32 / 105
掟というとなんだか秘密めいて古臭いイメージ
しおりを挟む
『掟』とは――
守るべきものとして定められている事柄。
その社会の定め。決まり。
組織やグループごとの規律。法律。
「……まるで見当がつかないな……」
デスクいっぱいに広げた本とにらみ合う夜が、もう何日続いているだろう。
来月陛下にお会い出来ると知った日から、『掟』と関わりがありそうな本を、図書室から手当たり次第に借りてきたものの――。
わからない。ソレリ様がおっしゃる『掟』とは何なのか。
「なんだか最近わからない事ばかりで……ストレスが溜まるな……」
ため息を吐きながら、首元で揺れるルビーに手をやる。
騎士になった祝いにと、陛下がくださったネックレス。
今まで大切にしまっておいたけれど……ノースリーフに来た日から、身に着ける事にした。そうすれば、遠く離れている愛しい人を、近くに感じられる気がして。
「いつまで起きてるつもり? 」
眉間に皺を寄せる俺に、ジェニーが声をかけてきたのは、深夜1時頃の事。
「悪い。眠れないか? デスクのライトだけなら睡眠の妨げにはならないかと……」
「いや、あたしはいつでもどこでも寝れるタチだけどさ。ここんとこ毎晩夜更かししてるようだから気になって。何か調べ物?」
結局、俺とジェニーはルームメイトとして、この部屋を共有する事になった。
互いのベッドを壁際に寄せ、ワードローブとデスクを部屋の中央に並べて、各々のエリアを仕切る形で。
『同じ部屋でも、あんたなんかと間違いが起こる筈が無いって、証明してやる』
という、ジェニーの希望に沿った結果だった。
「あぁまぁ、そんな所だ」
はっきりしない返事を返す俺の背後から、『ふーん』と口を尖らせたジェニーが、デスク上の本を覗き込む。
「なになに? “ノースリーフ騎士団の規律と記録”、“王室の歴史”、“国家の司法”……一体何を調べてんのよ」
何の『掟』が俺と陛下の恋路を邪魔しているのか、を調べている。なんて、彼女には言えない。
「ここの騎士団の事を、改めて勉強しておこうと思ってな」
「ふーん。あんた訓練学校時代、首席だったんだって? やっぱそういう奴って日頃からちゃんとやってんのよね~。剣も腕もすんごいって、訓練でやりあった騎士が言ってたわ。これで性格に難が無ければ、ホントに完璧な男……あ、これ懐かしい!」
自ら話の方向を急転換し『騎士団の規律と記録』の1ページを指さすジェニ―。
そこにあったのは、農作業にあたる騎士達の姿……を描いた挿絵。
「ノースリーフを農業の町にしよう! みたいな動きが始まった頃さ、王都の騎士団が視察に来たんだよね。で、実際に畑作業したりして。都会から偉い騎士様が来る~って、町中皆が大騒ぎだったなあ~」
「父だ」
「は?」
そこには、敬愛する父の姿があった。
腕をまくり、騎士服の襟のボタンを外したラフな姿のリナルド・レノックス騎士団長が、鍬を抱えて笑っている。
父はかつて、この地に来たのだ。
騎士団長だった父の日々は、いつだって多忙を極めていて……息子として寂しい想いをしていないわけでは無かった。
栄誉ある騎士団を率いる父を誇りに思う一方で、もっと多くの時間を共に過ごせたらと……唇を噛み耐えていた自分もいたのだ。
けれど……俺の知らない場所で、父は国と民の為に汗を流していた。そしてそれを、記憶してくれている人が、今自分の目の前にいる。
なんだかそれだけで、幼少期から抱えてきた苦しみが、報われた気がして……晴れ晴れとした熱いものが、胸にこみあげてきた。
「この中央にいる騎士が、父なんだ。生前、騎士団長をしていて」
「へえ~! すごいね! お父さん団長さんだったんだ! あ、じゃあ、そのネックレスもお父さんから引き継いだもの?」
「え?」
ジェニーからの思わぬ言葉に、無意識に首元のルビーに手をやる。
「だって、あんたがしてるネックレス、この絵に描かれてるやつと一緒じゃん」
挿絵の中の父の、大きく開いた首元を飾る、赤い石。細い金の鎖に留められた、小さな涙型のルビー。
シンプルなデザインのそれは、たとえ絵であっても、俺がしているネックレスと同一のものだと、判別できる。
「いや、これは父から貰ったものじゃない。父がこんなネックレスをしていたのも……見た事が……無いし……」
『これはね、お母様の形見なの』
3年前、騎士団に入団した時のローラ様のお言葉を思い返す。
ルビーを握る手に、自然と力が入った。
守るべきものとして定められている事柄。
その社会の定め。決まり。
組織やグループごとの規律。法律。
「……まるで見当がつかないな……」
デスクいっぱいに広げた本とにらみ合う夜が、もう何日続いているだろう。
来月陛下にお会い出来ると知った日から、『掟』と関わりがありそうな本を、図書室から手当たり次第に借りてきたものの――。
わからない。ソレリ様がおっしゃる『掟』とは何なのか。
「なんだか最近わからない事ばかりで……ストレスが溜まるな……」
ため息を吐きながら、首元で揺れるルビーに手をやる。
騎士になった祝いにと、陛下がくださったネックレス。
今まで大切にしまっておいたけれど……ノースリーフに来た日から、身に着ける事にした。そうすれば、遠く離れている愛しい人を、近くに感じられる気がして。
「いつまで起きてるつもり? 」
眉間に皺を寄せる俺に、ジェニーが声をかけてきたのは、深夜1時頃の事。
「悪い。眠れないか? デスクのライトだけなら睡眠の妨げにはならないかと……」
「いや、あたしはいつでもどこでも寝れるタチだけどさ。ここんとこ毎晩夜更かししてるようだから気になって。何か調べ物?」
結局、俺とジェニーはルームメイトとして、この部屋を共有する事になった。
互いのベッドを壁際に寄せ、ワードローブとデスクを部屋の中央に並べて、各々のエリアを仕切る形で。
『同じ部屋でも、あんたなんかと間違いが起こる筈が無いって、証明してやる』
という、ジェニーの希望に沿った結果だった。
「あぁまぁ、そんな所だ」
はっきりしない返事を返す俺の背後から、『ふーん』と口を尖らせたジェニーが、デスク上の本を覗き込む。
「なになに? “ノースリーフ騎士団の規律と記録”、“王室の歴史”、“国家の司法”……一体何を調べてんのよ」
何の『掟』が俺と陛下の恋路を邪魔しているのか、を調べている。なんて、彼女には言えない。
「ここの騎士団の事を、改めて勉強しておこうと思ってな」
「ふーん。あんた訓練学校時代、首席だったんだって? やっぱそういう奴って日頃からちゃんとやってんのよね~。剣も腕もすんごいって、訓練でやりあった騎士が言ってたわ。これで性格に難が無ければ、ホントに完璧な男……あ、これ懐かしい!」
自ら話の方向を急転換し『騎士団の規律と記録』の1ページを指さすジェニ―。
そこにあったのは、農作業にあたる騎士達の姿……を描いた挿絵。
「ノースリーフを農業の町にしよう! みたいな動きが始まった頃さ、王都の騎士団が視察に来たんだよね。で、実際に畑作業したりして。都会から偉い騎士様が来る~って、町中皆が大騒ぎだったなあ~」
「父だ」
「は?」
そこには、敬愛する父の姿があった。
腕をまくり、騎士服の襟のボタンを外したラフな姿のリナルド・レノックス騎士団長が、鍬を抱えて笑っている。
父はかつて、この地に来たのだ。
騎士団長だった父の日々は、いつだって多忙を極めていて……息子として寂しい想いをしていないわけでは無かった。
栄誉ある騎士団を率いる父を誇りに思う一方で、もっと多くの時間を共に過ごせたらと……唇を噛み耐えていた自分もいたのだ。
けれど……俺の知らない場所で、父は国と民の為に汗を流していた。そしてそれを、記憶してくれている人が、今自分の目の前にいる。
なんだかそれだけで、幼少期から抱えてきた苦しみが、報われた気がして……晴れ晴れとした熱いものが、胸にこみあげてきた。
「この中央にいる騎士が、父なんだ。生前、騎士団長をしていて」
「へえ~! すごいね! お父さん団長さんだったんだ! あ、じゃあ、そのネックレスもお父さんから引き継いだもの?」
「え?」
ジェニーからの思わぬ言葉に、無意識に首元のルビーに手をやる。
「だって、あんたがしてるネックレス、この絵に描かれてるやつと一緒じゃん」
挿絵の中の父の、大きく開いた首元を飾る、赤い石。細い金の鎖に留められた、小さな涙型のルビー。
シンプルなデザインのそれは、たとえ絵であっても、俺がしているネックレスと同一のものだと、判別できる。
「いや、これは父から貰ったものじゃない。父がこんなネックレスをしていたのも……見た事が……無いし……」
『これはね、お母様の形見なの』
3年前、騎士団に入団した時のローラ様のお言葉を思い返す。
ルビーを握る手に、自然と力が入った。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる