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205.出会いは友人の紹介ですって聞くと、ああ合コンねって思われがち

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 「専属契約は無理です。私はすでに、他社と契約を結んでますので」

 という咲塔紫苑さとう しおんさんの言葉を受け、撃沈する俺。
 そして、目が点状態の美琴。

 「え……!? だって紫苑先生、フリーだっておっしゃってましたよね!? 前に震災のチャリティーイベントでご一緒した時に……!」

 「確かに。ミコトさんと初めてお会いした時はフリーでした。でも最近友人が派遣会社を興しまして……そこで働く事にしたんです」

 言いながら、くいっと眼鏡をあげる咲塔さとうさん。

 切れ長の一重まぶた。すっきりと整えられたかっこいい系の短髪七三ヘア。
 神経質そうにひそめられた眉。
 いかにも理系男子っぽい、そして頭脳明晰な医者っぽい雰囲気のこの人をもてなすために、今日この席を設けたのに。

 「ごめん仁。確認もせずに紹介するなんて、浅はかだった……」

 しおらしく謝る美琴は、なんだからしくなくて気持ち悪いけど。
 プロ意識の高い子だから、俺の仕事に対しても真摯に向き合ってくれてるんだろうな。  

 「いや、医療系の血統種は専門性が高くて需要も多いから、生涯フリーで活躍する人が多いって言ったの、俺だし」

 半年先まで予約が取れないという、フレンチのレストラン。
 オーナーに無理を言ってワンテーブルおさえてもらって。とっておきの酒と料理を用意してもらって。
 それもこれも、全ては美琴に紹介してもらうAAAトリプルエーランクのアスクレピオスと、契約を取り付ける為だったんだが。

 「そうですね。私も研修医を終えて医局を出た後はずっとフリーでしたし。ご期待に添えず申し訳ありません」

 微塵も申し訳無いと思ってなさそうな咲塔さん。
 でも実際に彼に非があるわけではないから、仕方ない。

 スカウト目的の紹介だと美琴から聞いていた筈なのに、他社に所属している事を隠したままこの場に来たのかは、ちょっと『はぁ?』だけど。

 「スカウトが叶わずとも、優秀なアスクレピオスさんとご縁を頂いて、光栄です。本日はお越し頂きありがとうございます。美琴も、ありがとう」

 「仁……」

 「恐縮です。私も、ずっと飛鳥さんにお会いしたいと思っていたので」

 ようやく、口元を少し緩ませてくれた咲塔さんだけど。何やら黒さの漂う微笑み。気が抜けない。

 この人と繋がれてうれしいのは嘘じゃない。
 友達付き合いで契約したのなら、そこから引き抜くのは無理だろうけど……優秀な人間の周りには優秀な人間が集まっているだろうから、あわよくば今後誰かを紹介してはくれまいか……という下心がある。

 「私に、ですか? それは光栄です」

 「ええ。SSSのスサノオなんて、滅多にお目にかかれませんから。それにしても驚きました。SSSが、まさかスカウト課にいるなんて。防衛や警備方面で腕を振るおうとはお考えにならなかったんですか?」

 「チームで仕事にあたる防衛や警備よりも、個人の成績で評価されるスカウトマンの方が、性に合っているのかもしれません。責任は重いですが、個として競い合い削り合った方が、手っ取り早く己が研鑽される気がして」

 「成程。さすが。次期後継者を目指す方は上昇志向がお強い」

 「え」

 俺が社長狙いって、何で知ってんの?
 『言った?』と顔に書いて、美琴をチラ見するけど。彼女は首を横に振っている。
 飛鳥一族の男なら、誰しも頂点を目指してるだろうなっていう読みだろうか?

 「あの、飛鳥さんが私に持ち掛けようとして下さっていたのは、専属契約のお誘い……ですよね? 所属契約ではご期待に沿えないでしょうか?」

 「所属契約……ですか」

  派遣を独占的に請け負う専属契約と違って、所属契約はあくまで籍を置く、という約束に過ぎない。
 こちらがクライアントの依頼を受けオファーを出しても、血統種の意志で蹴れる。それでも食いっぱぐれる事は無い。所属契約を好む血統種は大抵、複数個所と同契約を結んでいて、仕事を貰えるから。

 つまり、幽霊部員ならぬ幽霊派遣社員になってしまう可能性があるんだよな。だから俺は今まで専属契約にこだわって、スカウトをしてきたんだけど。

 「ああ勿論、条件は設定して頂いて構いません。例えば……1年で最低10億分は働きます。それでいかがですか?」

 「「っじゅ……!!?」」

 すごい金額を提示され、美琴とリアクションがまる被りしてしまう。
 
 「私の報酬は1割で結構ですので」

 「待って下さい? 咲塔さんは多くの疾病をその手一つで治癒する能力をお持ちなんですよね!? という事は、経費はほぼ」

 「ええ、かかりません。交通費や宿泊費も、自己負担で結構です」

 じゃあこの人一人で、アスカに年9億おとしてくれるって事かよ? なにそれなにそれ? そんなうまい話しある? つーかAAAのアスクレピオスがギャラ1割って格安じゃね? おかしい……この契約、絶対に裏がある。

 「紫苑先生……何か、企んでます?」

 俺と同じ疑惑を抱いていたらしい美琴が、苦笑いを浮かべて咲塔さんの顔を覗き込む。

 「企む?」

 「私、紫苑先生は素晴らしいお医者様だと思っています。被災地で、怪我をした子供達を無償で手当してらした所を拝見して……。医療系の血統種は志の高い人ばかりじゃないですよね? 人を救いたいっていう志を持って医の道に進む通常種と違って、生まれながらに能力を持っているから、高慢だったり横柄だったり、お金にがめつい人も多くて……でも紫苑先生は違うと思いました。だから、彼に紹介したんです。飛鳥の御曹司である仁を利用したり騙したりしない人だって信じたから。なのに……っ」

 「待ってください、ミコトさん。飛鳥さんを利用するつもりなんてありませんよ」

 咲塔さんが良からぬことを企ててると決めつけて、少々ヒートアップしている美琴。そんな彼女に手の平を向ける彼の顔は……嘘をついている人のそれには見えないけれど。

 「咲塔さん、失礼を申し上げるようですが、その契約内容では私も不安を抱かざるを得ません。こちらにしかメリットが無い。他に何かお望みの条件がありましたら、隠さずご提示いただけませんか?」

 「条件……そうですね。しいて言うなら、今後絶対に、手を出さないで欲しいといいますか……」

 「手……? すいません、おっしゃっている意味が、よく……」

 再び眼鏡クイをしながら、咲塔さんは視線を落とすけれど、まるでわからん。今日が初対面のこの人の何に、手を出すなと? なんて、首を傾げていたら。

 「もう、唯子は蓮のものなので」

 「…………は?」

 世界は広い。しかし世間は狭い。

 わかっているつもりでわかっていなかった現実を前に……俺は両手に握りしめていたナイフとフォークを、テーブルに落としてしまうのであった。
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