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12.リーダーの特技、「空気になる」。
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「……Hijiri、大丈夫?」
「うん」
Souに、小声で返す。彼は「ならいいけど」とだけ呟いた。
『春季音楽祭』。かなり大きな音楽番組である。生放送で、放送時間は3時間を超える。『SIX RED』は、もう出演常連になっていた。
あれから結局、動きはない。メンバーにも、Sou以外には一切口外していない。
ただ、一つ言えるのは、あれから、『IC Guys』のコンテンツを観れていない。その度胸が無かった。
「『SIX RED』さん、リハはいりまーす」
「はーい」
Naokiの返事につられ、メンバーがぞろぞろ動き出す。今日は大きな番組ともあり技術者が揃っていて、ひじりが呼ばれる事は無かった。
通り道、誰かとすれ違う。しかし互いに早歩きで、その正体に気付く事は無かった。
リハーサルで2曲分の振りの合わせを終えた。パフォーマンス自体に、ブレは無い。そこに関しては、ひじりもまたプロだった。少なくともファン程度なら気付けないだろう。
しかし、メンバーは違った。
「腑抜けすぎだ」
Naokiに呼び出されたひじりは、身を縮こませた。他のメンバーは、楽屋にいる。二人きりの通路で、Naokiは深く溜息を吐いた。
「『とある情景』に至ってはお前がセンターなんだぞ。普段のレッスンの方がいいってどうなってんだお前」
「ごめんなさい……」
「原因は?」
さすがに、言えない。Souにすら、流れで言わざるを得なかったから言っただけだ。とくにNaokiは、ゴシップに関してとても敏感である。怒髪天確定だろう。
Naokiは何かを考え込んだようだったが、腕時計を確認して「いけるな」と呟く。その真意を聞く前に、ひじりの腕が引かれた。ずんずん進む彼についていくと、辿り着いたのはリハーサル会場だった。もう全員リハーサルを終えているらしく、誰もいない。
「お前、『とある情景』の通し一回やれ。俺は上で観るから、スタンバイしろ」
それだけ、今の自分のパフォーマンスはひどいという事か。さすがに少し反省したが、それでも気は晴れない。
……この番組には、『IC Guys』も出演する。共演とはいえ、出演者全員集合する際立ち位置は遠い。何とか、視界に入れずに済む。
脳裏でどれだけ玲雅を浮かべても、あの輝きは今は曇って見えない。
「……って、遅くない?」
Naokiが消えてから、すでに10分程立っている。しかし、合図のライトが照った。すぐさま深呼吸して、気を張る。そして、最初のポージング。
Souが作った、重めのスタート。まずはIzumiの歌い出し。そして。
「ーーあなたに会うために……」
プロとしての、気を通した声。センスは無い。それは自他共に認めている。それでも、ひじりは必死だ。
スタンスは、玲雅を見て育てた。彼、熱を空間に伝わせるあの歌唱。そうだ、自分は。彼に憧れている。彼の輝きを、追い続けている。
ステップも、普段より強く意識する。浮いた不安定な心には、きっとこれくらいがちょうどいい。
最後。本来は6人で作るポージング。そうだ、ここで拍手が起こる予定だ。そうやって、少しずつ終わっていく。
実際、沸いた。その拍手は、とても軽やかなものだった。しかしそれは、上からではなかった。慌てて周囲を見渡すと、端から足音が聞こえた。
「……生の君のパフォーマンス、初めてまともに見たよ」
「玲雅様……っ!?」
玲雅は衣装のコートを揺らして、歩み寄ってくる。それに、一歩後ずさった。それを、彼は確かに見ていた。
「Naokiくんが呼んでくれたんだ、俺と会えば気合い入るだろって。本当は、俺が収録後行くはずだったけど……」
「あ、あの。その……この間はっ、ごめんなさい。迷惑かけて」
「ねえ」
近づいて来る。距離を空ける。その動きは、止められた。
「何で怯えるの」
Naokiに触れられたさっきとは違う、熱い手だった。その手は、手首から手のひらに侵食した。それに、びくりと脈打つ。
目の前にいる男は、紛れもなく三田玲雅だ。それは、間違いないのに。しかし、この熱が。彼を、偶像から実物へと変える。
その熱は……ひじりと変わらない。
「おび、えてっ……?」
「怖がってる顔してる。ねえ、俺が怖い?」
「こ、怖いっていうわけじゃ……」
自分の熱より、玲雅の熱の方が痛い。この間とは全然違う。
「ねえ、俺は君のおかげで新しい世界を見たんだよ」
「……え?」
突然の言葉に、声が出る。玲雅の表情は、いつものそれだった。しかし、目に。見えるほどの、熱。
「最初は、タクヤやマネージャーからの刷り込みもあった。でも、君に惹かれたのは、俺自身だ」
「……っ」
「DVDのライブを観て、一番初めに目に入ったのは君だった。何でかは分からなかったけど、やっと分かったよ。君は、ずっと俺を追ってくれていたんだね」
手が、強く絡む。
「そんな君が、俺から目を逸らすなんて。そんなの、嫌だ。俺の世界を広げたくせに、逃げるなよ」
熱い。そうだ、この熱。いつも声を伝って、勝手に浴びていた。それなのに、今は。
何も言えなくなる。玲雅の空いた指が、唇に触れる。それは、確実な実体だった。
「わ、私……っ玲雅様を、玲雅様に、したかったんですっ……」
熱は、止まらない。
「私の、勝手なんです。私の好きな玲雅様が、私に触れてっ……わ、私のせいでっ、変わってしまうのが、怖かった……っ」
玲雅の指が、また強く絡む。ひじりのネイルが、玲雅の手の甲に刺さるほどにまで。
「た、助けてくれたのにっ……人として、ファンとして、ひどいこと、したっ……」
すべてが溢れる。そんなひじりの涙を、擦り寄せられた玲雅の頬が拭った。互いのファンデーションが、混ざる感触がする。
「なら、俺が君を変える」
「えっ……」
「俺のすべてを、愛してくれる君に。だから、もう逃さないよ」
そう微笑んだ玲雅の手は、今度は背中に回った。ひじりは恐る恐る、その手を後ろに回す。突き動かされた熱は……確かに、錠を外した。
「うん」
Souに、小声で返す。彼は「ならいいけど」とだけ呟いた。
『春季音楽祭』。かなり大きな音楽番組である。生放送で、放送時間は3時間を超える。『SIX RED』は、もう出演常連になっていた。
あれから結局、動きはない。メンバーにも、Sou以外には一切口外していない。
ただ、一つ言えるのは、あれから、『IC Guys』のコンテンツを観れていない。その度胸が無かった。
「『SIX RED』さん、リハはいりまーす」
「はーい」
Naokiの返事につられ、メンバーがぞろぞろ動き出す。今日は大きな番組ともあり技術者が揃っていて、ひじりが呼ばれる事は無かった。
通り道、誰かとすれ違う。しかし互いに早歩きで、その正体に気付く事は無かった。
リハーサルで2曲分の振りの合わせを終えた。パフォーマンス自体に、ブレは無い。そこに関しては、ひじりもまたプロだった。少なくともファン程度なら気付けないだろう。
しかし、メンバーは違った。
「腑抜けすぎだ」
Naokiに呼び出されたひじりは、身を縮こませた。他のメンバーは、楽屋にいる。二人きりの通路で、Naokiは深く溜息を吐いた。
「『とある情景』に至ってはお前がセンターなんだぞ。普段のレッスンの方がいいってどうなってんだお前」
「ごめんなさい……」
「原因は?」
さすがに、言えない。Souにすら、流れで言わざるを得なかったから言っただけだ。とくにNaokiは、ゴシップに関してとても敏感である。怒髪天確定だろう。
Naokiは何かを考え込んだようだったが、腕時計を確認して「いけるな」と呟く。その真意を聞く前に、ひじりの腕が引かれた。ずんずん進む彼についていくと、辿り着いたのはリハーサル会場だった。もう全員リハーサルを終えているらしく、誰もいない。
「お前、『とある情景』の通し一回やれ。俺は上で観るから、スタンバイしろ」
それだけ、今の自分のパフォーマンスはひどいという事か。さすがに少し反省したが、それでも気は晴れない。
……この番組には、『IC Guys』も出演する。共演とはいえ、出演者全員集合する際立ち位置は遠い。何とか、視界に入れずに済む。
脳裏でどれだけ玲雅を浮かべても、あの輝きは今は曇って見えない。
「……って、遅くない?」
Naokiが消えてから、すでに10分程立っている。しかし、合図のライトが照った。すぐさま深呼吸して、気を張る。そして、最初のポージング。
Souが作った、重めのスタート。まずはIzumiの歌い出し。そして。
「ーーあなたに会うために……」
プロとしての、気を通した声。センスは無い。それは自他共に認めている。それでも、ひじりは必死だ。
スタンスは、玲雅を見て育てた。彼、熱を空間に伝わせるあの歌唱。そうだ、自分は。彼に憧れている。彼の輝きを、追い続けている。
ステップも、普段より強く意識する。浮いた不安定な心には、きっとこれくらいがちょうどいい。
最後。本来は6人で作るポージング。そうだ、ここで拍手が起こる予定だ。そうやって、少しずつ終わっていく。
実際、沸いた。その拍手は、とても軽やかなものだった。しかしそれは、上からではなかった。慌てて周囲を見渡すと、端から足音が聞こえた。
「……生の君のパフォーマンス、初めてまともに見たよ」
「玲雅様……っ!?」
玲雅は衣装のコートを揺らして、歩み寄ってくる。それに、一歩後ずさった。それを、彼は確かに見ていた。
「Naokiくんが呼んでくれたんだ、俺と会えば気合い入るだろって。本当は、俺が収録後行くはずだったけど……」
「あ、あの。その……この間はっ、ごめんなさい。迷惑かけて」
「ねえ」
近づいて来る。距離を空ける。その動きは、止められた。
「何で怯えるの」
Naokiに触れられたさっきとは違う、熱い手だった。その手は、手首から手のひらに侵食した。それに、びくりと脈打つ。
目の前にいる男は、紛れもなく三田玲雅だ。それは、間違いないのに。しかし、この熱が。彼を、偶像から実物へと変える。
その熱は……ひじりと変わらない。
「おび、えてっ……?」
「怖がってる顔してる。ねえ、俺が怖い?」
「こ、怖いっていうわけじゃ……」
自分の熱より、玲雅の熱の方が痛い。この間とは全然違う。
「ねえ、俺は君のおかげで新しい世界を見たんだよ」
「……え?」
突然の言葉に、声が出る。玲雅の表情は、いつものそれだった。しかし、目に。見えるほどの、熱。
「最初は、タクヤやマネージャーからの刷り込みもあった。でも、君に惹かれたのは、俺自身だ」
「……っ」
「DVDのライブを観て、一番初めに目に入ったのは君だった。何でかは分からなかったけど、やっと分かったよ。君は、ずっと俺を追ってくれていたんだね」
手が、強く絡む。
「そんな君が、俺から目を逸らすなんて。そんなの、嫌だ。俺の世界を広げたくせに、逃げるなよ」
熱い。そうだ、この熱。いつも声を伝って、勝手に浴びていた。それなのに、今は。
何も言えなくなる。玲雅の空いた指が、唇に触れる。それは、確実な実体だった。
「わ、私……っ玲雅様を、玲雅様に、したかったんですっ……」
熱は、止まらない。
「私の、勝手なんです。私の好きな玲雅様が、私に触れてっ……わ、私のせいでっ、変わってしまうのが、怖かった……っ」
玲雅の指が、また強く絡む。ひじりのネイルが、玲雅の手の甲に刺さるほどにまで。
「た、助けてくれたのにっ……人として、ファンとして、ひどいこと、したっ……」
すべてが溢れる。そんなひじりの涙を、擦り寄せられた玲雅の頬が拭った。互いのファンデーションが、混ざる感触がする。
「なら、俺が君を変える」
「えっ……」
「俺のすべてを、愛してくれる君に。だから、もう逃さないよ」
そう微笑んだ玲雅の手は、今度は背中に回った。ひじりは恐る恐る、その手を後ろに回す。突き動かされた熱は……確かに、錠を外した。
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