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221.元夫は見た

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 家政婦は、見た。
 ならぬ、元夫は見た。

 「なので、私もう3年も彼氏がいなくてですね……」

 「そうなんだ。でも、いなきゃいけないものじゃないと思うし、今の生活が充実してるなら、いいんじゃないかな?」

 外回りの合間に立ち寄った喫茶店で突如、真後ろの席に蓮さんと七瀬さんがやってきた。
 どうやら二人も、外回り後に一息つこうと入店したよう。
 初めは仕事の話をしていたのに、気が付くと七瀬さんの人生&恋愛相談みたいになってて。

 俺の席と蓮さんの席はどちらも4名用のテーブル席。ソファーが背中合わせに設置されて、その間には仕切りがあり、目線の高さには植物が置かれている。
 だから、その隙間からジロジロ見ない限り、俺が後ろにいる事はばれない……んだけど。念の為、身をかがめながら、背後に聞き耳を立てる。

 「あの……仁さん?」

 「っし!」

 そんな俺に、怪訝そうな視線を向ける斎藤。

 「どうして隠れるんです? もう蓮さんとは友好な関係に戻っていると仰ってましたよね?」

 「そうなんだけど……っ、ちょ、お前もこっち来い!」

 小声で訊ねて来る斎藤に、更に小さなウィスパーボイスで応じ、俺の隣を指さす。
 斎藤は渋々、と言った様子でこちら側に移動してくれた。

 「一体なんなんです?」

 「いいから、蓮さんと相手の女の会話、聞いててみ?」

 俺に促され、斎藤も後ろの席に耳を傾ける。

 「で、でも同い年の唯子さんはもう結婚もしていて、もうすぐ出産……そう思うと、気持ちが焦ってしまって。あっ、私なんかと唯子さんを比べるのはおこがましいとは思うんですがっ」

 「そんな風に自分を卑下するのはよくないよ。唯もそうなんだけど……自分で思ってるより、七瀬さんはずっと魅力的な人なんだから」

 七瀬さんと蓮さんの会話を聞いて、眉間に皺を寄せる斎藤。

 「ん? お相手の女性、唯さんでは無かったですよね? なんだか話し方が似て……」

 「いいから、黙って聞いてろっ」

 斎藤の疑問をねじ伏せて、再び傾聴。

 「そんな事ないですっ。だって……例えば蓮さんがフリーだったら、私みたいなの、無し……でしょう?」

 「俺はそんな、女性をアリとか無しとか言える立場じゃないよ」

 「正直に言ってくださいっ。私、見た目も地味だし、気が弱くていつもオドオドして、嫌でも断れないし……美琴ちゃんにも、良い子過ぎて損してるってよく怒られて……。だから、こんな自分が大嫌いなんです。私なんかには、良い相手は見つからないんじゃないかって、不安で……」

 「本当に自分が嫌いで不安な女は、アリ無しなんか聞かねぇわ……」

 思わず、呟く。

 「うーん……たとえば俺がアリ、と言っても、その不安は解消されないんじゃないかな」

 「そんな事ないです! 蓮さんみたいに、かっこよくて優しくて、完璧な男性に肯定して貰えたら、それだけで私……っ」

 「だとしたら、人に肯定されないと不安ていうのが、七瀬さんが抱えてる問題の本質なんじゃないかな?」

 すがるような七瀬さんのお願いも、バッサリと切り捨てる蓮さん。

 「たとえば……嫌でも断れないっていうのも、自分が相手や周りに嫌われたくないから断れないっていうのであれば、勇気を出して断った方がいいと思う。無理して好意を得ても、それをずっと続けていくのって精神的に辛いと思うし」

 「え……あ……でも、唯子さんも割とそうじゃないですか? ノーと言えないタイプっていうか」

 「唯の場合は、嫌われたくないから、とかじゃないんだよ。自分にとっては嫌で面倒な事でも、相手の役に立ちたいって気持ちが勝つんだと思う。それで喜んでもらえたら自分も嬉しいから、ストレスが溜まりにくいんじゃないかな」

 「わ、私もそうですよ!? 役に立ちたい、喜んでほしいっていう気持ちはちゃんとベースにあって……っ」

 「ああ、もう……」

 蓮さん、下手くそか。七瀬さん、ムキになってんじゃん。そんな言い方したら、火に油だってわかんねえかな。
 唯の天使さについての分析には激しく同意だけど……ああいやいや、唯の事とか、もうどうでもいいんだけど。

 「そうか、的外れな事を言ってごめん。やっぱり、七瀬さんも優しい人なんだね。焦らなくても良いご縁があると思うけどな」

 「……ありがとう、ございます」

 違うって。七瀬さんが欲しいのは良いご縁じゃなくて、蓮さんとの縁なんだって。
 あ、それともわざと? 
 七瀬さんにロックオンされてる事に気付いた上で、あえて唯推しを強調しつつ、受け流す為に?
 
 「なんだか……蓮さんは女性のあしらい方がお上手なのか下手なのか……」

 どうやら斎藤も、俺と同じ感想を抱いたらしい。

 「だな。でもやっぱお前も感じたよな? てか相手の女、蓮さん狙ってるよな? 俺の歴代のアシも、ああいうロックオンビーム出してたから、よくわかるんだ」

 「消音機付きのライフルで、照準を合わせられるかんじですね」

 「そう。赤いライトが顔の近くをチラチラ……すげーうっとおしいんだよアレ」

 「……すいません、今更なんですがお相手の女性は蓮さんとはどういう……?」

 斎藤が首を傾げたタイミングで、聞こえて来た、バイブ音。
 すぐにスマホを手に取ったのは、蓮さんだった。

 「唯からだ。ごめん七瀬さん、ちょっと外に出る」

 「大丈夫ですっ、どうぞどうぞっ」

 「もしもし? どうした?」

 返事をする七瀬さんの方は見向きもせず、通話をしながら出口に直行する蓮さん。

 「相変わらず、蓮さんは唯さんにしか関心が無いようですね。こんな様をまざまざと見せつけられたら、あの女性も早々に手を引くのではないでしょうか?」

 「いや……それがかえって闘争心に火をつけるってこともあるんじゃねえの……。唯、大丈夫かな……」

 と、言い終えた所でハッと口に手を当てても後の祭り。

 「仁さん……」

 「いや、違う、今のは無し。俺はもう大丈夫だから。唯の事は卒業したし、心配とかしねぇし、どうなろうが知ったこっちゃねえから」

 なんて言いつつも……俺は観葉植物の葉の隙間から、一人残された七瀬さんの様子を観察してしまった。

 蓮さんがいなくなった途端、足を組んでタバコの一つでもくわえてくれれば、わかりやすい悪女なんだけど。
 七瀬さんは、細い肩を縮こまらせて、泣き出しそうな顔で俯いている。

 その姿から、蓮さんへの本気度を感じて……俺の胸はザワザワと落ち着きを失くすのだった。
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