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感情の噴火、それは心のデトックス

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 「あ、あぁ、ちがっ、それは、その……っ」

 消え入りそうな私の言い訳は、『なんだなんだ』とその本に注目する3人には届いていないようで。

 「やだ、なにこれ! 胸の挿絵ばっかじゃん! この部屋にはいやらしい本もあるわけ?」

 「いや、さよならコンプレックスシリーズは、ご婦人向けの本だよ。ドレスの着こなしや、理想のボディラインの作り方の指南書だ。ソレリも愛読している」

 「つーか……貧乳ってことは……これって、もしかして……」

 恐る恐るといった様子でこちらへ視線をよこすアラン君につられて、ジェニーと伯爵も、私の方を見る。

 「ちがっ、私は……っ! 私のじゃないのこれは……!! レオが勝手に……!!」


 なんという事でしょう。

 一番繊細な、最も触れて欲しく無い領域に、一度に3人もの人間が踏み込んできた。
 
 焦り、驚き、羞恥心。
 様々な感情にいっせいに襲われ、大混乱に陥る。


 「もぉ――!!!!!!! なんなのよぉ――――!!!!!!!!!!」 


 そして、私の魂は再び叫んだ。

 今度は自分以外の人達にも、聞こえる形で。


 「じょ、女王様……?」

 「ようやく前に進もうとしてるこのタイミングで、こんな……こんな邪魔の仕方ある!? こんな本を使って、間接的に、こんな!! まったくなんなのあの男は!! こんなにも私を苦しめておきながら、今頃あの女とよろしくやってるんだと思うと本当に頭にくる!! そりゃあ、レオがはめられた時、すぐに助けなかった私も悪いわよ!? でもクリスが生きてるとわかったなら、さっさと身の潔白を主張して私の所に帰ってくればいいじゃない!! 他の女に情けをかけている時点でアウトよアウト!! というかあの女は一体何なの!? レオをあんな目に合わせておいて、どの面下げて妻のフリなんて出来るわけ!? 鋼なの!? 神経鋼鉄なの!? だったらこの私が溶かしてやるわ!! 煮えたぎるマグマをあのすまし顔にぶっかけて、骨の一かけらも拾えない程に、あの女を存在ごと、消滅させてやる――――!!!!!!!!」


 胸の中に渦巻いていた悩み苦しみが、抱え込んできた時間の分だけ増幅した結果の、大爆発。

 息継ぎも忘れて不平不満を叫び倒した私に、明らかに戸惑っている様子のアラン君、ジェニー、伯爵。


 しまった。

 平常心を保っている3人を見習って、私もそうなろうと決めた直後だったのに。

 「ご、ごめんなさい私、また……みっともない……! レオと離れてから女王として……いえ人としてダメ過ぎる……! 自分が色恋沙汰でここまでダメになる女だとは思っていなかったわ……!」

 後の祭りだとは思いつつも、羞恥心で火照りきった顔を両手で覆い、頭を下げた。
 
 そして訪れた静寂――。3人とも、何も言ってくれない。

 さすがに、呆れられてしまっただろうか。
 もういい加減にして下さいよと……ため息をついているのかもしれない。

 そんな不安を抱きながら、そうっと顔を上げてみる。

 私の信頼できる仲間達は……こちらに背を向け円陣を組み、何やらヒソヒソ話を始めていた。


 「ねえ、女王様やばくない? 何でスイッチ入っちゃったのかわからないけど、情緒不安定すぎるよね? この前急に泣いちゃった後は、いつも通り仕事をこなしてるって聞いてたから……大丈夫かなって思ってたけど……」

 「気丈なお方でいらっしゃるから、悩んでおられる事を私達には悟られないように振舞っていらしたのだろうね。バレバレだったけれど。レ、から始まる単語が出るたびに、目が泳いでいらしたし。レンガ造りの家、について話し始めた時、陛下の眼球はメトロノームになってしまわれた? なんて思ったものな」

 「首相が内務大臣の巨乳奥さんと浮気してるらしい、ってゴシップが話題に上がった時なんて、手汗で書類ふやけてましたもんね」

 「もうホントの事伝えた方がよくない? レオの事もアウトとか言い出してるし……このままじゃ、今も体張って調査続けてるあいつが不憫だよ」

 「だが陛下に心配をかけない為に黙っていて欲しいと言われているんだろう? それなら陛下にお話しする前にレノックス君に一言相談するのが道理というも」

 「一体なんの話ですか?」


 無遠慮に会話に割って入った私の方へ、一斉に振り返る3人。

 その顔には共通して『まさか今の話、聞いていました?』と書いてある。
 
 「あの、全然聞こえていました! メトロノームとか、手汗とか……いいえ、そんな事よりも調査って!? レオが体を張っているって、一体何の事です!?」

 互いに顔を見合わせた3人は、何かを確認した様子で頷いた後、全てを打ち明けてくれたのだった。
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