上 下
17 / 69

16.あ、何も言えないわけじゃないんだね。

しおりを挟む
 あの後会議はかなり難航した。難航も難航、と言えるほどだった。
 ゴネる湊と光希に応えたい燈の攻防は、最終的に光希の「湊ならいけるでしょ」の一言で収まった。それでも互いに納得はいっていなかったが。
 そして、当日。

「ねー湊、こっちで合ってる?」

 運転手役として、葉月も参加することになった。助手席に座る湊はケースを抱えながら「おう、次は右」と指示を出す。
 燈はと言えばまた光希に服を決めてもらい、男受けするような化粧をして後部座席に乗っていた。

「ねえ燈ちゃん、酔ってない?大丈夫?」
「大丈夫です」
「おい葉月、そんな気回すな!」

 その怒号に、さすがにムッとした。自分が言われたのではなく、気遣いをしてくれた葉月に対して言われたことに対して苛立ったのだ。

「……光希さんと全然違う」

 ぼそり、と呟く。するとそれが琴線に触れたのか、湊が振り向いてきた。

「あ?」
「光希さんはもっと優しくて、かっこよくて、いい人なのに。兄弟なんですよね?なのにそこまで違うんですか?」
「ああ!?お前なんかが口出してきてんじゃねえよ!」
「あーもう、そろそろつくよー!」

 葉月の言葉にハッとしたのか、湊は正面を向いた。燈も改めて、姿勢を正す。
 駐車場に入ると、葉月は丁寧な運転で駐車した。そして湊に「もういいよ」と告げる。

「見たとこ、あっちが先に来てるみたいだね」
「そりゃそうだろ。おい行くぞ」

 素っ気ない声でこちらを見ることなく言われるが、仕事モードなのかさっきのような刺々しさは感じない。なのでひとまず、頷く。
 自分で後部座席を開くと、葉月が「気をつけて」と微笑んでいた。その微笑みはまるであの日の店での表情と同じで、慌てて頷く。
 湊は燈を見ることなく、ケースを持ってずかずか歩き始める。それを、慌てて追った。内心光希なら絶対こんなことしないだろうに、と思ったがそれを言ったところでどうせあおるだけだ。
 到着したのは、小さな船着場のガレージだった。

「この中か」

 踏み込もうとする湊の腕を、慌てて引っ張った。それに驚いた顔を見せたが、すぐに不機嫌そうな顔をしてくる。

「んだよ、触んな」
「嫌な音が、します」
「あ?」

 耳の奥が、まるでぐらつくような。嫌な感触がする。
 豚小屋で燈を犯すために待っていた男たちが、射精をしたいがために苛立って地面を擦る音と同じだった。その音だけは、何故かよく聞こえた。

「……嫌な待ち方をされてます。何かイライラしてるような」
「俺はお前の語彙力の無さにイライラしてるけど」

 それでも感じるところはあったのか、湊は「来い」とだけ言って腕を振り解いた。すると入り口ではなく、裏手に回り込んだ。

「足音立てるなよ」

 頷き、慎重に歩く。幸い用意されていた靴はヒールもなく、足音を消すことは容易かった。
 ガレージの後ろに回ると、窓があった。老朽化のせいで割れているが、むしろ中が見やすい。湊はポケットから双眼鏡を取り出し、離れた場所から窓の中を覗いた。そして、舌打ちする。

「はっ、3人か」

 双眼鏡を使わずとも、なんとなく中の影だけなら見えた。
 入り口からは見えないように、壁際に3人配置されている。その手元を見れば、何を使おうとしているかなど予測は簡単に出来る。

「……おおかた、開けた途端に蜂の巣にするところって気か。かと言ってこの窓から入ったところで照準がこっち向くだけ……と」
「じゃあ取引は」
「する気なんてどう考えても無いだろ、あれは」

 なんとなく気になって、燈は湊の手から双眼鏡を取った。「おい、勝手なことすんな」と噛みつく湊を無視して双眼鏡を覗き込む。

「……やっぱり、いる」
「あ?」

 入り口を囲むうちの一人は、知っている顔だった。豚小屋で……かつて、燈を買ったことがある。その最中ずっと、「可愛い」と下品に笑っていた。

「前の店の、お客様がいます」
「あ?それが……」

 そこまで言いかけて、理解したらしい。燈の目を探るようにして見ると、「ヘマすんじゃねえぞ」とだけ呟いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...