!?」

 葉月の声に、何も返事はなかった。
 ただ、女は……壁に空いた銃創の下で、寝そべっていた。瞳孔を開いたまま。

「……おかあさん」

 聞こえた言葉に、心底安心した。そして初めて、葉月は彼女を抱きしめた。
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