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240.全ての祖父母が孫にデレデレするわけじゃないのでデレデレされてたら感謝をしよう

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 「仁ちゃんてさ、ホントにママの事好きだよね」

 エレベーターを待ちながら、ニヤニヤする夢子。

 「そうだな。好きだな。死ぬ程」

 「うける。娘にソレ言っちゃうんだもんな~。昔結婚してた事だって、普通は隠すよ?」

 この笑顔は、おもしろがってるのか呆れてるのか。いやその両方か?

 「あのな、何度も言うようだけど。唯は俺の出世の為に籍をいれてくれただけなの。だから、子供達に隠さなきゃいけないような関係じゃなかったんだよ。それで蓮さんや唯と達とも話し合って、伝える事にした」

 「うん、何度も聞いたよ。二人の結婚は形式だけのもので、ママが好きなのはずーっとパパだった……でしょ? でも仁ちゃんはずーっとママが好きだったんだよね?」

 「片思いなら、自由だろ」

 「メンタル鋼だわ~。普通は好きな人の旦那と娘なんて、絶対絡みたく無い存在じゃん」

 「さっきから普通普通って……そういう考え方、嫌いなんじゃなかったのか?」

 「いやいや。私、言うても思春期よ? 周りの友達を見て、比べて、何が普通……つまり多数派なのか。自分が集団の中で、どこに位置して、そういう役回りがあるのか。そういうのを敏感に察知する繊細な年頃なわけ」

 繊細なお嬢ちゃんは、そもそも母親の元夫をいじったりしねぇよ。
 と、ツッコミたい気持ちは山々だが。やめておこう。この小生意気な感じは、俺にも責任があるから。

 「それに、私って亜種の子供じゃん? 多分ママの時代程は風当り強くないんだろうけど……やっぱりバレたらめんどいんだろうな~とは思ってるんだよね。だからこう見えて、まわりの目は気にしてる方なのさ」

 「……そか」

 そう。時代は変わりつつある。『亜種への偏見差別はなくすべき』という方向に。でもまだ、完璧じゃない。

 「万一バレて、悪意を向けて来る奴がいても、夢子は俺が守るから。……って言っても、夢子には俺なんかより強力な親衛隊がついてるだろうけどさ」

 なにせこの子のバックボーンは屈強すぎるし。

 「それでも嬉しいよ。ありがとー。でも仁ちゃんがそこまで私の事大事にしてくれるのって、私が愛する唯の娘だからでしょ? そう思うとちょっと寂しーんだよね」

 「……それだけじゃねぇよ」

 ポン、と夢子の頭に手をのせる。
 この前まで、かがまないと手も繋げない位ちっこかったのに。今はもう唯よりも背が高い。 
 
 「夢ちゃ~んっ! じいじが来たよ~!」

 キ! とタイヤの擦れる音と共に現れた、黒塗りの車。
 その後部座席の窓を開けて、顔を出す親父の鼻の下は……使い古したパンツかっつー位、伸びきっている。

 「おじーちゃん! 車だけじゃなくておじーちゃんも来たんだ?」

 運転士が扉を開けるのを待たず、自ら親父の隣に乗り込む夢。

 「そ~だよ~! 夢ちゃん、お腹空いてない? 塾って夜遅くまででしょ? じいじとご飯でも食べようか?」

 「ん~でもあんまり時間無いしな~。遅刻したらママに怒られちゃうし」

 「大丈夫! ママには内緒にするから! じいじのオススメの店、予約してあるんだ! 行こう行こう!」

 「しょ~がないな~。あ、仁ちゃんそういうわけでママにはシーでよろしく! 行ってきま~すっ」

 人差し指を口元に立てる夢に、手を振る。

 「親父があそこまで孫バカになるとは……」

 クソ忙しいくせに。孫娘との時間を作り出す為に、四苦八苦している姿が想像できる。

 「でもまぁ……孫を抱かせてやれてよかった、って喜ぶべきなんだろうな? 唯?」

 言いながら、チラっと後ろを振り返る。
 すると、エントランスの柱の影から、唯がヒョコっと顔を出して。

 「バレバレだった……?」

 「うん。この前、親父が夢に貢ぎまくってるって、心配してただろ?」

 「そうなんだよ……ブランド物のお洋服とか、お高いレストランのフルコースとか。中学生にはふさわしくないよって、お父さんには言ってるんだけど……」

 心配そうな顔で、俺の隣までトコトコ歩いて来て、一緒に夢の乗った車を見つめる。

 「ごく一般的な金銭感覚を身につけて欲しい……ってのが、唯達の教育方針だもんな?」

 「うん……でも、そもそも蓮ちゃんが出来てないんだけどね。先週だって、十万円以上するローファーを買ってあげてたし」

 「ローファー……は、まぁ、いいんじゃねえの。学用品だし」

 「だって、ダメになったわけじゃないんだよ? 去年の春に……中等部の入学式の時に買ったばっかりだもん。なのに”微妙に色が違うの~気分によって履き変えたいの~”とか言って。しかも、そんなに高いの買わなくても、1万円以下で十分良いのがあるのにさ」

 「ん~、でも靴はなぁ……それなりの物の方がいいと思うけど」

 腕を組んで首をひねる俺に、唯はため息を吐いた。

 「それ、お金持ちの人が良く言うよね。ブランドのお店の店員さんも、靴を見てお客さんを品定めしているって聞くし。でも私はやっぱり、履きやすくて丈夫なら、お安い物がいいなって思っちゃうけど」

 そんな唯の本日の靴は、ローヒールのパンプス。
 トウの部分が柔らかなニット素材で出来ているから、足も痛くならないし、気軽に洗えて良い。と言っていたのは、もう何年も前の話だ。

 「好きだわー。安くて良い物を見つけるのも、それが長持ちするようにまめに手入れをするのも、簡単じゃねえじゃん? それを自然と出来ちゃう唯、マジで好きだわー」

 「ちょちょ、仁ちゃん、やめてよ、恥ずかしいよ」

 ほんのり紅潮した頬を隠すように俯く姿が、また一段と可愛い。

 アスカを辞めて、蓮さんの会社で一緒に働くようになってもう14年。

 その間ずっと好き好き攻撃をしているのに、今だにいちいち照れてくれる。

 「あ~……俺は、幸せだなぁ~。大好きな女の子が今日も元気で、近くにいてくれて。マジで幸せ」

 「女の子って……私もう、けっこうなおばちゃんだよ?」

 「歳なんて関係ねぇよ。俺にとって唯は生涯、世界で一番可愛い女の子だから」

 「リアクションに困っちゃうよ……。わかった。おだてて貰ったお礼に、コンビニおでん、ご馳走するよ」

 そう笑って、唯はジャケットのポケットから小銭入れを取り出した。

 「お、ラッキー。じゃあこの足で一緒にコンビニ行くか。あ……コートは? 取りに行かなくて平気?」

 「大丈夫、すぐそこだし」

 と言われても、俺の方は大丈夫じゃないので。自分のジャケットを脱いで、唯に羽織らせる。
 ワイシャツとベストだけになった俺を見ても、唯は『悪いからいいよ』とは言わない。

 俺の一方的な思い遣りを、きちんと受け取ってくれるようになった。
 多分、俺の為に。

 それがまた、俺を一層幸せするのだった。
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