星の光で傷を灼く

湖霧どどめ

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「これが見たかったんです、鳥居よりも」
「そうなんですか」
「……くだらないもの、ってこき下ろしたかっただけです。すみません、付き合わせて」

 くだらないものの中に、もしかすると宝物だってあるかもしれないのに。でもそれを口にするのは野暮な気がして、私は口を閉じた。

「おねえさんは、お兄さんにまた会いたいと思いますか」
「会わない方がいい、とは思います」

 下山も、彼が先だった。その背に揺れる長い黒髪は、とても柔らかそうで……兄とは大違いだ。

「どうして」
「また同じ事を繰り返すから」
「繰り返したいんじゃないんですか」

 否定は出来なかった。でもどうせ、転がるしか出来ない。私からは、動けない。

「こっそり実家に戻ったら、お兄さんと会えたりしないんですか」
「兄、結婚して出ていったんですよ。地元の友人が言ってて、もうどこにいるか分からないんですって」

 その時はもう、心臓を吐き出してしまうのではないかという程号哭した。私の中の兄は、知らない女に殺された。
 一体、どんな想いで。私の想い出を、どう抱えて……他の女についていったのか。そう考えるだけで、あの時はひたすら嘔吐した。

「おにいさんこそ、その女の人とどうにかなろうとは思わないんですか」

 ちょっとした意趣返しのつもりだった。ひとつ、溜息をつく気配。

「……出来たらいいんでしょうけど、そのためにはあの人を閉じ込めないといけないから。もう俺以外見えないようにしないと、他の男が可哀想だ。俺みたいになるから」
「優しいんですね」
「博愛主義になり損なったんですよ、これでも。全部あの女のせいで」

 また人通りが増えてきた。その中で彼はぼそりと「どうすればいいんでしょうね」と呟く。

「他では埋められないし、かといってこのままだと破滅するんです。このまま終わる方が美しいのか、俺にはもう分からないんです」
「私にも分かりませんよ」

 兄の結婚を知った時点で、私はきっと死んでおくべきだった。きっとこの先、兄と居る事で得られる程の幸せは絶対にやってこない。どれだけ束ねても、あの質量と密度には絶対敵わない。
 きっとずっと、誤魔化して生きていく事になる。それも選んだわけじゃなくて、そういう流れに勝手にいきついただけだ。ただでさえ疲れ切っているのに、自分で何かを得るために動く気力なんてもう削がれてしまった。

「楽しかったです、傷の舐め合い」
「私の傷の味、どうでしたか」
「……痛かったです。でも、まだ欲しい」

 味覚すらバグを起こす程の苦しみを、私たちは抱えている。その認識だけで、私はすっと胸の奥が冷えるのを感じた。
 ……綺麗な男だと思う、痛い程に。
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