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220.良い人なら好きになれるというわけでもない
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新しく入った事務員、星七瀬さんは、とても良い人だった。
「唯子さんっ。重たい物は持たないほうが……っ、それは私がやっておきますので!」
「あ、ありがとうございますっ」
書類や荷物を運ぼうとすると、すかさず代わってくれるし。
「ええとですね……文章の端を揃えたい時は、スペースで調節するのではなく、ここをクリックして……」
「わぁすごい! ありがとうございますっ」
パソコン操作もお得意のようで、色々な事を教えてくれるし。
「蓮さん、差支えなければ外回りには私がご一緒してもいいですか? お得意様にはご挨拶をさせて頂きたくて。唯子さんが産休に入られたら、主な窓口は私になるわけですし。それに、今日は気温が高いです。お腹の大きな唯子さんが外を歩き回るのはご負担ではないでしょうか?」
そして気遣いだけでなくお仕事も出来る。
ふんわり穏やかな雰囲気にそぐわず、彼女の働きぶりはキレキレで。
初めて会った時『あれ? 私と似てる?』なんて思ってしまったのが申し訳なく、恥ずかしい位。
「お気遣いありがとうございます。でも私は大丈」
「そうですね。じゃあ七瀬さん、お願いしていいかな?」
「はいっ、勿論ですっ。タクシー手配しておきますねっ」
もう、悪い所が見つからない。本当に良い人が来てくれてよかった。
そう思っているのは、確かなんだけど。
「じゃ、じゃあすいませんが、よろしくお願いします。蓮ちゃん、私他に何かやっておくことあるかな?」
「ん? ええと……じゃあ、先週分の業務報告書を」
「それでしたら、すでにまとめて蓮さんのPCに送ってありますっ」
う……っ。
出来すぎさんな七瀬さんの報告。少しばかり、胸がザワついてしまう。
「そうなんだ、ありがとう七瀬さん。じゃあ唯は……ゆっくりしてて?」
「そういうわけには……七瀬さんばっかにお仕事を任せちゃって……」
「唯子さんっ。さしでがましいようですが、妊婦さんは、しっかり休憩するのもお仕事だと思いますっ。私の事なんかお気遣い不要ですので、お茶でも飲んでいて下さい」
「……はい。ありがとうございます」
そこまで言って頂いちゃうと……そう答えるしかないよね。
せめて、と、ハンガーにかかっていた蓮ちゃんのジャケットを取って、羽織るお手伝いをする。
「ありがとう。何かあったらすぐに連絡して。黒ずくめさん達も、外に控えてるし」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
「いってきます。それじゃあね、いってくるよ~」
私のお腹を撫でながら、改めて出発の挨拶をする蓮ちゃん。
最近は外側からでもわかる位、胎動も強くなってきたから、話しかけるのが楽しいみたい。返事をしてくれているように感じるのかな。
すると、そんな蓮ちゃんを見ていた七瀬さんがにっこりと笑って。
「ふふ、本当にお二人は仲良しですよね。理想の夫婦っていうか……羨ましいですっ」
「そうだね、本当に幸せだね。こんなに素敵な奥さんと結婚できた上に、子供まで授かって」
「そ、それはこちらこそだけど……でもやめよう蓮ちゃんっ。今お仕事中だし」
事務員さんの前で社長夫妻がのろけ合うのはいかがなものか。七瀬さんもいい気持ちはしないだろうし。
「あ、そうだね。すいません七瀬さん。ずっと二人きりだったもので、つい」
「いえいえ私は全然っ。ご馳走さまですっ。それでは、行ってまいります!」
嫌味の無い笑顔を置き土産に、七瀬さんはオフィスを出て行った。蓮ちゃんと、一緒に。
……やっぱり優しい。気配りも仕事も出来る。素敵な人……なんだけど。
扉の陰から、エレベーターホールにいる二人を覗き見る。
「本当に唯子さんが羨ましいですっ。私も蓮さんみたいに素敵な人とご縁があるといいんですけど……」
「七瀬さんなら、引く手あまたじゃないかな? 優しくて可愛らしくて仕事も出来て……あ、ごめん、こんな事言ったらセクハラだね」
「全然ですっ。蓮さんにそう言って貰えて嬉しいですっ」
嬉しそうに蓮ちゃんの腕にさりげなくタッチする、七瀬さん。
ザワザワザワ……。
「うん、大丈夫。嫌な事を考えちゃうのは、ホルモンのせいかもだよね。お茶でも飲んで、すっきりしよう」
お腹を撫でながら話しかける。
すると、勢いのよいキックが返って来て……。
『痛いよ~』と幸せな苦情を口にしながら、私はルイボスティーを淹れるのだった。
「唯子さんっ。重たい物は持たないほうが……っ、それは私がやっておきますので!」
「あ、ありがとうございますっ」
書類や荷物を運ぼうとすると、すかさず代わってくれるし。
「ええとですね……文章の端を揃えたい時は、スペースで調節するのではなく、ここをクリックして……」
「わぁすごい! ありがとうございますっ」
パソコン操作もお得意のようで、色々な事を教えてくれるし。
「蓮さん、差支えなければ外回りには私がご一緒してもいいですか? お得意様にはご挨拶をさせて頂きたくて。唯子さんが産休に入られたら、主な窓口は私になるわけですし。それに、今日は気温が高いです。お腹の大きな唯子さんが外を歩き回るのはご負担ではないでしょうか?」
そして気遣いだけでなくお仕事も出来る。
ふんわり穏やかな雰囲気にそぐわず、彼女の働きぶりはキレキレで。
初めて会った時『あれ? 私と似てる?』なんて思ってしまったのが申し訳なく、恥ずかしい位。
「お気遣いありがとうございます。でも私は大丈」
「そうですね。じゃあ七瀬さん、お願いしていいかな?」
「はいっ、勿論ですっ。タクシー手配しておきますねっ」
もう、悪い所が見つからない。本当に良い人が来てくれてよかった。
そう思っているのは、確かなんだけど。
「じゃ、じゃあすいませんが、よろしくお願いします。蓮ちゃん、私他に何かやっておくことあるかな?」
「ん? ええと……じゃあ、先週分の業務報告書を」
「それでしたら、すでにまとめて蓮さんのPCに送ってありますっ」
う……っ。
出来すぎさんな七瀬さんの報告。少しばかり、胸がザワついてしまう。
「そうなんだ、ありがとう七瀬さん。じゃあ唯は……ゆっくりしてて?」
「そういうわけには……七瀬さんばっかにお仕事を任せちゃって……」
「唯子さんっ。さしでがましいようですが、妊婦さんは、しっかり休憩するのもお仕事だと思いますっ。私の事なんかお気遣い不要ですので、お茶でも飲んでいて下さい」
「……はい。ありがとうございます」
そこまで言って頂いちゃうと……そう答えるしかないよね。
せめて、と、ハンガーにかかっていた蓮ちゃんのジャケットを取って、羽織るお手伝いをする。
「ありがとう。何かあったらすぐに連絡して。黒ずくめさん達も、外に控えてるし」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
「いってきます。それじゃあね、いってくるよ~」
私のお腹を撫でながら、改めて出発の挨拶をする蓮ちゃん。
最近は外側からでもわかる位、胎動も強くなってきたから、話しかけるのが楽しいみたい。返事をしてくれているように感じるのかな。
すると、そんな蓮ちゃんを見ていた七瀬さんがにっこりと笑って。
「ふふ、本当にお二人は仲良しですよね。理想の夫婦っていうか……羨ましいですっ」
「そうだね、本当に幸せだね。こんなに素敵な奥さんと結婚できた上に、子供まで授かって」
「そ、それはこちらこそだけど……でもやめよう蓮ちゃんっ。今お仕事中だし」
事務員さんの前で社長夫妻がのろけ合うのはいかがなものか。七瀬さんもいい気持ちはしないだろうし。
「あ、そうだね。すいません七瀬さん。ずっと二人きりだったもので、つい」
「いえいえ私は全然っ。ご馳走さまですっ。それでは、行ってまいります!」
嫌味の無い笑顔を置き土産に、七瀬さんはオフィスを出て行った。蓮ちゃんと、一緒に。
……やっぱり優しい。気配りも仕事も出来る。素敵な人……なんだけど。
扉の陰から、エレベーターホールにいる二人を覗き見る。
「本当に唯子さんが羨ましいですっ。私も蓮さんみたいに素敵な人とご縁があるといいんですけど……」
「七瀬さんなら、引く手あまたじゃないかな? 優しくて可愛らしくて仕事も出来て……あ、ごめん、こんな事言ったらセクハラだね」
「全然ですっ。蓮さんにそう言って貰えて嬉しいですっ」
嬉しそうに蓮ちゃんの腕にさりげなくタッチする、七瀬さん。
ザワザワザワ……。
「うん、大丈夫。嫌な事を考えちゃうのは、ホルモンのせいかもだよね。お茶でも飲んで、すっきりしよう」
お腹を撫でながら話しかける。
すると、勢いのよいキックが返って来て……。
『痛いよ~』と幸せな苦情を口にしながら、私はルイボスティーを淹れるのだった。
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