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36.え?何?少女漫画だっけこの小説。

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 どさり、と柔らかい音。しかし倒れ込んだのは、燈だけだった。
 燈を見つめる光希の目は、あまりにも熱い。そして、揺らいでいた。

「燈」

 何度も聞いた、柔らかい声。そして降ってきた唇もまた、柔らかかった。
 舌の絡まない、唇同士が触れ合うようなキスだった。それでも、熱くて……どこか胸の奥がちくりとするような、痛みが走る。
 求めていたはずだった。そして、それは叶っている……それなのに、胸の奥が熱い縄で締め付けられるような感触がした。
 唇が離れると、光希が倒れ込んできた。今まで何度も頭を撫でられることはあっても、抱きしめられたのは初めてだった。

「光希さん」

 名前を呼ぶと、彼の腕の力が強まった。しかし、それだけだった。彼の手は、燈の背から離れない。
 そのまま何分も、抱きしめられたままだった。それでも、燈の鼓動はただ激しくなるばかりで。
 このまま、抱かれるのか。この、自分にとってのかみさまに。

「……ごめん、やっぱりここではやめよう」

 そう言って、光希の体が離れた。ちらりと見えた下腹部は、あまりにも立ち上がっていて……それもあって、燈は混乱した。

「な、なんで、あの……私」
「燈が悪いわけじゃないんだ。その、耳澄ませて」

 訳が分からないまま、耳を澄ませる。すると、確かに聞こえてきた。

「これって……」
「どうせ月夜だよ」

 女の淫らな喘ぎ声。それは明らかに、隣の部屋から聞こえてきていた。その部屋は、月夜と日向の部屋ではないはずだ。それだけで、察した。

「だから、絶対に勘違いしないで。燈は全然悪くないから」
「……はい」

 今度はさすがに、納得した。反対側の隣は、光希と湊の部屋だ。それを配慮してくれているのだろう。

「あの……もしかして月夜さんって」
「あいつ毎回やるんだよ、旅行くると。まあ後腐れないからとか言うんだけど」

 そういえば彼は、一度だけ燈を買った。その時は光希の面子を気にしているのか綺麗に遊んで帰ったが、確かに手慣れていると思った。
 キスの余韻もあって頭が微妙に働いていない燈を抱き起こすと、光希は再び燈を抱きしめた。その力は、あくまで優しい。

「帰ったら、しよう。そもそも、家なら気にしないでいいしね」
「その……いいんですか?あの、光希さん本当は嫌、とか。私から言い出しておいて何なんですけど」

 燈の震えた言葉に、光希は苦笑する。

「俺の隣に居てくれるんでしょ?何があっても」
「はい」
「それを、信じることにした」

 そう言って、光希は燈の頭を撫でた。その手つきも……何もかも、優しかった。
 光希はもう一度だけ燈に唇を重ねると、「おやすみ」とだけ囁いて立ち上がった。最後に一度だけちらりと燈を見て、部屋を出た。
 扉の音が聞こえ……燈の体は布団へと倒れ込んだ。そして、一気に顔が熱くなる。

「……キス、しちゃった」

 そんなこと、いくらでもしている。何なら葉月や月夜とも、仕事の上ではしたことがある。むしろそれ以上のことなんて、他の男と腐るほどしているのに。
 それなのに、光希とは……こんなにも、心臓がうるさくなる。
 しかし帰宅すれば、これどころではないことをするのだ。それを想像するだけで、一気に……全身に、熱が廻った。
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