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208.試着室の外からお客様いかがですか~ときかれるとすごく焦っちゃう

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 「うわぁああ……っ!」

 ウエディングドレス姿の斎藤さんが美しすぎて……思わず、変な声をあげてしまう。

 「どうでしょうか?」

 「綺麗! 誰がどう見ても世界一の花嫁さん! ね? 唯さん?」

 「はい! 凛君のおっしゃる通り! 素晴らしく美しいです! 素敵!」

 どうかと訊かれたので、正直な感想をお伝えしたのだけれど。斎藤さんは何だか不服そう。

 「……参考になりません。さっきからどれを試着しても、お二人共同じ事をおっしゃるので」

 「あ……ごめんなさいっ。だって、どれも本当にお似合いなので」

 「ほらね? だから言ったじゃない。誰に見せても同じだって」

 そろそろウエディングドレスを決めたいのだけれど、凜君は何を着ようが褒めちぎるので、参考にならない。なので、私の意見を聞かせて貰えないか……と斎藤さんから連絡が来て、こうして式場までお邪魔したのだけれど。
 
 「お世辞とかじゃなく、全部似合うんですよ! 本当にみんな違ってみんないい、って感じで」

 「うん、唯さんに激しく同意~。プリンセスラインのゴージャスなドレスも、シンプルなマーメイドラインのドレスも、ぜ~んぶ抜群に似合ってる。だから、清香が着たいものを選べばいいんじゃないかな?」

 「そういうわけにはいかないでしょう? アスカセレスチャルグループ社長の御子息の結婚式ですよ? 親戚の方々は勿論、各界の著名人がいらっしゃるんです。家名に泥を塗らない、品位あるお式を目指さなければ」

 ドレスの裾を握りしめ、難しい顔をする斎藤さん。すごく、らしいお考えだとは思うけど。

 「じゃあ逆に教えてよ清香先輩。どういうドレスが家名に泥を塗る品位の無いドレスなの? そんなドレス、式場に置いてあると思う?」

 「それは……っ」

 「てゆーか、ここにあるもので納得がいかないなら、やっぱりフルオーダーにした方がいいんじゃない? 専属のデザイナー付けて、清香の希望通りのを一から作らせて」

 「だから、自分の希望と客観的評価の交わる部分がわからないから、悩んでいるんでしょう? 選択肢が広がる程困ってしまうタチなんです私はっ。知っているくせに、意地悪ね」

 「ふふ、ごめ~ん。清香の困り顔って可愛いから、つい」

 揉めているように見せかけて、イチャイチャする二人を眺めながら、ニヤニヤする。
 本当に良かったな。政略結婚に悩む斎藤さんを見ていた時は、随分と心配してしまったけど。

 「もういいです。全て写真は取ってくれましたよね? 後日社長にもご意見を伺ってみます。唯さん、申し訳ありませんが、ファスナーを下ろすのを手伝って頂けませんか?」

 「え、あ、はい勿論!」

 式場のスタッフさんらしき女性が回りに何人も待機していらっしゃるのに……私? 
 とは思ったけれど、ご指名を頂いたので、靴を脱いでフィッティングルームに上がらせて頂き、カーテンを閉める。

 「じゃあ、失礼しますね」

 「やっと二人きりになれました。唯さん、大きな声を出さずに聞いて下さい」

 背中のファスナーに手をかけた直後、小さな声でそう囁く斎藤さん。

 「はい? どうしましたか?」

 「再来週の月曜日、仁さんと私は蓮さんの会社にお邪魔します」

 「え!?」

 前もって注意されていたにも関わらず……びっくりボイスをあげてしまう私に、斎藤さんは慌てて人差し指を口元に立てる。

 「やっぱり蓮さんから聞いていませんでしたか。唯さんにお伝えすべきか、迷っていらっしゃるんでしょうね」

 「ま、待ってください、会社に来るって……どうしてまた?」

 「仕事上の真っ当な理由で、です。ですがそれでも……仁さんは唯さんに会えるかも、と、それはそれは楽しみにしていらして」

 「え……それは無いと思いますけど……」

 仁ちゃんは私に未練なんて無い。あれだけ美しい彼女さんがいるのが何よりの証拠だし。
 でも、それを仕事上のパートナーである斎藤さんに暴露しちゃうのは、いけないよね。

 「いえ、間違いありません! 頻繁に鼻歌を歌うようになりましたし。手土産に持参する予定のお菓子を、私はすでに5回も試食させられていますし! 実は仁さんは、政略結婚では無く本気で唯さんを愛していたと聞きました! 唯さんに対する未練が、仁さんの心を弾ませているのではないでしょうか?」

 「……万一そうだとしても、私にはもうどうにも……」

 「唯さんにその気が無いのは承知していますっ。でも私は心配で……思いつめた仁さんが何か、しでかしやしないかと……」

 「あの優しい仁ちゃんに限って、心配いらないと思いますけど……。それに、もし仁ちゃんが暴力に訴え出たとして、蓮ちゃんもSSSですから。大事には至らないんじゃ?」

 「だから、ですよ! 歩くICBMと言われているSSS同士が、都心のビル群の一角でぶつかったらどうなります? 警察どころか防衛省が動いて、大騒ぎになります!」

 歩くICBMって。何でしょうかそのギャグとしか思えない二つ名は。
 でも、斎藤さんの真剣な顔を見る限り、大袈裟な心配ではないんだろうな。

 「わ、わかりましたっ。帰ったら蓮ちゃんと話し合ってみますね?」

 「お願いします。お伝え出来て良かった……その為に唯さんに来て頂いたのに。凛君までついて来てしまったので」

 「ご心配をおかけしてすいません。でも……メッセージでもよかったんじゃ?」

 「……文章として形に残る手段では、万一の時に色々な人に影響が及ぶかもしれません」

 「……成程」

 さすが。常に広く、深く、考えていらっしゃる。
 そうさせてしまったのは、私達だろうか。
 彼女はサレた側の仁ちゃんのアシスタントであり、シタ側の蓮ちゃんの義理の妹。立場的に、随分と気を揉ませてしまったのかもしれない。
 
 「あの斎藤さん、改めまして色々と申し訳ありませんでした。斎藤さんにご迷惑にならないよう、きちんと対策を考えますので」

 「いえ。今日はお会い出来て良かったです。ドレスについてご意見を頂きたいというのも、本心だったので。ただ、全く参考にはなりませんでしたが」

 「えへ……すいません本当にどれも素敵で。でも……斎藤さんご自身は、3番目に着たオフショルダーのドレスが一番お好きなのかな、と思いました」

 「え……なぜです?」

 「着ている時間が、一番短かったので。良い物を良いと判断するのって意外と時間がかからないじゃないですか。イマイチな物の良さを見つけようとする方が、人間、悩んじゃうものかな~って」

 「……さすが。ICBMを2機撃墜した女性は違いますね」

 小悪魔な微笑を浮かべ、らしくない冗談をおっしゃる斎藤さんに口元を緩めながら……私は再び、背中のファスナーに手を掛けた。
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