【R18】花嫁は夢の終わりに食い潰される。

湖霧どどめ

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14.そんな吐露、聴かせたところで今は無意味さ。

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 昼食を作り終え、配膳台に乗せる。ヴィエロはこの屋敷で仕事する際は居間ではなく自室で食事を摂るため、運ばなければならない。
 ヴィエロの部屋をノックすると、「入れ」と返ってきた。扉を開くと、相変わらず綺麗に整頓された部屋目に入った。サエラが来た当初も、彼はこの自室だけ掃除はしないよう伝えてきていた。仕事の内容のこともあり不用意に立ち入られたくない、との事だった。

「昼食をお持ちしました」
「そこに置いておけ」

 こちらを見る事なく、ヴィエロは声を投げた。机にじっと向き合っている。余程集中しているのだろうか。
 ……今は、話す時ではなさそうだ。

「失礼いたします」

 一応そうとだけ声を掛けて、部屋を出る。最後に一瞬彼がこちらを見た気がしたが、何も言われなかった。
 ヴィエロの真意は、未だ見えない。しかし、知りたいと思うようにはなった。それ程、先ほどのヴィエロが忘れられない。
 ……そうだ、彼は似ているのだ。冷たい、いつもの鬼畜めいた振る舞いを抜いてしまえば。
 ふらふらと、歩き出す。やはり自分が求めているのは、ただひとりの男なのだ。
 寝室の扉を開く。かつて、ダニスの部屋だった場所。もう今となっては面影も無いし、自分もここでヴィエロと眠ることに慣れてきてしまった。
 それでも、彼の存在を無かったことになど決して出来やしない。
 ただ、ひとつ気にかかる。ヴィエロは何故、あえてこの部屋を選んだのだろう。他の部屋を潰してもよかっただろうに。それこそ、サエラの部屋なら新しいし尚使いやすいはずなのだが。
 何せ、気にしても仕方ないだろう。ひとまず、日課の掃除を始めることにした。
 シーツを整え、埃を落とし床を掃く。ベッド以外そもそもろくに家具を置いてもいない部屋なので、大して手間はかからない。
 ベッドの隙間の埃を落とすと、一枚の紙がひらりと落ちてきた。不思議に思い、拾い上げる。

「……何かしら、これ」

 書かれているのは、日付だった。とくに引っかかるものはない。筆跡はヴィエロのものだ。少し悩んだが、サエラは部屋を出た。
 再びヴィエロの部屋に向かい、ノックする。今度は「なんだ」と返ってきた。

「失礼します」

 中に入ると、ヴィエロはこちらを向いてきた。ヴィエロが仕事をしている時サエラは基本的に近付かないようにしているので、何かあったと踏んだのだろうか。そんなヴィエロに、サエラは先ほどのメモを差し出した。

「寝室を掃除している際、見つけました。大切なものだったらと思いまして」

 ヴィエロは受け取ると、じっと見つめた。そのまま、ひらりとサエラに見せ付ける。

「この日付、覚えは?」
「え」

 唐突な問いだ。戸惑いながら首を振ると、ヴィエロは「だな」と呟く。

「仕事の邪魔だ。さっさと出て行け、愚図」

 いつもの言いようだ。ひとまず「かしこまりました」と口にして、部屋を出る。
 ……訳がわからない。そもそも彼が書いたもので間違いがないだろうに。何故サエラにあんな問いをしてきたのか。しかしどうせ、分かる権利などきっと彼はくれやしない。
 ひとまずサエラは、掃除の続きをするために寝室へ向かった。脳の奥疼き始めた痛みに、彼女はまだ気づいていない。


 サエラの気配が消えた。ヴィエロは改めて、持ち込まれたメモに目をやる。ほんの小さな、走り書きのメモだ。それでも、彼女は筆跡からヴィエロだと推測は出来ていた。元々彼女の記憶力はいいが、それでも……彼女の意識の中に自分がいる気がして、嬉しくなる。このまま、自分の記憶だけ残っていってくれればいいのに。
 そうだ、彼女は記憶力がいい。だから、削ぐのに一苦労なのだ。
 メモに書かれているのは、ヴィエロと……ダニスにとって、忘れられない日の日付だ。ただの数字の羅列。そして、サエラにも深く関わりにある日だ。しかしサエラが何もきづかなというところからして、恐らくヴィエロの計画はうまくいっているらしい。

「……フン」

 何年もかけた。汚い手も使った。嫌な顔も見た。それでも、すべては……ひとつの歪んだ恋心と、独占欲のためだった。
 両手に目をやった。今でも記憶として、残っている。消える事は決してない。
 サエラがダニスに恋心を抱いている事など、とうの昔から気付いていた。それだけ、ヴィエロはサエラを見詰めていたのだ。
 先日のサエラの錯乱の様子からして、きっと彼女が自分の気持ちに気付いたのはあの時だろう。鈍感にも程がある。それとも、何かに遠慮していたとでもいうのだろうか。

「くだらないな」

 彼女はお人好しで、自己犠牲的だ。だからこそ、自分の気持ちなどすべて押し殺して生きてきた。それは彼女の生まれ育った環境からして仕方ないのかもしれない。それでも、苛立った。しかしそれを矯正してやろうという気はとくに湧かない。自分は、そんな彼女が好きになったのだ。ただ、その慈愛を自分のものにしたいという欲だけが奔る。
 ……自分だけの、自分のためだけのサエラがずっと欲しかった。そしてそれは、立場としてはやっと叶った。それなのに。

「どうすればいいんだよ……」

 その呟きはいつも、暴力に化ける。あの瞬間だけは、サエラは自分のものになる。自分に与えられた痛みを、感じてくれる。ほんの少しの罪悪感など、簡単に高揚感に殺された。何故なら、ダニスやニエットはそんな事を決してサエラにしやしなかったから。
 ヴィエロはひとつ息整えると、改めて机に向き直った。仕事は実はもう終わっている。問題は、ここからだ。
 かつてヴェリアナから渡された封筒。何度見返しても、内容は変わらない。あの女はそれを分かった上で、楽しそうだった。本当に性悪だ。
 タロニ家と十年続く因縁、そして裁判。ダニスが亡くなった事でヴィエロ引き継いだわけだが、どうもダニスは手こずっていた。というより、彼自身の手が甘かったという方が正しいか。
 最初からヴィエロがすべて請け負っていれば、ここまで長引かずに済んだはずなのに。しかし彼は、珍しいはずのヴィエロからの誘いを断った。『これは僕の因縁だから』と。散々手伝わせたくせにだ。
 ダニスの、あの非情な手に出た背景は知識として彼から共有されていた。馬鹿馬鹿しいと踏みしだき、最初こそ彼の計画への加担を断る気だった。何ならそれをネタに強請れるとも思った。しかし彼は、あくまでヴィエロの父親で……どうすればヴィエロをのせられるかきちんとわかっていた。あの日の彼の言葉を、今も思い出せる。

『あの子を、君のそばにおけるようにしよう』

 自分も若かった。単純なその言葉の魅力だけしか見ていなかった。その先のダニスの計画や、気味悪い程の執念に気づけなかった。あの男こそが真の性悪で腹黒だったというのに。
 そこまで考えて、苛立ちが頭痛を呼ぶ。結局血縁なのだ。結局あの男の性質を、誰よりも濃く継いでしまったのだ。
 そんな男に、恋をしてしまったなど。何て哀れな女なのだろう。しかしそれを明かすのは……今ではない。
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