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薔薇は本数によって花言葉が変わる

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 ローラ様の母君、先代女王であるアリシア様は、それはそれはお美しい方だった。

 彫刻のようにはっきりとしたお顔立ちと、堂々とした立ち振る舞い。
 香り立つような気品は、許しを得た者であっても、近付く事がためらわれる程で。

 可憐で清楚なローラ様が白百合ならば、アリシア様は薔薇。
 圧倒的な存在感で威厳を放ち、前衛的な政治手腕で民を率い、身にまとった棘で国を守る、無敵の女傑。

 しかしそんな先代女王も、父の前ではいつだって穏やかだった。

 アリシア様の砕けた笑顔を見る度に感じていたものだ。
 父は、大国を統べる陛下の心の拠り所となっているのだと……子供心に誇らしく。
 自分もローラ様にとって、そんな存在になりたいと――。

 二人は、ちょうど俺とローラ様のような関係だったらしい。

 祖父……父の父が、当時の女王陛下に問われたのだ。陛下の御息女であるアリシア王女殿下の話し相手になり得る、安全な人物はいないかと。
 そこで祖父が紹介したのが、自身の息子であるリナルド・レノックスだった。

 と言っても、年齢は十ほど父の方が上で。
 『話し相手』というよりは、幼い殿下のお世話を焼き、遊び相手を務める、兄のような存在だったのかもしれない。
 仲睦まじく遊ぶ二人の姿は、まるで歳の離れた兄妹のようだったと、実家に古くから務める乳母が話していた。

 しかし……そんな二人が、まさか男女の関係であったとは。アリシア様も父も、伴侶のある身であったのに――。
 
 アリシア様の夫、王配殿下は、それはそれは地味なお方だった。

 陛下が5歳のお誕生日を迎えられる前に病気で亡くなられた為、俺も直接お会いした事は無く、ご公務に当たられているお姿を、数回お見かけしただけだったけれど。

 背が高く、細身で、頬もこけていて。優しそうではあったが……『俺でも勝てそう』と、子供の俺に思わせるような風貌で。
 アリシア様が薔薇なら……ええと……ううんと……ああ、名のある草花がぱっと思い浮かばない。
 そんな感じの……とにかく魅力に乏しい紳士だった。

 そんな殿下とアリシア様がご婚約された時、『陛下はなぜあの男を?』 と、社交界は騒然としたらしい。

 だが……その結婚も、父との関係をカモフラージュする為のものだったとしたら?

 父は息子の俺から見ても魅力的な男だった。容姿・性格共に。
 あんな男が幼い頃から傍にいたら……アリシア様の異性への理想は凄まじく高くなっていた事だろう。社交界デビュー後に出会う男の大半を、カスとしか思え無い程に。

 きっとそれで気付いたのだ。ご自身の、父への想いに。 
 しかしその想いを遂げようとした時、父には既に母という妻がいて……

 けれど父も、実は幼い頃からアリシア様の事をお慕い申し上げていた……?

 それで二人は……


 「ああ、すじ雲だ。近いうち雨になるな」

 考えたくない。
 父は母だけを一途に想っていたのだと、信じたい。

 「明日の授与式まで、もてばいいな。スケジュール的に、雨天決行だろうけど。雨で視界が悪いと、警護任務ってしずらいし」

 それに……もし本当に、俺と陛下が実の兄妹だとしたら……
 
 「なあ!! レオ!! 一か月ぶりの再会だってのに、俺いつまでシカトされんの!?」

 「え!? あっ!? うわ!!」

 突如、鼓膜を震わせた懐かしい怒鳴り声に驚き、椅子から転げ落ちてしまった。

 そんな俺を呆れた顔で見下ろすのは……

 「ア、アラン! どうしてここに!?」

 目の前にいたのは、王都にいる筈の、同期の桜。

 「嘘だろ……マジで気付いてなかったのかよ! 明日は薔薇の勲章の授与式だろ!? 王都からお前の愛おしい女王様がこのノースリーフに来る日だろ!? 俺もその警護任務に就く事になったって、手紙届いてなかったか!?」

 「授与式……陛下が……ここに……?」

 何という事だ。
 あれから、もう一月近く経ってしまったのか。

 陛下との衝撃の関係が発覚して以来、なんだか頭に靄がかかってしまったようで。今日までどう過ごしてきたか、よく覚えていない。

 「俺、かれこれ10分も前からお前の真正面で朝飯食ってたんだけど! 明日の式典の為に、俺ら一部の騎士は前ノリで今朝ここに到着したんだ、とか、ここの食堂うまいな、とか! めっちゃ話しかけてたんだけど!」
  
 何やら先程から周囲で『音』がすると思っていたけれど。聞き慣れた声である余り、BGMの様に自然と聞き流してしまえていた。

 「アラン……っ」

 予期せぬ親友との再会に、涙が出そうになる。

 「え? おい! どうした?」

 口元を手で覆い、うつむく俺の背中を、慌てた様子でさするアラン。

 「なに、お前具合悪いの?!」

 愛する人の元を去り、親しんだ場所と友から離れ……不慣れな土地で、正体不明の壁を、手探りで伝い歩いて。
 知らず知らずのうちに、心に黒く重い何かが蓄積されていた。

 それが、アランのお世辞にも美男とは言えない、安心感溢れる顔を見たら……たまらずに溢れ出て。

 「アラン……全てを……全てを吐き出しても……受け止めてくれるか……?」

 「いや受け止めねーよ! 普通に便所で吐けよ! 」

 相変わらずの竹馬の友は、そう言って俺の首根っこを掴み、トイレへと引きずって行った。
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