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すっぴんの方が可愛いから化粧薄くしなよという女子の賛辞は罠の予感
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「ローラちゃんというものがありながら、他の女にうつつを抜かすなんてどういうつもり!?」
どこで誰に教えて貰ったのですか、と聞きたくなるような締め技で、俺の動きと呼吸を封じる母。
質問しておきながら、答えさせる気が無い事がよくわかる。
大の男を押さえつける力が備わっているとは思えない母の細腕を、ポンポンと何度も叩いた。
「ご、誤解しないでください! 陛下の為なのです! 詳しくは申し上げられないのですが……とにかく、彼女と彼女の家族に取り入る事が出来れば……ローラ様の祖国統治に多大なる貢献が出来て! ですから彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないのです!」
俺は、陛下とソルジャーの秘密に差し支えない程度に、弁解をして。
母の表情には未だ不満の色が残っていたが……とりあえずは俺の首に巻き付けた腕をほどき、鬼の様に吊り上げた眉を元の位置まで戻してくれた。
「そういう事なら、まぁ……仕方ないという事にしてあげるわ。あんたがローラちゃんを浮気のダシに使うとは思えないし……で? なんだっけ? 女が喜ぶデート? その女はあんたの事好きなの?」
「え? ああ、わかりません。先日初めて会った方で……デートと何か関係が?」
首を傾げる俺に、母は再びベッドに座ると、ドレスをバサリと蹴り上げて足を組んだ。
「大アリよ。好きでも無い相手とならどこで何しようがつまらないもの。つまり、その女があんたに惚れてないなら、どう尽くそうが無駄って事。ご機嫌なんてとれるわけない。それで? どうなの?」
「さあ……俺はレディーファースト精神を備えた紳士の上、この容姿なので……好意を持たせてしまった可能性は十分にありますが……」
「レオ。何度も言うようだけど、そういう事自分で言うのやめなさいね。女は完璧な男は好きだけど、それを自負している奴はナルシストだって嫌うものよ」
本当の事を言っただけなのに、嫌悪感満載の表情で、俺をビシリと指さす母。
「……まぁいいわ。じゃあ、その女はあんたに惚れてる可能性ありって事ね。だったら話は早いじゃない、どんなデートプランだって成功するわよ」
「え?」
「大事なのは、どこで何をするかじゃ無い。誰とするかよ。あんただってローラちゃんとなら……ただ一緒にいるだけで、幸せでしょ?」
母の言葉に、ハッとする。同時に、ローラ様から頂いたお手紙の一文が、頭に浮かんだ。
『私にとっては、どれ程有名なパティシエが作ったケーキよりも……あなたと頂く素朴な味が、最高のオヤツだった』
「ええ……母上のおっしゃる通りですね」
温かいものが、じんわりと胸に広がる。
陛下。俺もです。
俺にとっても、あの日のあの味は、特別なもの。
だって隣に、あなたがいたから――。
「でしょ? だから、2人の時間をゆっくり楽しめるような一日にすれば、間違い無いわよ。どこの貴族令嬢か知らないけど……王室育ちのガチセレブなローラちゃんだって、芋食って満足してくれる位なんだから。愛の力は偉大よね」
「……母上。もしかしなくとも……手紙を読みましたね?」
俺の目を見たまま、口をつぐむ母。親子の間に、沈黙が横たわる。
しかし数秒後には、豪快な笑い声が、狭い室内に響き渡っていた。
「あははっ! そりゃ見るでしょ! 郵便屋さんなんて、ラブレターを盗み見る為にやったようなもんなんだから! でも、出来れば恥ずかしがるあんたの前で、再度読んでやりたかったけどね! しかも音読で!」
「そんな事は二度としないで下さい! 陛下に申し訳が立ちません!」
「お詫びとしてデートの件、ローラちゃんには黙っててあげるわ。せいぜいうまくやりなさいな! ただし、相手を利用したいなら程々の好意を持たせなきゃだめよ。どっぷり愛されちゃったら、後が怖いからね」
人差し指を口元にあて、ウィンクをする母の態度から、反省の色は感じられないけれど。
忠告に関しては有難く受け取る事にした。
「わかりました。用心します」
「ま、やらかしちゃった時は相談しなさい。甘やかす気はないけど……一人息子に何かあったら、パパに怒られちゃうからね」
そう言った母の笑顔は、見た目の若々しさからは想像出来ない程、包容力に満ちていて。
「ありがとうございます。……あの……母上も、一緒にいるだけで幸せでしたか? 父上と……」
俺の問いかけに、母は一瞬驚いたように目を丸くしてから、少し悲しそうに微笑んだ。
「そうね……。ただ傍にいて……二人で笑って…………徹夜で仕事した翌日にショッピングに連れて行って貰ったり、ヒールで歩くのが疲れちゃったらずっとお姫様抱っこして貰ったり、風に飛ばされた帽子を馬車にひかれてまで追いかけて貰ったり、泥酔した時は手の平でリバースを受け止めて貰ったり、デートを尾行してきた元カレを殴り合いの末に捕縛して貰ったり、…………そんな何でもない毎日が、たまらなく幸せだったわ……」
「…………貰ったエピソード多いですね……」
身を削った献身エピソードが、何でもない毎日扱いされていると知ったら……天国の父上はさぞ驚かれるだろう。
父の献身ぶりが、ローラ様に対する俺のそれと重なる。
そして母上の場合はもはや、『一緒にいるだけで幸せ』とは言えないのでは。
そう言おうとしたが、やめた。
宝石の様に澄んだ母の瞳に、光るものが見えたから。
「やだも~、パパに会いたくなってきちゃった~。私もう行くわね。泣いたりしたらお化粧がとれちゃう」
冗談ぽく笑いながら、目元を拭い、立ち上がる母。
「……母上は化粧をされたお顔も、素顔も、どちらもお綺麗ですよ。……会いに来てくださって、ありがとうございました」
「レオ。そのセリフ大正解。デートの相手にもそう言いなさい。間違いないわ」
ビッと、俺に向けて親指を立てる母の顔は……やはり誇らしい程に美しかった。
どこで誰に教えて貰ったのですか、と聞きたくなるような締め技で、俺の動きと呼吸を封じる母。
質問しておきながら、答えさせる気が無い事がよくわかる。
大の男を押さえつける力が備わっているとは思えない母の細腕を、ポンポンと何度も叩いた。
「ご、誤解しないでください! 陛下の為なのです! 詳しくは申し上げられないのですが……とにかく、彼女と彼女の家族に取り入る事が出来れば……ローラ様の祖国統治に多大なる貢献が出来て! ですから彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないのです!」
俺は、陛下とソルジャーの秘密に差し支えない程度に、弁解をして。
母の表情には未だ不満の色が残っていたが……とりあえずは俺の首に巻き付けた腕をほどき、鬼の様に吊り上げた眉を元の位置まで戻してくれた。
「そういう事なら、まぁ……仕方ないという事にしてあげるわ。あんたがローラちゃんを浮気のダシに使うとは思えないし……で? なんだっけ? 女が喜ぶデート? その女はあんたの事好きなの?」
「え? ああ、わかりません。先日初めて会った方で……デートと何か関係が?」
首を傾げる俺に、母は再びベッドに座ると、ドレスをバサリと蹴り上げて足を組んだ。
「大アリよ。好きでも無い相手とならどこで何しようがつまらないもの。つまり、その女があんたに惚れてないなら、どう尽くそうが無駄って事。ご機嫌なんてとれるわけない。それで? どうなの?」
「さあ……俺はレディーファースト精神を備えた紳士の上、この容姿なので……好意を持たせてしまった可能性は十分にありますが……」
「レオ。何度も言うようだけど、そういう事自分で言うのやめなさいね。女は完璧な男は好きだけど、それを自負している奴はナルシストだって嫌うものよ」
本当の事を言っただけなのに、嫌悪感満載の表情で、俺をビシリと指さす母。
「……まぁいいわ。じゃあ、その女はあんたに惚れてる可能性ありって事ね。だったら話は早いじゃない、どんなデートプランだって成功するわよ」
「え?」
「大事なのは、どこで何をするかじゃ無い。誰とするかよ。あんただってローラちゃんとなら……ただ一緒にいるだけで、幸せでしょ?」
母の言葉に、ハッとする。同時に、ローラ様から頂いたお手紙の一文が、頭に浮かんだ。
『私にとっては、どれ程有名なパティシエが作ったケーキよりも……あなたと頂く素朴な味が、最高のオヤツだった』
「ええ……母上のおっしゃる通りですね」
温かいものが、じんわりと胸に広がる。
陛下。俺もです。
俺にとっても、あの日のあの味は、特別なもの。
だって隣に、あなたがいたから――。
「でしょ? だから、2人の時間をゆっくり楽しめるような一日にすれば、間違い無いわよ。どこの貴族令嬢か知らないけど……王室育ちのガチセレブなローラちゃんだって、芋食って満足してくれる位なんだから。愛の力は偉大よね」
「……母上。もしかしなくとも……手紙を読みましたね?」
俺の目を見たまま、口をつぐむ母。親子の間に、沈黙が横たわる。
しかし数秒後には、豪快な笑い声が、狭い室内に響き渡っていた。
「あははっ! そりゃ見るでしょ! 郵便屋さんなんて、ラブレターを盗み見る為にやったようなもんなんだから! でも、出来れば恥ずかしがるあんたの前で、再度読んでやりたかったけどね! しかも音読で!」
「そんな事は二度としないで下さい! 陛下に申し訳が立ちません!」
「お詫びとしてデートの件、ローラちゃんには黙っててあげるわ。せいぜいうまくやりなさいな! ただし、相手を利用したいなら程々の好意を持たせなきゃだめよ。どっぷり愛されちゃったら、後が怖いからね」
人差し指を口元にあて、ウィンクをする母の態度から、反省の色は感じられないけれど。
忠告に関しては有難く受け取る事にした。
「わかりました。用心します」
「ま、やらかしちゃった時は相談しなさい。甘やかす気はないけど……一人息子に何かあったら、パパに怒られちゃうからね」
そう言った母の笑顔は、見た目の若々しさからは想像出来ない程、包容力に満ちていて。
「ありがとうございます。……あの……母上も、一緒にいるだけで幸せでしたか? 父上と……」
俺の問いかけに、母は一瞬驚いたように目を丸くしてから、少し悲しそうに微笑んだ。
「そうね……。ただ傍にいて……二人で笑って…………徹夜で仕事した翌日にショッピングに連れて行って貰ったり、ヒールで歩くのが疲れちゃったらずっとお姫様抱っこして貰ったり、風に飛ばされた帽子を馬車にひかれてまで追いかけて貰ったり、泥酔した時は手の平でリバースを受け止めて貰ったり、デートを尾行してきた元カレを殴り合いの末に捕縛して貰ったり、…………そんな何でもない毎日が、たまらなく幸せだったわ……」
「…………貰ったエピソード多いですね……」
身を削った献身エピソードが、何でもない毎日扱いされていると知ったら……天国の父上はさぞ驚かれるだろう。
父の献身ぶりが、ローラ様に対する俺のそれと重なる。
そして母上の場合はもはや、『一緒にいるだけで幸せ』とは言えないのでは。
そう言おうとしたが、やめた。
宝石の様に澄んだ母の瞳に、光るものが見えたから。
「やだも~、パパに会いたくなってきちゃった~。私もう行くわね。泣いたりしたらお化粧がとれちゃう」
冗談ぽく笑いながら、目元を拭い、立ち上がる母。
「……母上は化粧をされたお顔も、素顔も、どちらもお綺麗ですよ。……会いに来てくださって、ありがとうございました」
「レオ。そのセリフ大正解。デートの相手にもそう言いなさい。間違いないわ」
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