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燃え上がる人の心と山火事は、消火作業が大変

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 「ママ……あたしの母は、川の氾濫に巻き込まれて死んだの。あの日は何日も前から大雨が続いてて……止めたんだけど、どうしても行かなきゃいけない所があるからって」

 「親父もだよ! どこに向かってたのかは知らねえけど……馬車で出掛けて行って……橋を渡ろうとした時、増水した川に飲み込まれたんだ!」

 「俺の父が死んだのも、あの嵐が原因だった。重要な仕事があると言って家を出て……」

 「でも……あの雨では大勢死人が出てるし……あたしらの親が、たまたまその被害者だったってだけじゃ?」

 「いや、危険に自分から突っ込んでって死んだんだぜ? こりゃもう偶然じゃねえだろ! もしクリスの父親も同じだったら――」

 「ごめんなさい……!!」

 まだ詳細こそ把握していないものの、何か重要な核の部分に触れた気がして。興奮気味に話していた俺達だったが……

 深々と頭を下げるローラ様のお姿を前に、一斉に口をつぐんだ。

 「陛下……!?」

 「私が……神の啓示で、あの大雨を予測出来ていなかったせいで……あなた達の家族が……!」

 あ。

 そうだ。陛下はご自分が俺の父を殺した、とおっしゃる程、あの大雨による被害に責任を感じておられるのだった。
 遺族である俺自身は、微塵もローラ様のせいだとは思っていないから……すっっっっっかり忘れていた。

 そう考えているのは、他の遺族2名も同じだったようで。

 「いやいや、陛下が謝る必要ないっすよ! 雨が降る前ならともかく、親父は天気が荒れまくってるって承知の上で出掛けて行ったんすから!」

 「そうですよ! 女王様のせいじゃありません! どうか頭を上げて下さい!」

 慌てて陛下の元に駆け寄り、背に手を添えるジェニー。
 陛下はゆっくりとお顔を上げると、苦しそうな笑顔で彼女と俺達を見つめる。

 「ありがとう……そんな風に言ってくれて……本当に……」

 「陛下……彼らの事故は……本当に、あなたには非のない事なのです。あの方々は……自分達の責任を、果たそうとしただけですから」

 グランヴィル伯爵はそう言って、ローラ様をいたわるような、優しい目で見つめたが……俺は、またも含みのある言い方をする彼を、追求せずにはいられなかった。

 「紅薔薇の受領者は、あの日……同じ目的を持って、どこかへ向かっていた。もしかしたら、同一の場所に集まろうとしていたのかもしれない。そしてその目的とは、紅薔薇の秘密と陛下に、深く関わりがある事……。ここまでの俺の推測が間違っているか否か……位は、お答えいただけますか? グランヴィル伯爵?」

 「……ああ。間違っていない。君の読み通りだよ、レノックス君。その調子だ」

 満足げな笑顔を返してきた伯爵に、『なんなんだ、あなたは』感が隠せない。

 「なんなんだ、あなたは」

 隠せなかったから、言ってしまった。つい苛立って。

 ソレリ様に、伯爵には伯爵の事情があるのだとご説明頂いて、納得していた筈なのに。
 
 俺達があれやこれやと考えを巡らせている様を、高い場所から眺めて……楽しんでいるような言い方を、伯爵がするものだから。

 「話の本質部分は、掟だの何だのと言って隠そうとするくせに……俺が真相にたどり着くよう、操作しているように感じます。クリスや父達の話を出したのも、故意だったのではありませんか? あなたは一体何がしたいんです? 紅薔薇の秘密とやらを、守りたいのか、晒したいのか……?」

 「ちょっと、レオ。伯爵には色々と事情があるのだと、ソレリも言っていたのでしょう?」
 
 若干攻撃的に伯爵に詰め寄る俺を止めようと、間に入るローラ様。
 けれど伯爵は、変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
 
 「レノックス君、不快な思いをさせて申し訳ない。悪気は無かったんだ。ただ……君がどんどん真相に近付いて行く様が、嬉しくて、頼もしくて……。
 おっしゃる通り、私は許された範囲内で、君達を導こうとしている。真相にたどり着けるよう……。本当は、話せるものなら話したいんだ。君と陛下の力になりたいから。けれど私は……私の大切な人の誇りを守る為に、掟は破れない。だが……私以外の誰かが、いっそ掟を破って、何もかもを暴露してくれはしまいかと……心の底では願っている」

 「私以外の誰かって……伯爵以外に、秘密とやらを知ってる奴がいるって事っすか?」

 慎重に探りを入れるような上目づかいで、伯爵を見るアラン。

 「クリス・ハドソン君をつついてみてくれ」

 「クリス? クリスも紅薔薇の秘密の関係者なのですか?」

 詰め寄る俺の両肩を、伯爵は正面から力強く掴んだ。

 「レノックス君。君が彼と不仲なのはラッキーだったかもしれない」

 「は……? それはどういう……」

 「人間、嫌いな相手には感情的になりやすいだろう? だからわざと怒らせて、ボロを出させるんだ……!」

 「それで……秘密を聞き出せと……?」

 「でもそれじゃあ、サロイドの件を相談出来なくなるじゃんね?」

 ジェニーの突込みに、伯爵は『それはそれで困るね』と苦笑いしつつ……少々挑発的に、口の端を上げた。

 「でもそれは、レノックス君の腕次第じゃないかな。紅薔薇の秘密について喋らせた後、サロイドの問題の分析も引き受けさせればいい。望み通りの成果を掴む為に、人をコントロールするのも、組織のリーダーには必要な能力だ。そうだろう? レノックス君?」
 
 「でも伯爵、レオはそんな器用な事が出来るタイプでは……」

 心配そうな表情で伯爵に反論する陛下の前に身を乗り出し、お止めする。

 「女王陛下の御為……その大義を前にして、俺に不可能という文字は存在しません! やってみせようではありませんか! このレオナルド・レノックス! 誉れ高き女王陛下の護衛騎士の名に懸けて、必ずやクリス・ハドソンをクイーンズ・ソルジャーのメンバーに迎えて見せます!」

 「レオ……」

 「その意気だ、レノックス君!」

 高らかに宣言した俺に、ローラ様は尚も不安気な眼差しを向け、伯爵はガッツポーズをして激励してくれた。

 この決意表明は、俺自身を追い込む為のものでもある。

 正直、俺は人を掌の上で転がし、利用するような真似は好まないが。愛するお方の前でここまで言ったからには、失敗は許されない。

 俺はローラ様のお役に立ちたい。もっともっと褒められて、感謝されて、愛されたい。今すぐこの男とどうこうなりたいと思わせる程に……!
 その願いはきっと、自分でも想像できない程のエネルギーと行動力と、知恵を産む筈だ。


 「いや無理だろ……レオにクリスは……いや無理だろ……」

 「ていうか、レオって護衛騎士クビになったんだよね? いつまでああやって名乗るつもりなんだろ? なんか可哀想になってくる……」

 前向きな気持ちに水を差すようなアランとジェニーの囁き声も……
 やる気に燃える俺の心の炎を、消火する事は出来なかった。
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