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第一章 転生したら『悪役』でした~五年前~

よし、逃げよう

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 前世を思いだしてから数日。私はある決意を固めていた。

「よしゅ(よし)、ここきゃら(ここから)にぎぇよう(逃げよう)」

 あれこれ悩んだ結果、私は城から逃げ出すことにした。城にいてもいずれ悪役としてヒロインと攻略対象たちに殺される未来しかないのなら、『いっそ悪役になるフラグ自体を折ってしまえばいい』──つまり、自分から城を飛び出してしまえばいいと考えたのだ。
 たぶんというか、間違いないというか……ここで私がいなくなってもこの城の人たちは一向に困らない──たとえ城を抜け出したことに気がついても捜索などしないだろうとふんだ。
 だって、数日様子を見ていたけど、現状どう考えても見向きもされずに放置されてるもの、私。
 一日三度の食事──さすがに食事はきちんと持ってきてくれた。まあ、本来王族であるはずの今の身分を思えば質素だったけど、食材はいいものだったからか美味しかった──以外はほぼ人が来ない。着替えなどの日々の世話をする侍女すら来ないのだから、疑いようもなかった。
 さすがに部屋の掃除とか、洗濯物の回収には来ていた──私が寝てる時か、部屋に備え付けられている浴室があったので、それに私が入っている間に来ていたようだ。夜中に物音に目が覚め、うっすらと瞼を開けたら、ちょうど侍女が洗い物を手に出て行くところを目撃したし──ようだけど。
 分かりやすいくらいに私を避けまくっているこの城の連中の態度に『さすが【忌み児】扱いしているだけあるなぁ』逆に関心してしまった。
 ゲームでは当たり障りのない表現しかされていなかったのがよく分かるほどの放置っぷりだったからね。このままだと、『ワガママ王女』どころか『幻王女』とか呼ばれそうなほど存在を無視されてるけど。
 前世の記憶を取り戻す前までのことを整理したところ、今世いまの私はだいたい10歳くらいのようだ。

(前世でなくても、10歳そこらの子供をろくに教育もせずに放置とか、立派に虐待だっつーの)

 『記憶を取り戻す前の私、よく耐えてたな』と思ったところで、『あ、だから言葉が上手く話せないのか!』と納得した。要は話し相手すらいない環境だったがために、言語機能が発達しなかったのだろう。
 部屋に備え付けられている机に本が積んであることから、父親である王は、転生した今世──私にとってゲームが現実となったこの世界──でもやはり私を疎んでいるようだ。教材だけ置いて放置だし。教育係も来ないし。

 兄弟もいるはずだけど、会った記憶すらないし。長兄である王太子がこっそり会いに来たことがあるくらいだ。次兄は父の言葉を鵜呑みにしたらしく、私を毛嫌いしている模様。

 前世の記憶が戻る前の私は、教材だけ読んでなんとか知識を得ていたらしく、最低限の読み書きなどは出来ていた──さすがにそれだけは年嵩の侍女が教えてくれたようだ。その侍女本人が教えてくれていた記憶があった──ようだ。だが、知識と経験にかなり偏りがあった。マナーや礼儀作法なんかも本で読んだだけで、実際に披露したこともない。座学だとて、やはり本で読んだだけ。なので、世間一般から見た自分の学力など分からない。
………つーかさ、本は置いていくくせに筆記用具くれないってどうよ? 読んで覚える以外にどうしろと? 『セシリア』に瞬間記憶能力がなかったらヤバかったよ……! 前世ではそんな能力なかったから。
 前世の亜樹斗の経験とゲーム知識(まあ、乙女ゲーム版の方はろくに情報ないけど)×『セシリア』の持つ技能スキルや能力の掛け合わせで、城を出てもなんとか頑張っていけそうだ。
 『暁の翼』だと、『セシリア』の頭の出来は分からなかったからね。乙女ゲーム版のほうも、悪役と言っても雑魚キャラなため、オンライン版以上の情報は無かっただろう。……ホント、とんでもない人物に転生しちゃったもんだなぁ……………それでもこの身体と名前で生きていくしかないんだけど。
 『現実は小説よりも奇なり』なんて言葉が浮かんだ。現実は物語と違って絶えず変化するのだから、『ゲームではこうだったのに……』なんて考えは通用しないのだ。なら、自分の頭で考えて行動するしかない。
 
(さて、と。とりあえずは持って行けそうな物とかあるかな……?)

 併設された服や小物などのある衣装部屋で、私はごそごそと出ていくのに役立ちそうな物を見繕っていた。予想通りにろくに物がないけど。
 あ。この装飾品売れそう。こっちはアレンジすれば髪飾りとして売れるかな。町までなんとか行ければ、これらを売って当面の生活費くらいにはなるだろう。

 出ていった後の着替えも用意しなくちゃ。裁縫道具はあるし、上手くアレンジ出来るだろう。なんでそんなものあるかって? どういうつもりだったのかは分からないけど、刺繍やパッチワークなどの教本と共に無造作に置かれてたんだよね。それを見て私は思った。
 え、これを読んで独学で覚えろと? どんだけ私に関わりたくないのよ? 
 記憶を取り戻す前の私も、さすがにこれには手を付けなかったようだ。幼い子供の俄知識での実践は危険なくらい、かつての私にも分かっていたのだろう。裁縫とかの経験どころか本の内容に関した記憶、なかったしね。とりあえず本は読んでおこう。前世で学校の授業で簡単な裁縫くらいは習ったし。前世だと必修科目として習うからね、家庭科。成績は『コンクールで賞を取る腕前だった』と言っておく。
 食べ物は、何故だか使えたスキル【アイテムボックス】の中に出される食事の一部を溜め込もう。パンとか果物とかがいいかな。
 よし。今日から頑張ろう。
 
 一ヶ月後──────────

「うん。こんなものきゃ(こんなものか)」

 リメイクした服やら小者たちを見て、満足そうに腕を組んだ。
 城を出て行く計画も、これなら今日の夜に実行に移せるな。……これで言葉も完璧なら文句はなかったんだけどなあ。いくらかマシにはなったんだけど。裁縫の片手間に頑張って練習したんだけどね。前世で有名だった早口言葉の数々で。

「じゅげむじゅぎぇむごきょーのしゅりきりぇっ!?」

 痛っ!! 舌噛んだ……! 私は痛みに悶え涙目になりながら、痛みが消えるまで、頭の中で早口言葉を反芻していた。こういうのはひたすら反復するしかない。
 ま、まあ、言葉は追々慣れていくしかないな。

 そして決行時間の深夜になるまで仮眠を取って、私は動き出した。

 不寝番の騎士以外は人が寝静まった夜の城内を、私はひっそりと歩いていた。今のところ誰にも見つからずに進めている。
 まさか前世の『暁の翼』でのクエスト経験が役に立つとは……!

 『暁の翼』のクエストに、『イスペライアの城に潜入せよ』というものがある。まあ、簡単にいうとこれ、『セシリア』が追放された後、魔人として現れるまでにこなさないといけないクエストの一つ。
 彼女が起こす騒動を隠れ蓑にして犯罪を重ねていた宰相を断罪するための証拠集めのためのミッションともいえるものだ。
 城の見取り図──イスペライアの王太子と信頼関係を築けると、見取り図が手に入る──と照らし合わせながら城内をくまなく探索することになる。
 宰相に毒された共犯者である騎士や貴族たちの目を掻い潜っての行動になるので、見付かってしまったら、クエスト失敗。失敗してしまったプレイヤーは、なんとアカウントを一定期間、運営によって削除されてしまうという鬼畜なクエストだった。
 クリア出来るのは一人だけの早いもの勝ちのクエストだったからね。条件が厳しいのも納得は出来る。『というかこれさ、チームで挑めばクリア出来るんじゃない? 報酬はチームで山分けすればいいでしょ。みんなで協力すればいいんじゃね?』と、前世の私が思い付きで言った案があっさり採用され、その結果、楽々クリア出来た。
 後に運営から『貴方の閃きに脱帽しました。よかったらクエストを一緒に作りませんか』というメールが来た時には『新手の詐欺か!?』と一度は疑ったくらい、驚いた。

 閑話休題。

 クエストをクリアすると、王太子が犯罪の証拠を手に入れたこと──王太子が『有志の仲間が決死の覚悟で手に入れてくれた証拠だ!』と宰相に突きつけるシーンがあるんだよね~。あれは格好よかったな──により、宰相を処罰するのだ。最終的に彼は国家反逆罪で処刑されるんだよね。

 まあ、現実ではアカウントじゃなくて命が消されるだろうけどね。只今私はを持って出口とは違う通路を進行中だし。

 ゲームの経験が活かされたのが今世いまだ。え? 役立て方が間違ってる? 逃げるために使うものじゃないだろって? ソンナコトハナイヨ? 
 ついでとばかりに『宰相の汚職の証拠』を探してきただけだよ? そしてそれを王太子の執務室にこっそり置いていこうと思ってるだけだよ?
 せめて、唯一優しくしてくれた長兄に恩返しくらいとか思ってないよ?

 誰に言い訳しているのか私自身も分からぬまま、クエストでの記憶を頼りに王太子の執務室に無事到着。そっと扉を開くと中から灯りが漏れてきた。
 一瞬『まだ人がいた!?』と、警戒するも、探し物をしに行ったのか、部屋の主は不在だった。
 よーしよし。『犯罪の証拠これ』を然り気無くこの書類の山に忍ばせておけば、バッチリ長兄の目に入るだろう。
 後は私が影のようにこの城から消えるだけだ。
 そう思って、『任務達成ミッションコンプリート!』と心の中でガッツポーズをとり、私はやりきった達成感から、意気揚々と──実際はこそこそと──部屋を出ようとくるりと向きを変えた。そこまではよかったんだよ、そこまでは。けれど、私はぴきりと硬直することになった。

「……………」
「……………」

 そこには、光の珠──たぶん、【ライト】の魔術だと思う──を、身体の前に浮かせ、左腕に書類の束を抱えて右手でドアノブを掴んで室内に入った姿勢のまま、長兄が軽く目を見開き固まっていた。

「……セシリア?」
「………」

 ぽつりと呟かれた私の名前。けれど、私はそれに返答するどころじゃなかった。

…………うん、どうしよう。この状況。

 
 
 
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