初味ジャムと折れたスプーン

湖霧どどめ

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 右手の薬指に輝く指輪。何度見ても、僕と灯ちゃんを繋いでくれる目で見える絆に思えて、にやけそうになる。

「ペアリングってそんないいもんなの?」

 気が付けば指輪を眺めてしまう俺がさすがに気になったのか、焔くんが首を傾げた。さすがに少し恥ずかしくて、目線を指輪から外す。

「焔くんは彼女いないの?」
「作った事はあるけど、毎回『ついていけない』って振られる」

 ……なんとなく分かる気はした。
 今日は焔くんの大学の学祭で、灯ちゃんと共に呼んでもらった。灯ちゃんもここの卒業生らしくてサークルの集まりに顔を出しに行っている。さすがに部外者である俺が着いていくのは体裁が悪い気がして遠慮しておいた。とても気にはなるけれど。

「にいちゃん、あっち俺のサークルの出し物」

 焔くんはあれからずっと俺のことをそう呼ぶ。そのせいでさっきも見知らぬ女の子達から「藍田くんのお兄さんなんですか!?」「どうしたら藍田くんとお近付きになれますか!?」と絡まれたところだ。顔がいいとここまでになるのか、と戦慄したけれど……よく考えると焔くんとほぼ同じ顔立ちの灯ちゃんもこんな風に絡まれていたらどうしようと思ってしまう。でも灯ちゃんも指輪を着けてくれているわけだし、信じるしかない。

「にいちゃん大学どこなの」

 俺が告げたのは、県唯一の国公立大学だ。それを聞き、焔くんは「頭いいんだね」と呟く。

「いや、昔から親に縛り付けられて勉強ばっかさせられて。でも大学生になったらさすがにムカついてきてさ、だから仕事は好きなのやろうと思って。それで家出した」
「家出?」
「母親が今で言う毒親で、早く逃げ出したくて。ほぼ勘当に近い状態」

 一度灯ちゃんに話したこともある。すごく心配されたけれど、俺はむしろ今幸福だからあの時の判断をした自分の勇気を誇りに思っている。
 焔くんはいい意味でドライなためか、「大変だったんだね」の一言で済ました。

「まあそう考えたらうちん家って普通だよね、割と」

 先日、灯ちゃんの実家に挨拶にいった。「結婚の挨拶とかじゃないから大丈夫」って言ってたけれど、俺からすれば同じくらいの気持ちだったから死ぬ程緊張した。

「母ちゃんも父ちゃんもめちゃくちゃ喜んでたよ、『あんないい子が』って」
「そ、そうなの?よかった」

 正直不安で仕方なかったけれど、そうであれば一安心だ。長い息を吐く。

「にいちゃんさ、姉ちゃんの前の彼氏知ってる?」

 振ってきた言葉に、どきりとする。蘇ったのは、あの駐車場での記憶だった。焔くんは続ける。

「俺は会ったこと無いんだけど、すげえやべえ奴って聴いてたからさあ。にいちゃんがそんなんだったらどうしようかと思ってた」

 ……あんな酷いやつと灯ちゃんが数年とはいえしばらく過ごしていた、という事実はずっと俺にのしかかっていた。灯ちゃんの自己肯定感が低い理由も察せてしまった。だからこそ、俺は……灯ちゃんを、幸せにしたい。
 焔くんが携帯をいじりだした。

「姉ちゃん既読つかないね。そっちついてる?」
「ううん。でも久々に友達と会ってるわけだし邪魔するのもよくないかなって」

 とはいえ、心配ではある。実際俺からのメッセージにも既読がついていない。

「灯ちゃんのサークルってどこで何してるんだっけ」
「んーと、確か……」

 携帯の画面が変わった。熱田だ。一応応答する。

「もしもし、熱田?仕事じゃなかった?」
『あーうん、そうなんだけどさ。あのさ、今あかりんいる?』
「えっ、今別行動中」

 そう返すと、『すぐ合流して』と聴こえてきた。

『あいつが……誠司が、そっち向かってる』
「え、何で」
『それは分かんねーけど。とりあえず、急いで。今そっちにいるのも全部推測されてる』

 ひとまず電話を切って、焔くんを見た。彼も聴こえていたらしく、近くにいた女の子に早速スマホの画像を見せていた。どうやら灯ちゃんの写真みたいだけど、あの子案外自分の武器分かってるなあと思った。

「多分ローラーでいけばすぐ見付かるよ。ここに連れてくるよう言ったから、俺たちは動かない方がいいね」

 焔くんはそう言ってるけど、内心落ち着けなかった。この間にももし、あの男が先に灯ちゃんと合流していたら。
 あの時の灯ちゃんの怯えようが脳裏をよぎって、目の前がチカチカする。そんな俺に、焔くんは一枚の地図を渡してきた。

「学園マップ。迷ったらすぐに連絡して。確かこのA1棟に、姉ちゃんのサークルの部室がある」
「ありがとう」

 俺は、走り出した。ひとまず、A1棟に走って向かう。
 人が多い中を必死に掻き分けながら、同時にあの男も探す。灯ちゃんとのメッセージは、一切動いていなかった。
 やっと建物に到着すると、階段でだべっている学生たちに声をかけてみた。

「あの、ここのOGの……藍田灯さんって」
「あ、さっき迎えにきてましたよ」
「そういえばあれ焔くんじゃなかったよね、彼氏かな」

 血の気が引いた。俺はどこに向かったか聞くと、学生の指差した方へと走った。頼むから無事でいてくれ、と祈りながら。
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