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34.泣き腫らしたあとの顔でも可愛いよ。

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「どうして私を、抱いてくれないんですか」

 波の音が消してくれる、なんて好都合は無かった。だからこそ、顔を見れなかった。
 それでも何とか恐る恐る、彼を見る。光希は露骨に表情こそ変えなかったものの、明らかに戸惑っている様子だった。

「……なんでそんなこと、気にしてるの」

 やっと出た言葉は、答えではなかった。

「誰かに、何か吹き込まれた?もしかして『キャロット』の時?」
「吹き込まれた、というか……ずっと考えてたのが、止められなくなってきたんです」

 あの日、あの女が言った言葉がどうしても離れない。
 燈には、男にとって一番喜ぶ「女性がすること」はよく分かっている。いくら『S』として、『四』として、そして光希のものとして役立っていたとしても……それは、本当に光希の役に立てているのか。それがずっと、止まらなかった。
 光希は、何も言わなくなった。ほんの少しの表情の動きで、察した。この人は今、悩んでいる。

「……単純な話、燈は俺の商品だから」

 ああ、あまりにも予想通りだ。だからこそ、重い。

「幻滅させるかもしれないけど、色管理なんて正直いくらでも俺はやってる。こればかりは、『S』のためだ」

 普段からは想像もできない、言い訳のような言葉だ。しかし内容そのものは、予想はできていた。

「嫌なんだよ、燈にそんなことしたくない」

 それは、拒絶に等しかった。



 結局あの後、燈と光希は二人で旅館へ戻った。その間、何も言えなかったし言われもしなかった。
 そのまま月夜と日向、そして湊とも合流し食事をして。各自自由に過ごすことになり。ひとまず、温泉に浸かるしかなかった。
 ……言わなければよかった、と心底思った。
 きっと幻滅された。わがままだと思われた。もう、見放された。
 その気持ちだけが、ずっとぐるぐる回っている。

「うう、うっ……ああっ……」

 反射的に出る涙以外、豚小屋に入れられてから出たことなんてなかった。泣いてしまうようなことなんて、ずっと無かった。それだけ、心が麻痺していた。
 それを解いてくれたのは、光希だったのに。

「うう、うう、ううっ……」

 誰もいない大浴場に、すすり泣く声がこだまする。
 自分はもう、だめなのかもしれない。そこまで考えて、一つ……心を、切り離した。そうすることでしか、泣き止めなかった。
 大浴場を出て、飲み物を買うために自販機に立ち寄る。そして財布を開けようとすると、動けなくなった。
 ……この財布も、光希がプレゼントしてくれた。そもそも何も持っていなかったのだから貰い物でしかないのだが。
 彼が、自分を……人間にしてくれたのに。

「おい、邪魔」
「あ、すみませ……」

 飛び込んできた冷たい声に驚くと、後ろには湊が立っていた。彼は心底うざったそうに燈を見ると、自販機に割り込むようにして小銭を入れた。

「んだよ、風俗嬢やってるくせに飲み物買う金も無えのかよ」
「そんなんじゃ……」

 出てきた飲み物は、2本だった。そのうちの1本を燈に押し付けてくる。恐る恐る受け取ると、彼は手を離した。

「……ありがとうございます」
「うるせえ。つーか何だ、そのひっでぇ顔。いつもに輪をかけてブスだぞ」

 そんなにひどいのか、と思うも近くに鏡が無いので確認しようがない。ただ、まぶたは熱くて重い。
 黙り込む燈に湊は一度だけ舌打ちすると、「そこ座れ」とそばにあるベンチを指差した。
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