11 / 105
虫そのものより退治しようとやっきになる人間の方がよっぽど怖い
しおりを挟む
不規則な振動と、車輪の音。
馬車に揺られていると思い出す。
初めて陛下にお会いした時の事を。
10歳だった俺は、騎士団長だった父に連れられ、王室が所有する別荘に向かっていた。
王族方が毎年夏、静養の為に訪れる避暑地へ。
父としては、当時8歳だったローラ王女の遊び相手にでもなれば……と思っての事だったのだろうが。
俺は、初めて会う年下女子とどう接して良いかわからなくて。
とりあえず年上男子の威厳を見せつける為、素手でセミを捕まえてみせたのだ。ところが……
『命をオモチャにする人は嫌いです』
それが、初めて陛下から賜った言葉。
きゃー気持ち悪い! でもなく。
よく素手で触れるわね! でもない。
同年代の女子とは思えないリアクションに呆然とする俺の手から、陛下はセミをそっと取り、逃した。
その時から、陛下は俺の特別なお方になったのだ。
「陛下は幼い頃から、かように慈悲深く、立派なお方だった。あなたはそんな尊いお方を殺めようとしたのです」
向かいで俯いたままのエレナ嬢に、そのエピソードを聞かせてやった。
陛下の素晴らしいお人柄を伝え、愚行を悔い改めさせる為に。
勿論、俺が恋に落ちたくだりは省略したが。
あのチャラ男だけでなく、女性達からの不動の人気を誇る俺までも陛下に夢中とあらば、エレナ嬢の嫉妬の炎に油を注ぎかねないから。
「しかし、陛下はそんなあなたにさえ、情けをかけようとしている。未来ある少女の処刑を、あの方は望んでおられません。なんとかこの件を丸く収めるようにと命じられ、私は今ここにいるのです」
膝に置いた手を、固く握りしめる可憐な謀反者。
「わかりますか? 神の啓示を受ける為、常に正しくあろうとしているあの方が、あなたの罪をもみ消そうとされているのです。これがどれ程覚悟のいる事かご理解頂きたい」
これだけ懸命に訴えかけても、エレナ嬢は沈黙したまま。
謝罪の言葉一つない。
イライラしてきた。
こんな小娘のせいで、陛下がお心を痛めていると思うと。
「少しはあの方のお気持ちを考えたらいかがです!? 日々祖国の為、民の為に身を削り励まれているのに……慈しんでいる民から命を狙われて! 」
びくりと肩を揺らし、顔を上げるエレナ嬢。
突然強い口調で責める俺に、驚いたようだった。
「陛下は名君だが、俺やあなたとさして歳の変わらない人間だ! 嫌な事があれば落ち込む! 憎まれれば傷つく! 子供の頃、髪を切った陛下に、長い方がよかったと俺が言った時も、泣きそうな顔をして一週間口をきいてくれなかっ」
「うるっっっさい!!!! 自分が一番、ローラ様を知ってるような口ぶりしちゃって!!!」
まるで爆竹のように、前触れなく怒りを弾け飛ばす彼女に、今度は俺の方が驚いてしまった。
「この勘違い野郎が!! 私が陛下を傷つけるようなマネするわけないでしょ!? あぁもっと小ぶりな花瓶だったら、確実にあんたの頭をカチ割ってやれたのに!!」
「え? ちょ……?」
まさか。
陛下のおっしゃった『ベタな展開』とは異なる話の流れ。
俺はらしくもなく、戸惑いに目を瞬かせた。
「私が狙ったのは、ローラ様の周りをうっとおしく飛び回る小蝿!! つまりあんたよ!!」
馬車に揺られていると思い出す。
初めて陛下にお会いした時の事を。
10歳だった俺は、騎士団長だった父に連れられ、王室が所有する別荘に向かっていた。
王族方が毎年夏、静養の為に訪れる避暑地へ。
父としては、当時8歳だったローラ王女の遊び相手にでもなれば……と思っての事だったのだろうが。
俺は、初めて会う年下女子とどう接して良いかわからなくて。
とりあえず年上男子の威厳を見せつける為、素手でセミを捕まえてみせたのだ。ところが……
『命をオモチャにする人は嫌いです』
それが、初めて陛下から賜った言葉。
きゃー気持ち悪い! でもなく。
よく素手で触れるわね! でもない。
同年代の女子とは思えないリアクションに呆然とする俺の手から、陛下はセミをそっと取り、逃した。
その時から、陛下は俺の特別なお方になったのだ。
「陛下は幼い頃から、かように慈悲深く、立派なお方だった。あなたはそんな尊いお方を殺めようとしたのです」
向かいで俯いたままのエレナ嬢に、そのエピソードを聞かせてやった。
陛下の素晴らしいお人柄を伝え、愚行を悔い改めさせる為に。
勿論、俺が恋に落ちたくだりは省略したが。
あのチャラ男だけでなく、女性達からの不動の人気を誇る俺までも陛下に夢中とあらば、エレナ嬢の嫉妬の炎に油を注ぎかねないから。
「しかし、陛下はそんなあなたにさえ、情けをかけようとしている。未来ある少女の処刑を、あの方は望んでおられません。なんとかこの件を丸く収めるようにと命じられ、私は今ここにいるのです」
膝に置いた手を、固く握りしめる可憐な謀反者。
「わかりますか? 神の啓示を受ける為、常に正しくあろうとしているあの方が、あなたの罪をもみ消そうとされているのです。これがどれ程覚悟のいる事かご理解頂きたい」
これだけ懸命に訴えかけても、エレナ嬢は沈黙したまま。
謝罪の言葉一つない。
イライラしてきた。
こんな小娘のせいで、陛下がお心を痛めていると思うと。
「少しはあの方のお気持ちを考えたらいかがです!? 日々祖国の為、民の為に身を削り励まれているのに……慈しんでいる民から命を狙われて! 」
びくりと肩を揺らし、顔を上げるエレナ嬢。
突然強い口調で責める俺に、驚いたようだった。
「陛下は名君だが、俺やあなたとさして歳の変わらない人間だ! 嫌な事があれば落ち込む! 憎まれれば傷つく! 子供の頃、髪を切った陛下に、長い方がよかったと俺が言った時も、泣きそうな顔をして一週間口をきいてくれなかっ」
「うるっっっさい!!!! 自分が一番、ローラ様を知ってるような口ぶりしちゃって!!!」
まるで爆竹のように、前触れなく怒りを弾け飛ばす彼女に、今度は俺の方が驚いてしまった。
「この勘違い野郎が!! 私が陛下を傷つけるようなマネするわけないでしょ!? あぁもっと小ぶりな花瓶だったら、確実にあんたの頭をカチ割ってやれたのに!!」
「え? ちょ……?」
まさか。
陛下のおっしゃった『ベタな展開』とは異なる話の流れ。
俺はらしくもなく、戸惑いに目を瞬かせた。
「私が狙ったのは、ローラ様の周りをうっとおしく飛び回る小蝿!! つまりあんたよ!!」
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる