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第二章 王族として、神子として~三年前~

ティルクとテトセラ

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 お互いの認識の食い違いに気がついたシュディスたちは、テトセラによる私の誘拐の件をいったん隅に置き、まずは彼らから話を聞くことにしたそうだ。
 なんでそんなことが分かったかというと、例のモニターを観ていたからじゃなくて、私がいた部屋にティルクがやってきて、シュディスたちとのやり取りを教えてくれた──ティルクがモニターを閉じてしまっていたから、ダンジョンマスターの間でなにがあったか知らなかったからだ──あと、「君も話を聞く権利がある」と言ったからだ。そして私を、シュディスたちのいる部屋まで連れてきてくれた。
 ほんの数日会わなかっただけなのに、みんなと再び会えたことが嬉しくて、瞳に涙が浮かんだ───けど、幸いにも泣き叫ばずにすんだ。なぜかというと、シュディスによってきつく抱きしめられたからだ。

「あ……みなさ──きゅっ」
「セシリア……! セシリア……セシリア……!」
「ちょ……! シュディス殿下、少し緩めなさい! セシリアが!」

 ……真祖の力のせいか、ほどよく締まったので、花畑が見えるくらい気が遠くなったのは余談だ。シュディスを止めてくれたクルーシスに感謝である。

 シュディスたちはテトセラにも事情を聞きたかったらしく、彼も呼ぶことになっていたようで、ティルクが空間に浮かんだパネルらしきものを操作して、テトセラを呼び出していた。
 そうしてティルクに呼び出されてやってきたテトセラは、間延びした喋り方は鳴りを潜め、神妙な顔をしながら開口一番「ごめんなさい。処罰なら僕だけに」と謝罪してきた。
 そんな彼を見て、クルーシスは「貴方だけを責めるつもりはありません。まずは話を聞かせてもらいます」といって、席に着かせていた。なんだかクルーシスの表情と態度が、手のかかる問題児を優しく諭す教師に見えた気がした。ぶっちゃけ、悟りを開いたような表情だ。ダンジョンアタックの間、クルーシスになにがあったんだろう。最初から最後まで観てたわけじゃないから、そこはわからなかった。


 そうして彼らから事の真相を聞いたのだけど。
 ティルクが説明してくれた話によると、ネスティアが秘匿していた私の称号のひとつ【天族の姫神子】に関連したことで、ティルクが私に接触する必要があったのだとか。けれど、ティルクは【ダンジョンマスター】という特性上、ダンジョンから出られない。
 それでテトセラが、ダンジョンから出られないティルクに代わって私に事情を説明し、ダンジョンまで案内する手筈だったらしい。それがまさかエディカラードをはじめとした他国と事を構える事態になりかねない状況になるとは思ってもみなかったそうだ。
 つまりはテトセラが私を誘拐してしまったのは結果論であり、『ロウが過剰反応して攻撃を仕掛けなければ、穏便に済んでいた』ということになる。
 テトセラが私を連れ去る形になってしまったのは、テトセラを狙ったロウの攻撃が私を巻き込みかねなかったからで、それを危惧したテトセラが私を抱え込み、それを見たロウが更に追撃を試みて、危機を察知したテトセラが私を抱えたまま逃げてしまい、それをロウが誘拐されたとスレイたちに報告してきた、というのが事のあらましのようだ。

 うーん……これ、テトセラだけが悪いと言えないよね? 確かに結果的に誘拐になっちゃったけど、ロウによって怪我を負わされていた可能性を考えれば、テトセラは私を助けてくれたっていう考え方もできるんだよね。

「ロウが脳筋であるがゆえの悲劇(笑)ってわけかぁ……」
「スレイ……なにかな、悲劇(笑)って」
「いや、だってこれ───」
「……つまり、結果的にそうなってしまっただけで、テトセラ王子は最初はじめからセシリアを連れ去る意図は無かった、ということになりますね」

 シュディスに説明しようとしたスレイの言葉をクルーシスがぶった切った。これ以上この話をしていてもやるせなくなると思ったのだろうか。私もなんとも言えない気分になりつつあったから助かったけど。
 クルーシスの確認を込めた結論に、ティルクは隣に座っているテトセラの頭をがしがしと撫でながら頷いた。

「確かにこいつは気まぐれで気分屋な所はあります。僕も普段は振り回されることもある。でも、こいつとて王族です。のこいつは国家間で外交問題になるような真似をしたことはありませんでした。今回のことは間が悪かったとしか──」
「ちょ、ちょっと待て。『テトセラ王子が王太子』!? 第一王子はお前なんだよな? 順当ならお前が王太子なはずだろう!?」

 スレイが驚きのあまり、叫びに近い声でティルクの説明を遮った。なぜ私に接触しようとしたのかという事情説明がそっちのけになるほどの衝撃だったからだろう。
 ティルクが口にした内容は、それだけシュディスたちにとって予想だにしない内容だった。私も、前世の知識がなければ同じように驚くしかできなかっただろう。
 まあでも、私もオンライン版のティルクたちしか知らないから、シュディスたちが知ってる情報とそう変わらないとは思うけど。

 スレイたちの驚愕ぶりを見て、王太子に指名された当時のことを思い出したのか、テトセラは忌々しげな表情になり、嘲るような表情になった。ティルクはそんなテトセラを見てなんとも言えない表情だったけど。

「はっ……“あいつら”がティルクを王太子にするはずがないよ。“あいつら”、ティルクが自分たちの望むものを持ってなかったからって、奴隷のように扱ってたからね」
「………」
「どういう意味かな? 通常、王妃の第一王子が王位を継ぐはずだ」
「それは───」

 彼らの様子が豹変したことを怪訝に思ったシュディスがそう訊ねると、ティルクがなにか言おうとするのを制し、テトセラは顔を歪めて口を開いた。

「“あいつら”……物心ついたばかりのティルクに言いやがったんだ……『王族は基本は光属性を持っていなければならない。貴様のような出来損ないは我が王家の血族などではない』だの『薄汚い家畜が我らの子供を名乗るな』とか、ヒステリックに叫んでたよ。お前らの高貴な血とやらが、ティルクをそう産んだんだろうに……ッ!!」

 そう吐き捨てると、呪詛を唱えてでもいるような様相で、テトセラは目の前のテーブルに拳を叩きつけた。

「ちっ、……ファルトガルド王がそんなことをほざいてやがったとは……に徹底的に〆てやればよかったか」
「ルー、言葉使いが乱れてんぞ」
「おっと失礼、私としたことが」
「まあ、気持ちは分かるけどな~。オレも、身内の糞ジジ──母親の親共もクズだったしな」

 普段礼儀正しい立ち振る舞いをするクルーシスの言葉とは思えない、嘲りを多分に含んだ台詞に、ティルクとテトセラは、唖然としていた。……まあ、私たちも唖然というか、呆然というか、絶句してたけど。
 というかクルーシス、今舌打ちもしたよね。そしてスレイ、普通に接してるけど、こんなクルーシス、見慣れてるんだ……? ついでのごとく毒吐いてるけど。
 前世である程度知識のあった私でさえ、彼のこういう姿は見たことがなかったんだよなぁ……これがゲームと現実の差なのかな。いや、なんか違う気がする。

 ティルクは黒クルーシス降臨と、スレイの合いの手という名の毒舌にドン引きしていた。

「えっと……、そういった経緯があるので、僕は王位継承権はおろか、王族としてすら認知されていませんでした」
「『でした』ってことは、その後どんな変化があったんだ?」
「以前調べたことがあるが、五年程前にファルトガルドが『実は第一王子はテトセラ殿下ではなくティルク殿下で、彼の療養のため、存在を秘していた』と公表されていたな。たしか、公表される少し前に、宰相の奥方が賊の襲撃によって命を落とすという痛ましい事件があったが……」

 スレイがみんなも抱いた疑問を口にし、キリアが諜報活動で得ただろう情報をあかした。
 そんな痛ましい事件があったんだ。その後ティルクが王子として表舞台に立つことになったのか。この二つ、なにか関係があると思うのは考えすぎかな………
 そう考えていたら、ティルクの顔が泣き出しそうに歪んでいた。ティルクは泣き叫びたいのを堪えるように、掠れた声でぽつりぽつりと語り出した。

「当時……王家に認知されなかった僕を、テトセラの乳母をしていた女性と、当時から宰相をしていた彼女の夫が憐れに思って、引き取って育ててくれました。実の親から見放され、城の者たちから蔑まれる僕に、彼らは愛情一杯育ててくれました。けど……幸せは長くは続きませんでした」

 育ての親を思い浮かべたのか、ティルクは穏やかに微笑んでいたのだけど、すぐに表情を曇らせた。

「“あいつら”──いえ、ここまできて曖昧な言い方はよくありませんね……陛下方は、僕が特殊なスキル持ちであることを知ったとたん、隷属させようとしてきました」
「随分な態度だな? お前たちの言い様から察するに、たんに蔑んでいただけではなかったようだが」

 予想以上に醜悪なファルトガルド王たちの話に、ロウでさえ軽蔑したように顔をしかめていた。

「それまで『出来損ない』なんて蔑んでやがったくせに、ティルクが【ダンジョンマスター】だと知ったとたんに『さすが我が息子だ』なんて言ってきて……もちろん、ばあやたちはティルクに何かするつもりじゃないかと疑ったよ。当たり前だ、散々ティルクを貶める発言してきたくせに、急に王族として迎え入れるって言い出したんだからね」
「かの王たちは、君のことを『王族として受け入れる振りをして、隷属の術を施そうとしていた』ということかな、ティルク殿下」
「ティルクでかまいません。シュディス殿下の仰る通りです。でも、当時の僕はそれに気付くことが出来ませんでした。あの人たちが僕を息子として受け入れてくれることに浮かれていたんです」
「……当時の僕は、ティルクになんにもしてあげられなかった。ばあやに『殿下は動いてはなりません』って言われてたから」

 寂しそうにそう呟いたティルクを、テトセラがそう言いながら撫でていた。双子であるぶん、似た動作をするみたいだ。それはともかく。
 私はティルクの境遇を他人事ことは思えなかった。正確にいえば共感したのは『前世の“僕”が』だけど。
 “僕”も引き取ってもらえた時は嬉しかった。両親は祝福されない結婚だったから。親戚連中は酷いものだったけど。
 “僕”には祖父が味方だった。ティルクには養父母が味方してくれたんだろう。
 動かなかったテトセラのことは誰も責めなかった。おそらくだけど、その当時のテトセラは『動かなかった』んじゃない。『動けなかった』んだだろう。彼が下手に庇い立てすれば、余計にティルクが悪し様に言われることになっただろうから。それを危惧したからこそ、宰相夫妻はテトセラに動かないように言い含めていたのだと思う。

「養母たちは情に厚い人でした。『これまで“出来損ない”と捨て置いていたのに、今さらあなた方がティルクの親と名乗る資格があるとお思いか』と」

 不敬罪ともいえる言葉ではあるけど、宰相夫妻の言い分は正当なものだ。むしろ、『血の繋がりなどない』と言っていたくせに、ティルクが特殊なスキル持ちだと分かったとたん、掌を返すようにすり寄り、その裏で道具のように使役しようとしていた国王一派に親権を主張できる資格などないといえる。

「でも……僕を守ろうとしたがために……」

 目に涙を浮かべたティルクは、唇を引き結び、膝上で拳を握りしめていた。



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