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前編
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色が混ざり合う。溶け合う。何もかもが、元のかたちを失っていく。それは恐怖であり、同時に安心だった。醜い私が消えていくようで。
「ああっ、はあ、あんっ」
「あー、イキそ?分かるよ、中ぐねぐねしてるよ」
うるせえお前なんかに私の何が分かるんだ馬鹿野郎、なんて冷静な時の私なら言えただろうけれど生憎今はそれどころじゃない。ただ今は、この熱に殉じていたい。
「あー、俺もイキそ!出していい?」
いいよしか言えない。そこで寸止め出来る余裕も技量も無い。だから頷いたら、すぐにコンドーム越しの射精を感じた。ものの10秒足らず、ぐったりしてるそいつの棒を無理矢理引き抜く。射精したての男なんて、下手すれば女より弱いんじゃないだろうか。
シャワーを浴びて戻ってくれば、すでにそいつは身支度を終えていた。
「そろそろ出ようか」
「ん」
ホテル代はきちんと半分で割った。どちらかに偏れば、きっと意識のどこかで優劣が生まれる。実際奢らせてた頃に比べれば格段に揉め事の数は減った。
「じゃあね」
もうきっとこいつとは会うことないだろうな、という気持ちを込めて手を振る。実際この手の勘は毎回当たる。
そいつの背中を見送ることも、きっとそいつに私の背中を見送られることもなく、互いにそれぞれの道を歩き出した。
こうやって出会い系で男を食い漁る生活を始めて、もう2年ほどになるだろうか。特定の恋人に値するような男なんて、同じ年数出会えていない。
「……ん」
スマートフォンが震えた。届いたメッセージはさっきの男ではなくSNSの通知だった。
『あなたの絵、すごく素敵です。僕の小説の表紙を描いてほしいくらい』
当時の彼氏と別れてから趣味で始めたSNS。今となってはフォロワーも4桁を超えた。そこにやってきたDMには、そう書かれていた。
最近は専ら海外の閲覧数稼ぎ目的の業者からのDMが多いせいで、こういったまともな日本語から始まるDMは珍しかった。だから、浮かれていたのかもしれない。だから私も、少しだけ時間を空けて返信した。その時には、もう自宅に到着していた。
『そう言っていただけて嬉しいです。どれも魂削って描いたものばかりなので』
元々、絵を描くことが好きだった。小学校の図画工作だって、誰よりも夢中になっていた。中学校も高校も、選択科目には美術を選んでいた。でも好きなものは水彩だったから、たまたま油彩至上主義にかぶれていた美術部には中高どちらも入らなかった。
外で男とセックスしては家で絵に没頭する、それが休みのルーティンだった。実際今日も、男に抱かれた熱を膣に抱きながら作業机に臨んでいる。
『伝わります。だって、綺麗だから』
鼻で笑ってしまった。こいつは私の何を知っているのか。ただ、言葉も無しに描いた絵のの写真だけ上げている私の何を。
そいつは『時沢勇泉』という名前のアカウントで、自身が執筆するネット小説の宣伝をメインに活動しているようだった。ネット小説はどれも外部サイトで、それだけで見る気が失せる。
年齢は24歳、私の3つ歳下。在住は県を3つ跨いだ先だった。
『描いてるあなたもきっと綺麗なんだろうなと思います』
無性に苛立った。こうやって作品をダシにされて口説かれるのは、何よりも嫌いなのに。だから私は、出会う男には趣味のことを決して伝えなかった。絵より私の裸を見せるだけで良かった。
SNSを閉じて、改めて絵の具を紙に乗せた。ああ、いい。この、紙を美しく汚していく感触。この紙の上だけは、私の世界だ。私以外には侵せない。
ひと段落すると、再びスマートフォンが鳴った。また時沢だった。
『あなたの絵に、物語を載せていいですか?』
時沢が言うには、私の絵の画像とともに短編小説を執筆してSNSに載せたいとのことだった。その提案を受けたのは初めてだったから、素直に思考が停止して……好奇心が勝った。
『キャプションを付けてくださるのであれば、構いません』
そう返信すると、すぐさま『ありがとうございます』と返ってきた。どうやらこれから執筆に入るとのことで、そこでDMは打ち切られた。
……この男の書くものに興味は無い。けれど、自分が関わってくるのであれば話は別だ。あくまで義務として、チェックしておく必要がある。
時沢はネット小説の界隈ではそこそこ有名らしく、SNSのフォロワー数は私より多いくらいだった。さっきは無視した外部リンクを、今度は義務感でクリックしてみる。
主に短編か……長くて中編を書いているようだった。なのでまずは、本人が「3分で読めます」と謳っている作品から読んでみることにする。
「……うわ」
それがまず、第一声だった。
いわゆる散文というか、ストーリー性の無い文章の羅列だった。けれど私には何となく分かる。これは……文章の形を取った、自己陶酔だ。
美しいもの、というよりは美しいものを作る自分、に酔っているとよく分かる胸焼けするような文章。なまじ構成力や文章力があるせいで、その酔いが一気に脳に作用してくる。
自分も自分なりの美を作っているからこそ、武器でぶん殴られてふらつき酔ってしまう……そんな感覚を覚えた。要は、「受け付けない」というか「受け付けたくない」だ。
しかしフォロワー数や他者からの感想を見ている限り、この男にはファンが多い。そんな男が書くなら……と私は無理矢理自分を納得させたのだった。私の絵を見てくれる人が増えるかも、という下心に不快感をあやさせて。
三日後、時沢は例の小説をSNSにアップした。画像添付欄には、私の描いた『雨と紫陽花』の絵が飾られていた。その絵は、かつてSNSに掲載した時10分もかからずすぐにお気に入りの登録を40件してもらえた自信作だった。
SNSの都合上200文字までしか投稿できないからか、とても短いものだった。その文章も、やはり胸焼けするような表現だった。この200文字で人を悪酔いさせるなど、ある意味才能だろう。
しかし早くも集まった感想には『やはり文章が素敵』『絵の雰囲気と合ってて好きです』などと寄せられていた。そして同時に、こちらのアカウントのフォロワー増加の通知もぽちぽち鳴り始めた。
悪酔いなんてしている私の方が、もしかするとおかしいのかもしれない。だからこそ、一つだけ心の中を落ち着ける目的で深呼吸してDM欄を開いた。すると、時沢からDMが来ていた。
『この度は、素敵な絵を貸してくださりありがとうございます。インスピレーションが湧いて止まりませんでした』
作品をそう言ってもらうのは、嬉しい。それは素直な気持ちだ。だからこそ、『こちらこそおかげでフォロワーが増えています。ありがとうございます』と返事を送った。するとすぐに、返信が返ってきた。
『ワカナさんは、どういう時に作品へのインスピレーションが湧きますか?』
唐突な質問に、内心戸惑った。絵の提供だけでやりとりが終わると思っていたのに。
『どうしてそんなことを訊かれるのですか?』
だから、素直に送った。こうして話題を作った上で近づいてくる人間は、どうも信用できない。初対面の男にでも股は開けるのに、我ながら分からない感覚である。
『ワカナさん、SNSに載せるのって絵だけで言葉って全然載せないじゃないですか。だから、気になったんです。小説を書いているせいか、人の言葉を知りたいって思ってしまうヘキがあって』
そもそものバトルフィールドが全然違う、といえばそれまでだ。そして何より、この不躾さが不快だった。隠しているものを漁りたがる奴が、私は何より大嫌いなのだ。
『男とセックスした時ですね』
これで引いてくれるだろう。ただ無視すればいいだけなのだろうが、何となくこいつにも不快感を与えたかった。
やはり、数十分スマートフォンは鳴らなかった。ついでに言えば、あの日セックスした男に至ってはあれ以来一切連絡はなかった。
そして通知が鳴った。時沢だった。
『すみません、想像してたら発情してオナニーしてました』
正直、目が剥けた。そして、連投がやってきた。
『まさかこんな美しい絵を描かれる人が男とセックスをして、そこからインスピレーションを得ていただなんて。ギャップと言いますか、そういう汚い行為からこういった美しいものの生産へと昇華しているのが……たまらなくいやらしいです』
斜め上の返答だった。しかし、私は食いいるようにそのDMを見てしまった。こいつの書く小説には、自分の絵が関わっていても興味なんて湧かなかったのに。
……汚い行為から美しいものを生産。言い得て妙だ、確かにあまりにもおかしい。
『もう射精はしたんですか?』
おかしな返答だとは思った。けれど、もうすでにもっとおかしなことを言ってしまっている。
『はい。気持ちよかったです。今はワカナさんを想像して、しごいています。勃起が止まらないです』
想像した。こいつが、私とのDMを見て棒を勃起させて必死にしごいている姿を。
こいつの姿形なんて知らない。ただ、想像は出来る。だらしない顔をして、棒からだらしなく汁を垂らして……私を想像して、自慰をしている姿。
『イキそうなんですか?』
『まだです、まだイキたくないです』
『いいですよ、イッても。好きに射精してください』
『冷たい……もっと甘やかして……』
『人のことを勝手にオカズにしてる奴を、何で甘やかさないといけないんですか?』
『意地悪……好き、大好き……』
互いに1分立たずに送りあっていたのに、最後の一言のあといきなり時間が空いた。かと思えば、10分程して返事が来た。
『気持ちよかったです。ワカナさん、大好き。本当に』
ああこいつ気色悪いな、と思った。けれど顔の筋肉は、緩んでしまっていた。
それからと言うものの、私たちはほぼ毎日DMでやり取りをしていた。
『ワカナさんを思って抜きました』
添付されていたのは、精液を吐き出したティッシュの写真だった。私はそこに『気色悪い』と返したけれど、すぐに『ここに俺の遺伝子がいっぱい詰まっているんです』とさらに気色悪い情報を載せてきた。
DMにおいての時沢の文章は、良くも悪くも人間味があった。SNSに載せている胸焼けのする飾り散らかした文章なんかよりも、まだすんなり飲み込めた。
数日に渡りこういったDMを交わしたことで得た情報はいくつかあった。まず、こいつには恋人がいないこと。そして、性欲が尋常ではないこと。自慰はひどい時だと一日8回する日もあるらしく、さすがにそれは人間離れしてるだろと吐き捨てた。それにすら、あいつは興奮していた。
ある日ふと気になって、試しに私の裸を首から下だけ撮影して添付して送ってみた。その日は凄まじかった。こちらが『通知うるさい』と告げるまで『愛してる』『舐めたい』と連投でDMを送ってきた。
それが、ある意味契機だったのかもしれない。私たちはDMだけでなく、電話番号も交換した。時沢の声は、良くも悪くもありふれたものだった。
『ああっ、あっ、あっ』
「今どうなってるの?」
『ワカナさんの……中、想像してるっ』
「どうなってるのって訊いてるんだけど」
『うう……勃起してる。2回射精したのに……ねえ、ワカナさんの……音、聴きたいっ。声も……お願いっ』
上擦った声にねだられるのは、別に慣れてる。それでも男のそういう声は不思議で、私をすぐその気にさせる。
電話のマイク部分を寄せて、指を入れ、捻じ曲げる。その時に立った一つだけの音ですら、時沢にとっては劇薬のようなものだったらしい。
『んひゃぁあ、イくぅううっ』
情けない声が聞こえてきて、私は指を抜いた。正直これだけで感じられるほど、私の体はど淫乱ではない。けれど、こいつの情けない喘ぎには情けないほど私も興奮するようになっていた。決して、見せてなんてやらないけれど。
時沢と毎日のようにやり取りして、電話して、時沢を射精させて。を繰り返している中で私は8枚の絵を描き上げた。
つまり……それだけの数の男と寝た。
『今日は何してたの?』
時沢は普段は会社員で、毎日仕事終わりに電話してきていた。そのやり取りを繰り返していくと、だんだん時沢は緊張していくようになっていた。私の答えを、恐れて。
「出会い系の男と会ってた、二発出来た」
私の答えに、時沢は息を呑んだ。そしていつも、泣きそうな声で『やめてよ』と言ってくる。
『ワカナさんは俺のなのに……』
時沢の精神状態によっては、本気で泣く日すらある。それでもいつも変わらないのは、あいつはいつも同時にオナニーもしているということだ。さすがにそんな状態の奴をなじるのは気が引けるので、私は何も言わず情けない喘ぎ声を聞くしかなくなる。
電話を切ればいいのに、切れない。あいつの情けない、どこか私を責めるような吐息に……胸を締め付けられることに、背徳感を覚えている自分がいる。
『ワカナさぁんっ……』
あいつは射精すると、甘えるように私を呼ぶ。
『ワカナさんが大好きで、おかしくなりそうだよ。本当に』
甘い言葉もたくさん吐く。
『好き、好き……本当に、好きっ』
甘い熱が、股を濡らしていく。
「ああっ、はあ、あんっ」
「あー、イキそ?分かるよ、中ぐねぐねしてるよ」
うるせえお前なんかに私の何が分かるんだ馬鹿野郎、なんて冷静な時の私なら言えただろうけれど生憎今はそれどころじゃない。ただ今は、この熱に殉じていたい。
「あー、俺もイキそ!出していい?」
いいよしか言えない。そこで寸止め出来る余裕も技量も無い。だから頷いたら、すぐにコンドーム越しの射精を感じた。ものの10秒足らず、ぐったりしてるそいつの棒を無理矢理引き抜く。射精したての男なんて、下手すれば女より弱いんじゃないだろうか。
シャワーを浴びて戻ってくれば、すでにそいつは身支度を終えていた。
「そろそろ出ようか」
「ん」
ホテル代はきちんと半分で割った。どちらかに偏れば、きっと意識のどこかで優劣が生まれる。実際奢らせてた頃に比べれば格段に揉め事の数は減った。
「じゃあね」
もうきっとこいつとは会うことないだろうな、という気持ちを込めて手を振る。実際この手の勘は毎回当たる。
そいつの背中を見送ることも、きっとそいつに私の背中を見送られることもなく、互いにそれぞれの道を歩き出した。
こうやって出会い系で男を食い漁る生活を始めて、もう2年ほどになるだろうか。特定の恋人に値するような男なんて、同じ年数出会えていない。
「……ん」
スマートフォンが震えた。届いたメッセージはさっきの男ではなくSNSの通知だった。
『あなたの絵、すごく素敵です。僕の小説の表紙を描いてほしいくらい』
当時の彼氏と別れてから趣味で始めたSNS。今となってはフォロワーも4桁を超えた。そこにやってきたDMには、そう書かれていた。
最近は専ら海外の閲覧数稼ぎ目的の業者からのDMが多いせいで、こういったまともな日本語から始まるDMは珍しかった。だから、浮かれていたのかもしれない。だから私も、少しだけ時間を空けて返信した。その時には、もう自宅に到着していた。
『そう言っていただけて嬉しいです。どれも魂削って描いたものばかりなので』
元々、絵を描くことが好きだった。小学校の図画工作だって、誰よりも夢中になっていた。中学校も高校も、選択科目には美術を選んでいた。でも好きなものは水彩だったから、たまたま油彩至上主義にかぶれていた美術部には中高どちらも入らなかった。
外で男とセックスしては家で絵に没頭する、それが休みのルーティンだった。実際今日も、男に抱かれた熱を膣に抱きながら作業机に臨んでいる。
『伝わります。だって、綺麗だから』
鼻で笑ってしまった。こいつは私の何を知っているのか。ただ、言葉も無しに描いた絵のの写真だけ上げている私の何を。
そいつは『時沢勇泉』という名前のアカウントで、自身が執筆するネット小説の宣伝をメインに活動しているようだった。ネット小説はどれも外部サイトで、それだけで見る気が失せる。
年齢は24歳、私の3つ歳下。在住は県を3つ跨いだ先だった。
『描いてるあなたもきっと綺麗なんだろうなと思います』
無性に苛立った。こうやって作品をダシにされて口説かれるのは、何よりも嫌いなのに。だから私は、出会う男には趣味のことを決して伝えなかった。絵より私の裸を見せるだけで良かった。
SNSを閉じて、改めて絵の具を紙に乗せた。ああ、いい。この、紙を美しく汚していく感触。この紙の上だけは、私の世界だ。私以外には侵せない。
ひと段落すると、再びスマートフォンが鳴った。また時沢だった。
『あなたの絵に、物語を載せていいですか?』
時沢が言うには、私の絵の画像とともに短編小説を執筆してSNSに載せたいとのことだった。その提案を受けたのは初めてだったから、素直に思考が停止して……好奇心が勝った。
『キャプションを付けてくださるのであれば、構いません』
そう返信すると、すぐさま『ありがとうございます』と返ってきた。どうやらこれから執筆に入るとのことで、そこでDMは打ち切られた。
……この男の書くものに興味は無い。けれど、自分が関わってくるのであれば話は別だ。あくまで義務として、チェックしておく必要がある。
時沢はネット小説の界隈ではそこそこ有名らしく、SNSのフォロワー数は私より多いくらいだった。さっきは無視した外部リンクを、今度は義務感でクリックしてみる。
主に短編か……長くて中編を書いているようだった。なのでまずは、本人が「3分で読めます」と謳っている作品から読んでみることにする。
「……うわ」
それがまず、第一声だった。
いわゆる散文というか、ストーリー性の無い文章の羅列だった。けれど私には何となく分かる。これは……文章の形を取った、自己陶酔だ。
美しいもの、というよりは美しいものを作る自分、に酔っているとよく分かる胸焼けするような文章。なまじ構成力や文章力があるせいで、その酔いが一気に脳に作用してくる。
自分も自分なりの美を作っているからこそ、武器でぶん殴られてふらつき酔ってしまう……そんな感覚を覚えた。要は、「受け付けない」というか「受け付けたくない」だ。
しかしフォロワー数や他者からの感想を見ている限り、この男にはファンが多い。そんな男が書くなら……と私は無理矢理自分を納得させたのだった。私の絵を見てくれる人が増えるかも、という下心に不快感をあやさせて。
三日後、時沢は例の小説をSNSにアップした。画像添付欄には、私の描いた『雨と紫陽花』の絵が飾られていた。その絵は、かつてSNSに掲載した時10分もかからずすぐにお気に入りの登録を40件してもらえた自信作だった。
SNSの都合上200文字までしか投稿できないからか、とても短いものだった。その文章も、やはり胸焼けするような表現だった。この200文字で人を悪酔いさせるなど、ある意味才能だろう。
しかし早くも集まった感想には『やはり文章が素敵』『絵の雰囲気と合ってて好きです』などと寄せられていた。そして同時に、こちらのアカウントのフォロワー増加の通知もぽちぽち鳴り始めた。
悪酔いなんてしている私の方が、もしかするとおかしいのかもしれない。だからこそ、一つだけ心の中を落ち着ける目的で深呼吸してDM欄を開いた。すると、時沢からDMが来ていた。
『この度は、素敵な絵を貸してくださりありがとうございます。インスピレーションが湧いて止まりませんでした』
作品をそう言ってもらうのは、嬉しい。それは素直な気持ちだ。だからこそ、『こちらこそおかげでフォロワーが増えています。ありがとうございます』と返事を送った。するとすぐに、返信が返ってきた。
『ワカナさんは、どういう時に作品へのインスピレーションが湧きますか?』
唐突な質問に、内心戸惑った。絵の提供だけでやりとりが終わると思っていたのに。
『どうしてそんなことを訊かれるのですか?』
だから、素直に送った。こうして話題を作った上で近づいてくる人間は、どうも信用できない。初対面の男にでも股は開けるのに、我ながら分からない感覚である。
『ワカナさん、SNSに載せるのって絵だけで言葉って全然載せないじゃないですか。だから、気になったんです。小説を書いているせいか、人の言葉を知りたいって思ってしまうヘキがあって』
そもそものバトルフィールドが全然違う、といえばそれまでだ。そして何より、この不躾さが不快だった。隠しているものを漁りたがる奴が、私は何より大嫌いなのだ。
『男とセックスした時ですね』
これで引いてくれるだろう。ただ無視すればいいだけなのだろうが、何となくこいつにも不快感を与えたかった。
やはり、数十分スマートフォンは鳴らなかった。ついでに言えば、あの日セックスした男に至ってはあれ以来一切連絡はなかった。
そして通知が鳴った。時沢だった。
『すみません、想像してたら発情してオナニーしてました』
正直、目が剥けた。そして、連投がやってきた。
『まさかこんな美しい絵を描かれる人が男とセックスをして、そこからインスピレーションを得ていただなんて。ギャップと言いますか、そういう汚い行為からこういった美しいものの生産へと昇華しているのが……たまらなくいやらしいです』
斜め上の返答だった。しかし、私は食いいるようにそのDMを見てしまった。こいつの書く小説には、自分の絵が関わっていても興味なんて湧かなかったのに。
……汚い行為から美しいものを生産。言い得て妙だ、確かにあまりにもおかしい。
『もう射精はしたんですか?』
おかしな返答だとは思った。けれど、もうすでにもっとおかしなことを言ってしまっている。
『はい。気持ちよかったです。今はワカナさんを想像して、しごいています。勃起が止まらないです』
想像した。こいつが、私とのDMを見て棒を勃起させて必死にしごいている姿を。
こいつの姿形なんて知らない。ただ、想像は出来る。だらしない顔をして、棒からだらしなく汁を垂らして……私を想像して、自慰をしている姿。
『イキそうなんですか?』
『まだです、まだイキたくないです』
『いいですよ、イッても。好きに射精してください』
『冷たい……もっと甘やかして……』
『人のことを勝手にオカズにしてる奴を、何で甘やかさないといけないんですか?』
『意地悪……好き、大好き……』
互いに1分立たずに送りあっていたのに、最後の一言のあといきなり時間が空いた。かと思えば、10分程して返事が来た。
『気持ちよかったです。ワカナさん、大好き。本当に』
ああこいつ気色悪いな、と思った。けれど顔の筋肉は、緩んでしまっていた。
それからと言うものの、私たちはほぼ毎日DMでやり取りをしていた。
『ワカナさんを思って抜きました』
添付されていたのは、精液を吐き出したティッシュの写真だった。私はそこに『気色悪い』と返したけれど、すぐに『ここに俺の遺伝子がいっぱい詰まっているんです』とさらに気色悪い情報を載せてきた。
DMにおいての時沢の文章は、良くも悪くも人間味があった。SNSに載せている胸焼けのする飾り散らかした文章なんかよりも、まだすんなり飲み込めた。
数日に渡りこういったDMを交わしたことで得た情報はいくつかあった。まず、こいつには恋人がいないこと。そして、性欲が尋常ではないこと。自慰はひどい時だと一日8回する日もあるらしく、さすがにそれは人間離れしてるだろと吐き捨てた。それにすら、あいつは興奮していた。
ある日ふと気になって、試しに私の裸を首から下だけ撮影して添付して送ってみた。その日は凄まじかった。こちらが『通知うるさい』と告げるまで『愛してる』『舐めたい』と連投でDMを送ってきた。
それが、ある意味契機だったのかもしれない。私たちはDMだけでなく、電話番号も交換した。時沢の声は、良くも悪くもありふれたものだった。
『ああっ、あっ、あっ』
「今どうなってるの?」
『ワカナさんの……中、想像してるっ』
「どうなってるのって訊いてるんだけど」
『うう……勃起してる。2回射精したのに……ねえ、ワカナさんの……音、聴きたいっ。声も……お願いっ』
上擦った声にねだられるのは、別に慣れてる。それでも男のそういう声は不思議で、私をすぐその気にさせる。
電話のマイク部分を寄せて、指を入れ、捻じ曲げる。その時に立った一つだけの音ですら、時沢にとっては劇薬のようなものだったらしい。
『んひゃぁあ、イくぅううっ』
情けない声が聞こえてきて、私は指を抜いた。正直これだけで感じられるほど、私の体はど淫乱ではない。けれど、こいつの情けない喘ぎには情けないほど私も興奮するようになっていた。決して、見せてなんてやらないけれど。
時沢と毎日のようにやり取りして、電話して、時沢を射精させて。を繰り返している中で私は8枚の絵を描き上げた。
つまり……それだけの数の男と寝た。
『今日は何してたの?』
時沢は普段は会社員で、毎日仕事終わりに電話してきていた。そのやり取りを繰り返していくと、だんだん時沢は緊張していくようになっていた。私の答えを、恐れて。
「出会い系の男と会ってた、二発出来た」
私の答えに、時沢は息を呑んだ。そしていつも、泣きそうな声で『やめてよ』と言ってくる。
『ワカナさんは俺のなのに……』
時沢の精神状態によっては、本気で泣く日すらある。それでもいつも変わらないのは、あいつはいつも同時にオナニーもしているということだ。さすがにそんな状態の奴をなじるのは気が引けるので、私は何も言わず情けない喘ぎ声を聞くしかなくなる。
電話を切ればいいのに、切れない。あいつの情けない、どこか私を責めるような吐息に……胸を締め付けられることに、背徳感を覚えている自分がいる。
『ワカナさぁんっ……』
あいつは射精すると、甘えるように私を呼ぶ。
『ワカナさんが大好きで、おかしくなりそうだよ。本当に』
甘い言葉もたくさん吐く。
『好き、好き……本当に、好きっ』
甘い熱が、股を濡らしていく。
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