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225.わかってる事を言われると腹が立つのはわかってないと思われてるのが悔しいからかな

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 「気にするな」

 仁ちゃんの背中を見送りながら、私の肩をポンと叩いてくれる紫苑さん。

 「ありがとうございます。でも、気にしなきゃいけないと思います。紫苑さんにも仁ちゃんにも……お仕事の邪魔をして、多大なご迷惑を」

 「かけたのは事実だが、気にするな。誰に迷惑を掛けても嫌われても、子供と蓮を優先するのがお前の義務だ。無理をしてでも気にするな。次に同じ事があっても必ず俺に連絡しろ。わかったか」

 「……はい」

 紫苑さんの圧に屈して、首を縦に振ったわけじゃない。
 本当におっしゃる通りだと思ったから。

 「でも……どうするかな。母子共に問題なかったから、蓮には連絡しないでおこうと思ってたけど……」

 そう。それが私と紫苑さんとの、内緒の約束。
 何かあっても、緊急性が低いと紫苑さんが判断したら、蓮ちゃんには伏せておく。
 じゃないと、心配性モード全開の蓮ちゃんはきっと、倒れちゃうから。

 でも、今回の件は……

 「私から伝えます。仕事でご迷惑を掛けちゃった以上、隠しておくわけにはいきませんし」

 「ああ。必要あれば俺からも説明するから、連絡をくれ」

 「はい。ありがとうございます」

 「……ショックだったか? 仁にあんな態度を取られて?」

 「え……っ」

 しまった。
 こんな反応じゃ、図星を突かれたと言ってるようなものだ。

 「お前の境遇には同情の余地がある。でもそれは、蓮を悲しませていい理由にはならない」

 「わ、わかってます。大丈夫ですっ」

 「言ってくれると思ったか? 仕事の事なんか気にするな。お前と赤ん坊の命が最優先だ、って? 今、お前にそう言ってくれるのは仁じゃない、蓮だ」

 「わかってます」

 「悲劇のヒロインな自分に酔いそうになったら、蓮の気持ちを想像してみろ。他の男の子供を孕んだ女を、子供ごと受け入れるだなんて、そう簡単な事じゃ」

 「わかってますから!!」

 静かな院内の廊下に響く、ヒステリックな声。
 驚いたように目を見開く紫苑さん。

 「唯子……」

 「ごめんなさい……今日はありがとうございました。失礼します」

 早口で挨拶をして、私はその場を立ち去った。

 驚いたのは、あの紫苑さん相手に逆ギレしてしまった事じゃ無い。

 逆ギレしてしまうほどに、仁ちゃんの気持ちがもう私には無い事が辛いという、事実に。だった。
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