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216.キレッキレな時ほど、要注意
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「最近の仁はキレッキレだな!」
と、課長に褒められ。
「チーフになってから勢いすごいわね? このままだと、あっという間に抜かされそう……」
なんて、岡崎さんから恐れられ。
「なんか最近の仁、活き活きしてる!」
そう、美琴にも喜ばれて……俺は現在、調子に乗っている。
というか、調子がいいんだ。かつてなく。
ただ……
それでも、どうしても俺の仕事ぶりを褒めてくれない人もいて。
「……と。ここまでが年内のスケジュールですね。業務内容についてご質問はありますか、紫苑さん?」
「……仁が持ってくるのは、金持ち病人相手の仕事ばっかりだな」
派遣先の病院の、職員食堂にて。
渡した資料に視線を落としながら、ため息を吐く紫苑さん。
もうじき五月。この人と契約をしてから3か月が経とうとしている。
互いにファーストネームで呼び合う仲になったのに(って言っても、俺は社内の飛鳥苗字ルールゆえ、紫苑さんはサトウという多い苗字ゆえだけど)、俺が持ってくる仕事を、快く引き受けてくれた事は一度も無い。
「やはりアスクレピオスを雇う方は、富裕層が多いので。ご納得頂けないのであれば、断っておきます」
「……やるよ」
かといって、絶対に断りはしない。
でも……明らかに不満気に引き受けられるのも、いい気持ちではないわけで。
「紫苑さん。契約の際、仕事の内容については特に希望無しという事でしたが……そろそろ本音をおっしゃって頂けませんか」
「おっしゃって頂いた所で、お前にはどうにも出来ないだろう。仕事を取って来てるのは人材派遣部の担当者なんだから」
そうなんだけど。スカウトマンの仕事はスカウトであって、契約を結んだ後の仕事の割り振りは人材派遣部医療課の担当者の仕事なわけで。
でも紫苑さんはアスカに大金を落とすVIP派遣社員であり、いつ逃げれられるとも知れない所属契約の相手だから……取り扱いは慎重に。という理由で、今でも直接のやりとりは俺が担当しているんだが。
「出来る事があるかもしれません。私には責任があります。紫苑さんをスカウトした者として、気持ちよく働いて頂けるよう最善を尽くす責任が」
「……蓮の女を横取りした奴に、ワガママをきいてもらうのはしゃくだ」
またそれかよ。
ファーストネームで呼び合う仲になっても、詰まらない距離。
この人は蓮さんの幼馴染であり親友。
『蓮兄の苦労を全部知ってる分、唯さんを奪った仁君への恨みが半端ないんですよね~多分』とは、契約後に聞いた凛の言葉だけど。
「紫苑さん。その辺はいい加減、公私混同しないで頂けませんか。親友の仇だからとふさぎ込まれたんじゃ、万全なサポートもかないませ」
チャラリラ~リラ~。
俺の言葉を遮るように鳴る、医療用PHSの着信音。何だっけこの曲? 懐メロJ-POP? この曲に会話を邪魔されるのも慣れたものだけど、曲のタイトルが出てこない。
「とにかく、仕事はそれでいいから。あ、これ食っといてくれ。じゃあな――もしもし。ああ、今行く」
「あ、ちょ……」
それだけ言うと、紫苑さんはPHSを耳に当てながら、速足で立ち去ってしまった。
「なんだよもう……」
向かいの席に置かれた、焼き鮭定食を見つめる。紫苑さんが注文したものだが、全く手を付けずに行ってしまった。
「……仕方ねぇな」
一人呟いて、トレーを自分の方に寄せる。ちょうど昼飯まだだったし。フードロス問題もあるし。
「なんか、なつかし……」
久しぶりに、唯との暮らしを想い出す
焼き鮭は、朝食によく出してくれた。
もう唯を想うのはやめよう。そう決めたのも3ヶ月前の事。
その後の俺は、すこぶる調子が良かった。
思考の大部分を占めていたものが突然消え、余白だらけになった心には平穏と余裕しかなくて。
仕事にもプライベートにも、丁寧に向き合うことができた。
その結果、仕事では次々と優良血統種のスカウトに成功。史上最年少チーフとして、上々のスタートを切った。
プライベートでは一輝とは勿論、疎遠だった友人達と交流も持てているし、美琴とも癒し合い、高め合う良い関係を育めている。
「……うん。これでよかったんだよな」
半年前までは想像すら出来なかった『唯無しの人生』。
けれど俺は今の所順調に、人生をやり直せていた。
と、課長に褒められ。
「チーフになってから勢いすごいわね? このままだと、あっという間に抜かされそう……」
なんて、岡崎さんから恐れられ。
「なんか最近の仁、活き活きしてる!」
そう、美琴にも喜ばれて……俺は現在、調子に乗っている。
というか、調子がいいんだ。かつてなく。
ただ……
それでも、どうしても俺の仕事ぶりを褒めてくれない人もいて。
「……と。ここまでが年内のスケジュールですね。業務内容についてご質問はありますか、紫苑さん?」
「……仁が持ってくるのは、金持ち病人相手の仕事ばっかりだな」
派遣先の病院の、職員食堂にて。
渡した資料に視線を落としながら、ため息を吐く紫苑さん。
もうじき五月。この人と契約をしてから3か月が経とうとしている。
互いにファーストネームで呼び合う仲になったのに(って言っても、俺は社内の飛鳥苗字ルールゆえ、紫苑さんはサトウという多い苗字ゆえだけど)、俺が持ってくる仕事を、快く引き受けてくれた事は一度も無い。
「やはりアスクレピオスを雇う方は、富裕層が多いので。ご納得頂けないのであれば、断っておきます」
「……やるよ」
かといって、絶対に断りはしない。
でも……明らかに不満気に引き受けられるのも、いい気持ちではないわけで。
「紫苑さん。契約の際、仕事の内容については特に希望無しという事でしたが……そろそろ本音をおっしゃって頂けませんか」
「おっしゃって頂いた所で、お前にはどうにも出来ないだろう。仕事を取って来てるのは人材派遣部の担当者なんだから」
そうなんだけど。スカウトマンの仕事はスカウトであって、契約を結んだ後の仕事の割り振りは人材派遣部医療課の担当者の仕事なわけで。
でも紫苑さんはアスカに大金を落とすVIP派遣社員であり、いつ逃げれられるとも知れない所属契約の相手だから……取り扱いは慎重に。という理由で、今でも直接のやりとりは俺が担当しているんだが。
「出来る事があるかもしれません。私には責任があります。紫苑さんをスカウトした者として、気持ちよく働いて頂けるよう最善を尽くす責任が」
「……蓮の女を横取りした奴に、ワガママをきいてもらうのはしゃくだ」
またそれかよ。
ファーストネームで呼び合う仲になっても、詰まらない距離。
この人は蓮さんの幼馴染であり親友。
『蓮兄の苦労を全部知ってる分、唯さんを奪った仁君への恨みが半端ないんですよね~多分』とは、契約後に聞いた凛の言葉だけど。
「紫苑さん。その辺はいい加減、公私混同しないで頂けませんか。親友の仇だからとふさぎ込まれたんじゃ、万全なサポートもかないませ」
チャラリラ~リラ~。
俺の言葉を遮るように鳴る、医療用PHSの着信音。何だっけこの曲? 懐メロJ-POP? この曲に会話を邪魔されるのも慣れたものだけど、曲のタイトルが出てこない。
「とにかく、仕事はそれでいいから。あ、これ食っといてくれ。じゃあな――もしもし。ああ、今行く」
「あ、ちょ……」
それだけ言うと、紫苑さんはPHSを耳に当てながら、速足で立ち去ってしまった。
「なんだよもう……」
向かいの席に置かれた、焼き鮭定食を見つめる。紫苑さんが注文したものだが、全く手を付けずに行ってしまった。
「……仕方ねぇな」
一人呟いて、トレーを自分の方に寄せる。ちょうど昼飯まだだったし。フードロス問題もあるし。
「なんか、なつかし……」
久しぶりに、唯との暮らしを想い出す
焼き鮭は、朝食によく出してくれた。
もう唯を想うのはやめよう。そう決めたのも3ヶ月前の事。
その後の俺は、すこぶる調子が良かった。
思考の大部分を占めていたものが突然消え、余白だらけになった心には平穏と余裕しかなくて。
仕事にもプライベートにも、丁寧に向き合うことができた。
その結果、仕事では次々と優良血統種のスカウトに成功。史上最年少チーフとして、上々のスタートを切った。
プライベートでは一輝とは勿論、疎遠だった友人達と交流も持てているし、美琴とも癒し合い、高め合う良い関係を育めている。
「……うん。これでよかったんだよな」
半年前までは想像すら出来なかった『唯無しの人生』。
けれど俺は今の所順調に、人生をやり直せていた。
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