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第2章

2.大本さんと加平さんで補習という名の調査だよ!

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 土曜日は、日差しがとにかくきつかった。絶好の水泳日和だ。
 水泳補習の参加者は五名。その内の二人、大本と加平は水泳前のシャワーを浴びながらプールを眺めていた。

「うーん、見た感じ異変ないよね」
「私達じゃさすがに見るだけじゃ分からないか……加藤くんなら分かったりしたのかな」

 大本の言葉に、加平は「かもね」と呟く。二人揃ってシャワーから出た。
 プールサイドに向かうと、すでに生徒達が集まりだしていた。ふと、他の女子達の会話が耳に付く。

「ちょっと……あそこ」
「わ、本当だ。きもっ」

 少し気になり、「どうしたの」と加平が声をかける。一人の女子が加平と大本に近寄って耳打ちしてきた。

「フェンスの向こう、林の一番大きい木の陰見てみて」

 二人で木の陰をのぞく。すると、一人の男が居た。すらりとした、気の強そうな顔立ちの眼鏡の男だった。

「あれって、隈野先生?」

 女子は頷く。

「去年もそうだったんだけどさ、女子の水泳の授業の時いつもああやって覗いてるのよ」
「え、そうなの?」
「非常勤の先生だから多分好きに抜け出せるんだよきっと。マジできもい」

 会話を聞いていたもう一人の女子の吐き捨てるような言葉に、大本と加平は顔を見合わせる。
 隈野は、裏文実の事を知らないはずだ。保健室の提供も、灰田に誤魔化されてやっているに過ぎないと聞いている。一瞬メンバーの代わりに自分たちを見守ってくれているのかと思ったが、事情を知らないならそんなわけはないだろう。

「……とりあえず見なかった事にしよっか」
「そだね」

 互いにそう耳打ちし合う。
 体育教師が来て、補習が始まった。準備体操を念入りに行いながらプールの中心を眺める。やはり、とくに変化は無い。

「では、さっそく課題に入ります。ちょっと最近男子で授業中に溺れる子達が出てきてるから、何かあったらすぐ知らせてください」

 教師の言葉を、恐らく他の女子達は言葉半分にしか聞いていないだろう。しかし二人にとっては結構深刻だ。互いに頷き合い、先んじて中心のコースに向かう。6コース中の3と4なので、実質二人で独占出来た。

「同じペースで泳ごう、何かあればロープ揺らすってことで」

 加平の言葉に、大本が頷く。
 生徒全員が位置についたのを確認し、教師が声を張り上げる。

「では、まずはクロールから。往復一本、始めてください」

 生徒が一斉に入水し、壁を蹴った。
 幸い、大本も加平も運動神経にそこまで差はない。多少の意識をしつつ、出来るだけゆっくりと進んでいく。プールの底を注視していても、とくに異変はない。
 ……コースの真ん中、という事であれば。もしかすると、プールの中心部に何かあるのかもしれない。
 泳ぎすすめ、中心部へ到達した。そこで、大本が先に気付き……巻き込まれた。

「ーーっ!」

 見えない。しかし、分かる。足首に絡んできている、感触。太い紐のような何かが、大本の左足にからみついた。

「っ!!」

 手を上に延ばし、どうにかロープを掴む。力任せに、とにかく揺らした。

「大本さん!」

 少し後ろに居たのだろう、加平がロープをくぐり抜けて大本のコースに潜り込んできた。大本を抱きしめて泳ごうにも、動かない。固定されているかのようだった。
 ……発動する。
 ふわり、と柔らかなものに包まれるような感覚。瞬時に、ゴールの側のプールサイドに転移していた。加平は大本を急いで離し、アスファルトに寝かせる。

「大本さん! 大本さん!」

 肩を強く揺らすと、音を立てて大本が水を吐き出した。そして、うっすらと目を開ける。眩しい日の光が、目を刺した。

「う……か、加平ちゃん……」
「よ、よかった。大丈夫?」

 ゆっくりと身を起こし、大本は加平を見上げる。

「……能力、使ってくれたんだね。ありがとう」

 周囲を見渡すと、他の生徒はまだ上がっていないようだった。教師もこちらを見ていない。タイム的に泳ぎきれていないための油断だろう。正直、助かった。

「何があったの?」

 加平の問いに、大本は視線で答えた。左足首に、赤い筋が入っている。締め付けられた直後のような、太い筋だ。

「真ん中に来たあたりで、いきなり何かが絡みついてきた。結構強い力で、引っ張られた」
「私も抱えて泳ごうとしたんだけど、駄目だったよ。だから能力使ったんだけど」

 他の生徒が上がってきた。未だしゃがみこんでいる二人を見て、声をかけてくる。

「わ、二人とも速いね!」
「あ、そ……そだね! 今日なんか調子いいね、大本さん」
「う、うん」

 まだ補習は始まったばかりだ。これは、まずい。加平は大本の手を引いて立ち上がる。

「大本さんがいたところ、3コースだよね。次私が行くよ。いざとなれば能力で逃げられるし」
「大丈夫?」

 頷きながら、加平は指をプールへ向かって振った。

「よく見たら3コースの方が、幅的に4コースより中心に近いね。また何かあれば私が回収するから」

 頷く。そして、溺れたてでふらつく体のまま走り出した。
 結局その後は何事もなく、無事補修は終了した。大本が溺れていたことには誰も気付いていない。
 二人で身支度を整え、加平がスマートフォンを確認すると浜野からメッセージが来ていた。

「図書室だって」
「分かった」

 二人が図書室に到着すると、すでに人数が揃っていた。浜野、安生、棚橋、多田、前澤、井内だ。二人に気付いた浜野が手を振っている。

「お疲れ。どうだった」

 大本が、靴下を脱いで筋を露出させた。時間が経ったせいか紫色に変色している。それも。

「何これ、なんか鱗みたい」

 近付いてきた井内の指摘に、大本は頷いた。

「プールの第三コースの、本当に真ん中のあたりで何かが絡みついてきたの。でも確かに生き物みたいだったというか、この感じだと……蛇だよね」
「蛇? いたのか」
「見えなかった。多分、見えない蛇」

 大本の言葉にひとつ考え込むそぶりを見せてから、「ひとまず」と呟いて浜野が二人ぶんの椅子を引いた。加平と大本が座る。

「そいつが原因で間違いなさそうだな。問題はどうやってとっつかまえるかだが」
「水を全部抜くのは?」

 棚橋の言葉に、浜野より先に多田が首を振った、

「無理だ、絶対許可おりない。あれ相当金かかるとかでひと夏中ずっとあの水なんだよ。だから塩素ジャバジャバ入れてんだ」

 多田の言葉に、前澤が「一大事なのに」と呟く。浜野は悩ましげながらも口を開いた。

「前澤さんさ、氷の能力って凍らせる対象選べるんだよな」
「うん」
「あのプールの水だけ凍らせて、その中の異物とかは凍らせない……そういうのって可能だったりする?」

 言いたい事が分かったらしく、前澤は頷いた。「じゃあそれで」と浜野も頷く。

「前澤さんにプール全部凍らせてもらって、中からその蛇的な奴を引きずりだす。それを場合によっては井内さんに切り刻んでもらうってのでいこう」
「あれ、浜野くんの出番は?」
「……俺の能力今回絶対役に立たないだろ」

 少しやさぐれた感じで呟く浜野に「最後氷溶かしてよ」と前澤が焦りながらフォローを入れ、立ち上がった。

「じゃあもう今日やろっか。もう補習終わったなら大丈夫でしょ」
「だな。この時間なら……多田、どうだ」
「土日の部活は15時以降も続けるなら許可がいるけど、今日はどこも申請出してない。余裕見て17時からなら大丈夫だろ。2時間後だ」

 浜野は「決まりだな」と呟く。

「というか加藤って今連絡つくのか? 一応裏文実のグループには既読入ってるけど」
「元気にやってるみたいだよ。今日の夜くらいに帰ってくるって言ってた」

 前澤の言葉に、浜野が少し驚いたように目を開いた。

「え、前澤さん加藤と連絡取ってるの? あいつめちゃくちゃ連絡無精だし質問にすら下手したら返事くれないけど」

 浜野の言葉に、今度は前澤が驚いたように首を傾げる。

「そうなの? 毎朝起きたらメッセージくれてるよ。『今日も学校頑張ろうな』とか」

 全員で顔を見合わせる。前澤だけはわけが分からないかのように首をひねっているが、浜野の「一旦解散」という静かな言葉で全員が立ち上がった。

「え、なに? 何なの皆」
「17時に全員プール前集合ー」
「は、浜野くん?」
「前ちゃん、ちょっとその辺の話詳しく聞かせてもらおうか」
「うんうん、女子だけの秘密トークだよ」
「い、井内はともかく大ちゃんまで? 何なの皆」
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