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第1章

5.加平さんと大本さんが慰めてくれるよ!

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 目をさますと、辺りは暗かった。目が慣れてくると、月明かりを感じ取れるようになってきた。ここは、部屋だ。見覚えのえる……保健室か。
 身を起こす。三つあるベッドの内、自分は中央を使っていた。右隣には、息を荒くしたまま眠る井内がいた。そして、傍らに。

「あ、起きたの」
「加平さん……」

 加平は安生のベッドへ歩み寄ってきた。パイプ椅子に腰掛ける。

「井内さんなら今だいぶ落ち着いてるよ。どっちかといえば痛み止めの副作用がきついみたい」
「皆は……」
「鳥西さんは井内さんの右手をくっつけるので能力使って疲れたからって家に帰ったけど、他の皆は残ってる。音楽室でお泊まり会だから、安生くんも落ち着いたら行ける?」

 優しい、声だった。泣いてしまいそうになり、顔を伏せる。加平は少し気にはしたようだが、続けた。

「最後の怪物だっけ。加藤くんと前澤さんで何とか倒したよ、そこから私に電話入って、救援に行った」
「……そっか」
「浜野くんが、次からは転移の能力の子一人は絶対同行させるって言ってた。まあ私と高田くんしかいないけど」
「……そっか」

 扉がスライドされる音がした。そちらを向くと、大本が立っていた。彼女は泣きそうな顔で近付いてくる。

「安生くん、起きたんだ……よかった」
「ごめん」

 そうだ、確か自分は突然倒れた。相当心配をかけたに違いない。実際大本は何度も頷いた。
 加平は「休憩かぁ」と微笑む。

「じゃあ戻るね。大本さん、あとよろしく。井内さんだいぶ落ち着いたから」
「うん、ありがとう」

 加平が扉を閉めた。起きているのは、大本と安生だけだ。
 大本は安生に背中を向けて、井内を見る。未だ彼女は息を荒くして、玉のような汗をかいていた。それを、側にあったタオルで拭う。

「井内ちゃん、すごかったんだよ。利き手使えないと能力うまく使えないって言ってたのに、加藤くんたちを風で煽って援護して。途中で失神しちゃったけど」
「そっか」
「……安生くんも、急に倒れちゃったし。すごく恐かったの」

 事実なのだろう。ただ、謝る事しか出来ない。
 大本は先程の加平のように、こちら側のパイプ椅子に座った。

「死ぬかもしれないって思った、本気で。でも、加平ちゃんが来てくれてどうにか脱出出来た。加平ちゃんの転移能力で皆酔ってたけど、それで……生きてる、って安心出来た。逆に」
「そっか」

 気付かなかった。自分は本当に、役に立てていない。
 大本は続ける。

「安生くんも、よかった。生きていてくれて」

 その言葉が、じわりと胸の奥へとしみていく。涙腺が、ひりつきだした。
 震える。しかし、唇は動く。

「城崎さんは、俺が殺した」

 ぽつりと落とされた呟き。しかし、強く響いた。大本は何も言わない。

「俺のせいで、消えたんだ」

 あの能力のせいで。そして、支えきれなかった自分のせいで。

「俺の、せいでっ……!」

 声が、涙が、こぼれ落ちていく。初めて、そしてようやく出せた告白が、安生の心を焼いていく。
 震えながら咽び泣く安生の背に、冷たい感触。大本の小さな手だった。

「よしよし」

 甘く、優しい声。

「安生くんは悪くないよ、能力も悪くない」
「でもっ……」
「こんなに悔いているんだもん。むしろ城崎さんも後悔してるんじゃないかな、安生くんに甘え過ぎてたって」

 それは、彼女自身言っていた。その後には必ず謝罪がついてきた。それでも彼女は変わらなかった。

「安生くんが優しいのは、皆知ってる。私も、他のメンバーも。だからこそ苦しい想いしてるんだろうなって、感づいてたよ」
「そんなこと……」
「でもね、だからこそ支えたかったの。そんな安生くんを」

 大本の言葉が、すとん、と安生の鼓膜に落とされる。
 大本の目を見た。垂れ気味の大きな目だ。そこには、自分の泣きはらした顔が映っている。しっかりと、目で捉えてくれている。

「私達、仲間なんだから」

 ……ずっと、助け合ってきた。
 最初の死線をくぐり抜け、そして城崎の情報を全員で探した。皆疑問には思っても、拒みは決してしなかった。そして安生も、他のメンバーがそうなったら助けに行く気はある。
 仲間に恵まれている、とは思う。これが、きっと城崎との違いだった。

「城崎さんが裏の方にいれば、もっと元気になってくれたかな」

 ぼそりと漏れた言葉に、大本は小さく首を振る。

「何となくだけど、無いと思う。結局あの子自身が甘えてたら意味がないもん」
「……甘やかし過ぎたのかな、俺」
「それはちょっと思う」

 二人で、笑う。
 心が少し、少しだけ、軽くなった。改めて大本を見る。

「ありがとう、大本さん」
「ううん、元気になったならよかった。どうする? 音楽室に皆いるけど、移動する?」
「そうしようかな。一応、話しておきたいし」

 身を起こす。ダメージは無いようで、体自体は軽い。そこで気付いた。

「って、大本さんも戻るの? 井内さんの様子見守らないといけないんじゃ」
「私もう大丈夫だよ」

 いきなりやってきた声に、二人してぎょっとする。井内のベッドを見ると、彼女はばっちり目を覚ましていた。

「い、井内ちゃん! びっくりしたぁ」
「いやあの空気で会話混ざれないでしょ。いつ入ろうかずっとそわそわしてたよ」
「あ、じゃあもしかしてさっきの内容……」
「うん、聞いてた。カッヒーがいなくなったくらいから」

 井内はといえば、顔色がだいぶよくなっているようだった。無事な方の左手で額の汗を拭った。

「痛み止めだいぶ効いてるみたいだから、手は大丈夫。ひっついてるしちゃんと動くよ」
「熱は?」
「さっきに比べたらだいぶマシになったよ。副作用でしょ、これ。じゃあそこまで引きずらなさそう」

 井内の右手を見る。包帯を巻かれ、三角巾で吊されている。それを見て、また心がずきりと痛んだ。

「井内ちゃん、その。あの時本当に……」
「いいよいいよ。大ちゃんが無事なら本当によかった」

 にひ、と井内が笑った。そんな彼女を見て、大本は泣きそうに顔を歪ませる。井内はぎょっとして慌てたように安生を見た。

「と、とにかく。私はもう大丈夫だし、体拭いて着替えたら追いかけるからさ。音楽室いきなよ、二人とも」
「分かった。皆に事情、話すよ」

 安生の言葉に、井内は微笑んだ。大本や加平と違う生命力の溢れた笑みが伝染して、安生も微笑む。
 大本と二人で保健室を出る。非常灯以外消されていて、うっすらと見えた掛け時計はすでに十時を示していた。

「全員いるの? 鳥西さん以外」
「うん」

 階段をゆっくり、転ばないように段をのぼる。三階に到着すると、確かに音楽室から明かりが漏れていた。
 そっと、扉に手をかける。中から光があふれ出した。

「あ、目覚ましたのか」

 出迎えてくれたのは体操服を着た高田だった。そういえば、彼とは作戦の班が違ったせいで全然話せていない。
 頷くと、彼は扉を広げたまま「大本起きたぞー」と中に向けて声を放った。すると、ばたばたとたくさんの足音が聞こえてきた。真っ先に顔を出してきたのは、目を見開いた浜野だった。

「あっ、安生! 大丈夫か!」

 そういえば彼は、メンバー随一の心配性だった。その鬼気迫る様子に一瞬面食らったが、どこか罪悪感を感じて「大丈夫、ごめん」と返す。すると浜野は心底安心したかのように顔の筋肉をゆるめた。
 音楽室の中に入れてもらう。机をよけられ、布団が何枚も敷き詰められていた。高田いわく、保健室の予備らしい。よく見ると全員が体操服を着ていた。まるで修学旅行の寝間着のようだった。
 誰からともなく、布団の上で円になり座る。

「あとは井内さんだけか」
「あ、井内さんも目を覚ましたよ。後で来るって言ってた」

 安生の言葉に、隣に座っていた浜野が「さっき連絡きた」と返す。安生は、全員を視線だけで見た。察した大本が、頷く。その様子を見た浜野は真剣な目で安生を見た。

「……皆に聞いてほしい事があるんだ」

 城崎との記憶を、すべて話した。全員、頷くこともせず聞いてくれた。それがどこか緊張する雰囲気を醸し出していたが、話すしかなかった。
 安生が「本当に、ごめん」と呟くと頭に何かが乗った。隣を見ると、こちらを見ずに撫でていたのは浜野だった。

「なるほどな。で、お前はこうやって俺達に話すまでずっとしんどい思いしてたと」
「お、思い出したのはついさっきだし……でも実際、俺が」
「まあ能力の事にしてはセーブ利かせれるようになる前だったし、そこうだうだしてても仕方ないだろ」

 それは、その通りなのだが。
 浜野は尚も撫でるのをやめない。続けた。

「要は灰田先生が城崎さんの事を処理したって事だよな。だとしたら、皆の記憶も……ちょっと信じづらいけど、灰田先生が改竄した事になるのか」
「でも、写真とか今までの学校の事とか……ほら、中学とかまで聞き込み行ったのに『なかったこと』に出来るのかな。家に至っては空き地だったし、家族の事も『なかったこと』になんて」

 前澤の言葉に「それだけど」と多田が口を挟む。

「俺達にあんな能力を移植出来るんだから、そんな事くらいお茶の子さいさいなんじゃねえかな。というかやれるとしたら灰田先生しかいない気するんだよ俺」
「確かにな。まあ何せひとつ分かったのは」

 初めて、浜野が安生を見た。

「少なくとも灰田先生はしらばっくれてる。城崎さんの事を聞いたとき知らないふりをしていたのは、きっと今の段階で俺達が城崎さんに触れるのはまずいってことだろ」
「今の段階?」

 安生の言葉に、浜野が頷く。

「俺達の記憶だけ、半端に残した。意味があると思わないか」

 確かに、そうだ。決定的なところは隠されていたとはいえ、裏文化祭実行員は彼女の名前と存在していた事実、そして思い出を忘れていなかった。そもそも本当にバレるとまずいというなら、安生があの事実を思い出せる程度のプロテクトで済むわけがない。なんとなく、そんな気がする。
 分からない、灰田の事が。

「まあ、今ここでやいのやいの言ってもどうしようもないわな。ただ、余裕があれば調べていいかもしれない」

 浜野の言葉に、「いいの?」と思わず声が漏れる。彼は呆れ気味に溜息を吐いた。

「あのなあ、こんな半端になったらそりゃ気にもなるだろ。それに、一応あの人も表とはいえ実行委員だ。仲間だろ」

 何の気無しに言っているのだろう。しかしそれがとてもありがたくて、ぼろりとまた涙がこぼれる。ぎょっとする浜野が必死に安生の背中をさするのを見て「泣かせた」「泣かせたね」「さすが少年誌の主人公気質だね」と周囲がひそひそ言い出す。それをかき消すように、大本のスマートフォンが大きな音を鳴らした。

「ごめん、メッセージだ」

 大本は画面を開いた。スクロールしながら、文字を追う。少しだけ嬉しそうに笑顔になると、全員を見た。

「登坂先生から。あの怪物の事でとんでもない事が分かったから、明日来てほしいって」
「……それって、いいことなのか……? 正直嫌な予感しかしないんだけど……」

 浜野のげんなりした声に、全員が頷く。しかし、行くしかないだろう。
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