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22.……結局最後まで詰めが甘かったんだな、僕は。

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 ヴィエロが目を覚ましたのは、ピオールの屋敷が全焼してから二日程経ってからだった。彼は体のあちこちに火傷を負ってはいたが、致命傷にはならなかった。

「お前の火傷も、増えたんだな」

 サエラの顔を眺めながら、枯れた喉で彼は呟いた。彼のそばで花瓶を整えていたサエラは「そうですね」と返す。その銀灰色の右目は、もう開くことはないらしい。そのあたりだけ、皮膚も灰色と化していた。
 サエラは結局、ヴィエロを引きずって燃えるピオールの屋敷を脱出した。復讐心に取り憑かれていたはずなのに、何故か……体が、動いていた。ヴィエロは煙を無防備に吸っていた事もあり入院沙汰だったが、サエラはそこまで重傷にはならずに済んだ。

「旦那様は亡くなられました」
「あの火事でか」

 救出されたヴィエロですらこの有様なのだ、放置された彼はそうなってもおかしくはないだろう。サエラは続けた。

「ですが……タロニの中ではそこまで問題になっていないようです」

 ただでさえ男当主という事で煙たがられていた上、実績面でも歴代最悪だった彼ならそうなのだろう。後釜も決まっているというのは、どこかの噂でも言われていた。
 しかしそれでも、今回の放火に関してはさすがに言い逃れ出来ない気がする。どうしたものか、と思案しだすヴィエロにサエラは口を開いた。

「……未だに、私には分かりません」

 唯一開いた左目は、悲しそうに伏せられている。

「私は、どうすれば正解だったのか。あなたを殺せば、あの人たちは報われるかもしれないけれど……でも、でも」
「サエラ」

 手を、差し出される。そっと、取った。彼の右手は、二つ指を失っていた。

「……お前を振り回したのは、俺だ」

 その声は、枯れていた。しかし、重い。

「これから……色々と面倒な事が、起こる。でも、お前は。戸籍も無いし……今なら、逃げられる」
「ヴィエロ様?」
「俺は、お前が好きだ。だが……もう、嫌だろう。思い出したなら」

 悲痛な言葉だった。彼は体を向こう側に向ける。顔を隠しているようだった。
 サエラは、何も言わない。しかし、立ち上がった。ヴィエロの肩に手をかけ……こちら側へと無理矢理向けさせた。彼は驚いたようにこちらを見ている。その頬は、濡れていた。

「なっ……」
「私には、もうこの先はありません。ダニス様もニエット様も、いなくなってしまったし……旦那様のところにも、いえ……あちらはそもそも、ですが」

 緑色の双眸が、じっとサエラを見る。その目は、戸惑いで揺れていた。

「けれど……私はやっぱり、あなたの妻なのですね」

 逃げても、殺しても、何をしても。心の奥底にある何かが、彼を求めている。それは被せられたつい最近の束の間の幸せの記憶によるものなのか、そうでない何かによるのかは分からなかった。
 ヴィエロは息を呑んだ。しかし、ぼろぼろと涙をこぼす。

「サエラ」
「はい」
「……好きだ、サエラ」



 結局ピオールの屋敷に関しては、サエラの火の不始末という形でヴィエロが体裁を整えた。本家の方でかなり大ごとになったようだが、あくまで燃えたのは屋敷だけで商売道具である畑や製薬の事務所は奇跡的に無事だったのでそこまで咎められなかったらしい。
 そして、数ヶ月かけて新しい屋敷を建て直した。今度は以前よりは小ぢんまりとしたものになった。
 思い出はすべて焼け落ちた。しかし、また新しく積んでいけばいいと……そう、吹っ切れた自分もいる。そしてそれを教えてくれたのは……思い出に固執していた自分を食い潰してくれたのは、今自分を抱き締めているヴィエロだ。

「体調、悪くないか」
「大丈夫です」

 少し膨らみ始めた腹を潰さないようにしながら、ヴィエロはサエラを抱き締める力を強めた。
 柔らかな光が差し込む、教会の奥。今日は、ふたりだけの結婚式だ。本当はもっと早くに行うつもりだったが、色々手間取る事が多くここまで延びてしまった。

「サエラ、ありがとう」

 その言葉は、優しかった。あの、ねじくれていた彼からは想像もつかないほど。そしてもう、サエラも……間違えなくなった。

「ヴィエロ様」

 そっと、手をとる。

「……私、幸せです」





_花嫁は夢の終わりに食い潰される。_
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