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20.真実の夢がはじまる。

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(この夢こそが、「真実」の記録。何故なら、誤魔化しから逃れてきた者のものだから)

 その日、ヴィエロはあまりにも不機嫌だった。父と喧嘩したのだ。内容はいつも些細なものだった。そして、今回も。
 十歳になったヴィエロは、たまたま敷地内生えていた突然変異の毒草を回収して研究を始めていた。それを危険だ、まず自分に報告しろと諭してくる父に対して気が立っていて……今は、外に飛び出してきていた。
 正直、彼よりも自分の方が植物の扱いや研究に熱心だと思っている。いずれは彼の跡を継げば、自分の方が何もかもうまくいくと……ヴィエロは、本気で思っている。
 むしゃくしゃした気持ちのまま、賑やかな市を通り進む。そんな時だった。足元に、ごろごろと赤い果実が転がってきた。何の気無しに拾い上げると、遠くから『すみません』とか細い声が向かってきた。

『それ、私のものなんです』

 目の前にふわりとやってきた少女に、ヴィエロは息を呑んだ。
 自分よりわずかに歳下だろうか。美しい少女だった。赤毛はぐしゃぐしゃで身なりこそ粗末。顔面には殴られたような跡もあるが、それでも美しい思った。
 ヴィエロ何も言えず、とりあえず果実を差し出した。彼女はそれを受け取り、『ありがとうございます』と呟いた。その表情は、死んでいた。そにまま、ぱたぱたと走る。
 ……胸がざわめくのを止められないまま、ヴィエロは進んだ。少女同じ向きに。
 少女が向かった先は、自分の家と同じくらい大きな屋敷だった。この家は、よく知っている。

『タロニ家……?』

 国で唯一の金融を担う家だ。しかし黒い噂も多い。彼女はもしかすると、使用人なのかもしれない。
 また、あの市にいけばいるだろうか。そう思いながら、ヴィエロは足を進めた。彼女との出会いで、どこか怒りは落ち着いた。それに、もう夜も始まる。この時勢、夜間の出歩きは危険伴う。
 自分の屋敷に到着すると、父……ダニスが出迎えた。

『落ち着いたか』
『……ああ』

 謝りはしない。決して自分は悪くない。普段はそんなヴィエロを咎めるダニスだが、今日は何も言わなかった。むしろ、興味深そうに目を向けてくる。

『何かいいことでもあったか』

 言うのは癪だ。しかし、彼は国の上流家との交流がある。もしかすると、知っているかもしれない。

『……タロニの家に、使用人って結構いる?』

 予想もしなかった言葉だったのか、ダニスは一瞬きょとんと首を傾げた。しかし宙を仰いで、『どうだったか』と呟く。

『いない事はないだろうね。何かあったのか?』
『……別に』

 役立たず、と言いそうになったがさすがに留めた。
 しかしすぐに、ダニスは『娘ならたくさんいたはずだ、十人ほど』と足してきた。

『娘……』

 いや、さすがにその線は無いだろう。何せあの大きな家が娘にあんな身なりをさせるなど考えられなかった。しかし、もし娘だとしたら……公正なつながりを持てるかもしれない。何せ、調べる必要はありそうだ。
 たった一眼見ただけの少女に、ここまで気持ちを引っ張られる意味は分からない。しかし、止まらなかった。
 ただ、あの顔。あんなに美しいしタロニの者であれば、将来は確約されたようなものなのに。あんな、希望すべて失っているかのような。それがただ、引っ掛かっている。


 あれから毎日、市へ向かった。しかし彼女は見つからなかった。時間帯変えても同じだった。
 ……ただ一度、目を見張っただけの女だ。もう忘れてもいい。そう思っていたある日の事だった。ヴィエロは、見つけた。

『……何だ、それ』

 ダニスはいつも、首にネックレスをかけていた。厚みのあるトップはロケットタイプで、中に肖像画が仕込まれているのをヴィエロは元々知っていた。ただ、その肖像画を一度も見た事は無かった。
 開かれたロケットを見つめていたダニスは、ヴィエロに視線を向けた。そして、力無く笑う。

『今日は、この人の命日なんだよ』

 身を乗り出して、覗き込む。
 ……瓜二つだ、あの少女と。本人かと見紛う程に。じっと見入りながら、ヴィエロは口開いた。

『これ、誰』

 ダニスは小さく笑った。

『僕の初恋のひとさ』

 元々、母とダニスは不仲だった。母はこの家を飛び出して久しい。それこそ、ニエットを生んですぐくらいだったか。

『彼女は僕よりもうんと歳上だった。歌手をやる時も』
『その女にそっくりな女の子がタロニにいる』

 その言葉を聞き、ダニスは言葉を止めた。目が見開かれている。

『……もしかして、この間使用人について聞いてきたのは』

 頷く。ダニスはロケットに再び目を落とすと、一拍おいて『詳しく』と口にした。

『あの日、市にいた。……変な身なりだったから興味本位で尾けたらタロニの屋敷に入っていった』

 それを聞き、ダニスは少し考え込む素振りを見せれ頷いた。それだけだった。
 数日後ヴィエロはダニスに呼び出された。仕事の話かと思いきや、違った。数枚のスケッチを手渡され、目を通す。

『これは』
『変な身なり、と言っていたから注視すればすぐに分かった』

 紛れもなく、あの少女だった。どくり、どくり、と心臓の奥が鳴る。改めて記憶を掘り起こすと、胸が熱を持ち出した。

『隠し子だ。使用人どころか奴隷同然の扱いらしい』

 何となく合点がいった。あの様子からして、余程酷い扱いをされているのだろう。
 ダニスは、ぼそりと口にした。

『……奇跡だ、また会えるなんて』

 その声は、気味が悪いほどの熱を帯びていた。普段は感情を見せないような男がこんな吐露を起こすのが、どうも不思議だった。絶対口には出さないが。
 ダニスは改めて、ヴィエロを見た。

『ヴィエロ、この子に一目惚れしたんだろう』
『……は?』

 唐突な言葉。

『隠さなくてもいい。お前は僕の息子なんだ、納得はいく』
『……何を言って』
『この子を、助けないか』

 話が、止まらない。

『助けるって』
『この子をタロニから連れ出す。それに僕からしても、あの家の……当主は消したい』

 言いたい事は分かった。ヴィエロは、知っている。彼は詰めが甘くはあるが……その思考は、非常に過激だと。
 そしてやっと、ヴィエロがここに呼ばれた意味が分かった。

『俺に加担しろと?』
『僕ひとりではきっと失敗する。非常に危険な計画だからね』
『断る。潰れるならあんた一人で潰れろよ』

 踵を返すヴィエロに、ダニスは声を飛ばす。

『勿論、ただでとは言わないさ。礼も用意してある』
『あ?』

 足を止めたヴィエロが振り返った先にあったのは、ダニスの……美しい顔にのせられた、醜悪な笑みだった。

『国主邸への勤務が希望だと言っていたね。コネならある』
『断る。俺の実力ならコネなんてなくてもいけるさ』
『傲慢だね。まあそう言うとは思った。じゃあ、もうひとつ』

 一応、耳を傾ける。流れてきた声は、それこそが毒のような甘さだった。

『連れてきたら、あの子をいずれ君にあげよう』



 夜が深くなった。ヴィエロは黒衣に身を包み、可燃性の劇薬の入った瓶いくつも持ってピオールの敷地を出た。深夜配送便に模した馬車に乗り込み、静かに進む。
 ……何をしているのか、というのは散々自分でも思っている。
 タロニの屋敷に到着した。広大といえど目的の場所は限られている。ヴィエロはうまく闇に紛れながら、瓶の中身を目的の離れに撒いた。
 計画そのものは、ヴィエロとダニスで入念に練った。この時間帯、当主は少女に暴力を振るって憂さ晴らしをするためにこの離れにやってくる。それは、無駄に均整のとれたルーティンだった。
 中身をすべて使い果たすと、ヴィエロは馬車に戻った。奥に潜んでいたダニスも、それを合図として黒衣を纏い外へ降りた。ヴィエロもまた、火薬を手に取る。
 ダニスと道の途中で分かれ、ヴィエロは火薬を擦って火を灯した。そしてそれを、離れへ向かって投げる。

『っ!』

 ごう、と強い音。一瞬にして炎が離れを包んだ。深夜だという事もあり、騒ぎはまだ起きない。しかし、急がなければならない。ひとまずヴィエロは、馬車に身を隠しすぐにその場をあとにした。うまくいけば、ピオールの家でダニスと……少女と、合流する手筈だ。
 はじまった。
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