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正直者は馬鹿をみると言う人は高い確率でかつて正直者だった

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 「れれれれ冷静になって下さいソレリ様!!! 私に口を出す権利など無いと承知の上で申し上げますが、彼はダメです!! 女とみれば人妻だろうが幼女だろうが老婆だろうが、尻を追いかけて行くような男は……汚れ無きプリンセスにふさわしくない!!」

 「ちょっ! レオ! 本人の前で……!」
 
 「驚かせてしまってごめんなさい、レオナルド様! でも落ち着いて、私の話を聞いて下さい!」

 大切なローラ様の従妹君が、遊び人の毒牙にかかってしまった。
 その非常事態に、取り乱しまくる俺の口を塞ごうと飛びかかってくるジェニーに、眉尻を下げて訴えてくるソレリ様。
 
 そんな、明らかに混乱している現場で……突然、グランヴィル伯爵は俺を力強く抱きしめた。

 空気にそぐわぬ奇行に、唖然としてしまう。
 そんな俺に、伯爵は真っ白な歯を見せて笑った。

 「ありがとう、レノックス君! ソレリには何度もプロポーズを断られていたんだが……君のお陰で正式に婚約をする運びになった! 彼女は私の宝だ! 彼女無しの人生なんて考えられない! お礼と言っては何だが、私に是非協力させてくれ! 君主である女王陛下のお役に立つ事は貴族の誉れであるし、なにより……苦しむ陛下に胸を痛めるソレリを……これ以上見たくないんだ!」

 遊び人というイメージに反して、快活な好青年のような事を言い出した伯爵。

 なんだこいつ。なんだこの二面性。
 つかみどころのない目の前の男に、困惑を隠せない。

 「レオナルド様、パーシーは本来、真面目で誠実な正直者なのです。女性関係の噂が絶えないのには、きちんとした理由があります」

 「女遊びに、きちんとした理由って……」

 思わず、といった様子でそう呟いたジェニーが、ハッとしたように口を手で覆う。
 伯爵は、そんな彼女に余裕ある笑みを返しながら、『説明します』と話を始めた。

 「社交界に頻繁に顔を出す貴族のご婦人方は、情報の宝庫だ。私はある人達を探していて……その手掛かりに少しでもなればと、彼女達に話を聞いて回っていたんです」

 「ある人達……といいますと?」

 「このルビーの、持ち主だよ」

 「「え?!」」

 シャツのボタンを外した伯爵の、首元に光るルビーを見て……俺とジェニーの声が重なった。

 「それって……! レオ! あんたが持ってたやつと一緒じゃん!」

 「ああ……!」

 反射的に襟の上から手を突っ込んで、ネックレスを取り出した俺に、ソレリ様と伯爵は目を見開いて驚いた。

 「レオナルド様、そのルビーはどこで? リナルド・レノックス伯爵から受け継いだのですか?」

 「いえ、これは先代の女王陛下が所有されていたもので……ローラ様が私にくださったのです。お守り代わりにと」

 「……じゃあ、紅薔薇の後継者ではないのか……」

 「は……? 何ですか、それは」

 「じゃあ、お父上が持っていたルビーは? 遺品の中に無かったか? もしくは、君以外の誰かに渡したとか……心当たりは!?」

 「生前、お父様が懇意にされていたお友達や……特別信頼していた部下の方はいらっしゃらないの?」

 「親族でもいい! お父上から特別な教育や、指導を受けていた人間はいないか!?」

 こちらの問いに応じる事無く、神妙な面持ちで次々と質問を投げかけてくるお二人。

 いきなりヒートアップし始めた未来のグランヴィル伯爵夫妻に、ジェニーも戸惑っているのか、チラチラと俺の方を見てくる。

 「そういう人物に心当たりはありませんが……ええと、こちらの質問にも答えて頂けませんか? 紅薔薇の後継者とは何です? それに……なぜあなた方は、父がこれと同じものを持っていた事を知ってるんでしょう? 息子の私ですら、最近まで知らなかったのに」

 俺からの質問返しに、ソレリ様と伯爵はお顔を見合わせた。
 『やばい……』という吹き出しがぴったり合いそうな、表情を浮かべて。

 「あ、ええと……これは紅薔薇の受領者が陛下より賜る物だと知っていましたからね。王族であるソレリから聞いて……。確かリナルド伯爵も、騎士団長を拝命された時に勲章を授与されたと、記憶していたし――」

 「それをご存知なのに、ルビーの所有者を探し回っていたのですか? 紅薔薇の受領者方が、イコール、ルビーの持ち主なわけですよね? 彼らを当たれば……簡単に済む話なのでは?」

 「……はは、そう、レノックス君の言う通りだな。うっかりしてたよ。はは……今度歴代の受領者方を訪ねてみる事にしよう」

 目をそらしながらの、乾いた笑い。

 誤魔化そうとしているのがバレバレ過ぎる伯爵の態度に、『彼は真面目な正直者』というソレリ様のお言葉を、信じて良い気がしてきた。
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