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198.惚れた方が苦労が多いけど幸せも多いのかな
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「情報量が多い……あと、濃い!」
「……ですよね、すいません……」
数か月ぶりにお邪魔した、大園さんのお宅で。
困惑しきっている美しい人に、頭を下げる。
「ちょっと待って? どこから掘り下げればいい? 飛鳥さんが亜種だったってトコ? ご主人とは愛の無い政略結婚と見せかけて、実は両想いだったってトコ? それとも、いきなり音信普通になってる間に、離婚して聖人の嫁になってたってトコ?」
マンション前でウロウロしていた所を、大園さんに声をかけて貰い、ご自宅に招いて頂いた私は……全てを話した。そう、本当にもう、全て。何もかもを。
「どこからでも……お好きなように……。今まで隠し事ばかりしていて、すいませんでした。仁ちゃんの立場を考えると、お話し出来ない事が多くて……」
おしゃれなティーカップに注がれたローズヒップティーを飲みながら、ため息を吐く大園さん。
「いいわよ。いきなり電話もメッセージも繋がらなくなった時は……さすがにショックだし、はぁ? って思ったけど」
「本当にごめんなさい」
「ううん、飛鳥さんにも色々事情があったのよね。あ、もう飛鳥さんじゃないか? んん? 違うわね、あの聖人もアスカの御曹司だったなら、再婚しても飛鳥さんよね? ややこしいやら、ややこしくないやら。ああ、飛鳥さんもお茶、飲んで? 外寒かったでしょう?」
「……ありがとうございます……」
ソファーに座った状態で、上半身を直角に曲げて頭を下げる私を笑う、大園さん。
「ローズヒップティー位で、そこまで深々お辞儀しなくても」
でも違う。ううん、温かいお茶を出してくれた事も、確かにありがたいんだけど。そうじゃなくて。
「私……ここまで自分の事、人に話すの初めてで……嫌な事とか、ひどい事とか、引いちゃう事とか……きっとたくさんあったのに……そうやって、笑って受け止めてくれて……」
誰かに聞いてもらう事で、こんなにも気が楽になるなんて、知らなかった。
「ちょっと、泣かないでよ飛鳥さん。というか……本当に友達いなかったのね?」
「いなかったんですっ。中学までは貧乏過ぎてイジメられてて。高校からはボロを出して亜種だってバレたら仁ちゃん達に迷惑がかかるので、誰とも仲良くしないように努めててっ」
「成程……変わった人だなぁとは思ってたけど……それは複雑な生い立ちと苦労故だったってわけね。ふふ、納得」
膨らんだお腹をポンポンと叩きながら笑顔を浮かべる大園さんが……女神様に見える。
「大園さんは、本当に女神様のような方ですね。お産を控えた大事な時期に、いきなり押しかけた私に、そんなお優しい……」
「女神様は、飛鳥さんの方でしょ。私の方こそ、辛い時何度助けてもらったか……でも、だからこそ、なんか信じられないわ。世界中の優しさをコールドプレスして出来たみたいな、飛鳥さんが……超小悪魔な事してるなんて」
「こ、小悪魔……ですか?」
意外な事をおっしゃる大園さんに、目をぱちくりさせてしまう。
「ううん、小悪魔っていうより、悪魔、よね。聖人の蓮ちゃんとやらに同情しちゃうわ。惚れた女の中には他の男がいて、それでも一緒に居たいから受け入れて。だけど胸の中は常に猜疑心と恐怖でいっぱい。控えめに言って、地獄でしょ」
「じ……地獄……」
「言い過ぎじゃないと思うわよ? 飛鳥さんは、十分に蓮ちゃんに配慮してるつもりかもしれないけど。あえてご主人への気持ちに蓋をしないとか……どうなのかしら? 理屈はわかるけど、無理矢理にそれを押し殺すのが、蓮ちゃんを選んだ飛鳥さんの義務じゃない?」
大園さんの言葉が、グサリと胸に突き刺さった。
確かに私……常に蓮ちゃんが辛くないように、考えて、回り込んだ気遣いをして、やるべきことはやっている、そんな風に自負してしまっていた。
「どうしたって愛されてる方が気楽だもの。ご主人と蓮ちゃんとの間でフラフラしていても今の生活を失わない飛鳥さんと、常に自分の方へ引っ張らないと飛鳥さんを失ってしまうから、気が抜けない蓮ちゃんと、どっちが疲れると思う?」
「蓮ちゃん……ですね、確実に」
「まぁ、蓮ちゃん自身が選んだ道なんだから、蓮ちゃんも頑張らなきゃなんだろうけど……それは飛鳥さんも同じよね? 蓮ちゃんが過去に何をしていようが、愛するご主人を選ぶ事も出来たのに、そうしなかったんだから。蓮ちゃんを苦しめる覚悟で、蓮ちゃんを選んだなら……耐えないと。自分の全てを犠牲にしても、蓮ちゃんを幸せにしないと」
「……はい」
俯きながら、小さく頷く私の手をぎゅっと握りしめてくれる大園さん。
「好き勝手に、キツイ事を言ってごめんなさいね。でも私、何事も中途半端が嫌いなの。特に男女の関係は……グレーのままじゃ、どっちも幸せになれないと思う。私は飛鳥さんにもちゃんと幸せになって欲しい。もしご主人とよりを戻すのが飛鳥さんの幸せなら、今からでも全力で応援するわ。でも……そうじゃないわよ、ね? あなたは……優しい人だから」
「大園さん……」
私という人間を、その心を見透かすような、優しい瞳。
また、泣けて来てしまう。
「でも……でも、どうしましょう? もし赤ちゃんが出来てたら……仁ちゃんの子だったら……」
「多分、だけどね? どっちの子だとしても、聖人蓮ちゃんは同じように愛して育ててくれると思うわ。むしろ、子供の父親になれば、もう飛鳥さんに逃げられない! ラッキー! って思うかも」
「え……いくらなんでも、そんな……」
「安心して。蓮ちゃんは立派なヤンデレだもの。飛鳥さんの為とはいえ、自分を刺した女の看病してる時点でちょっとヤバイ人だと思うから……大丈夫よ」
「ふふ……大丈夫なんですか、それは……」
涙を流す私をそっと抱きしめてくれる大園さんの腕は……とにかく、温かかった。
「大園さんの赤ちゃんは、幸せです。こんなに素敵なお母さんの元に来れて……」
「うん、そうね。亜種でも、苦労しても、飛鳥さんみたいな子になってくれたら……幸せなのかも」
身も心も清められたような、清々しい気持ちで……私は大園さんのお宅を後にした。
エレベーターに乗りながら……想像する。
次にここに来るのは、大園さんの出産お祝いの時かな。
その時には、仁ちゃんを想って切なくなる事なんて、無くなっているのかな。純粋に、良い想い出として回帰する事が出来ているのかな。
チーン……。
なんて考えていたら……扉が開いた。
ロビーに着いたのかと、反射的に一歩踏み出してしまう。
すると、乗り込んで来た人と、ぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそすいま」
「唯?」
ぶつかってしまった女性の後ろから、私を呼ぶ声に……たまげる。
そこにいたのは……同じくたまげている様子の、元夫。
数か月ぶりにあっても、超絶カッコよい、仁ちゃんだったから。
「……ですよね、すいません……」
数か月ぶりにお邪魔した、大園さんのお宅で。
困惑しきっている美しい人に、頭を下げる。
「ちょっと待って? どこから掘り下げればいい? 飛鳥さんが亜種だったってトコ? ご主人とは愛の無い政略結婚と見せかけて、実は両想いだったってトコ? それとも、いきなり音信普通になってる間に、離婚して聖人の嫁になってたってトコ?」
マンション前でウロウロしていた所を、大園さんに声をかけて貰い、ご自宅に招いて頂いた私は……全てを話した。そう、本当にもう、全て。何もかもを。
「どこからでも……お好きなように……。今まで隠し事ばかりしていて、すいませんでした。仁ちゃんの立場を考えると、お話し出来ない事が多くて……」
おしゃれなティーカップに注がれたローズヒップティーを飲みながら、ため息を吐く大園さん。
「いいわよ。いきなり電話もメッセージも繋がらなくなった時は……さすがにショックだし、はぁ? って思ったけど」
「本当にごめんなさい」
「ううん、飛鳥さんにも色々事情があったのよね。あ、もう飛鳥さんじゃないか? んん? 違うわね、あの聖人もアスカの御曹司だったなら、再婚しても飛鳥さんよね? ややこしいやら、ややこしくないやら。ああ、飛鳥さんもお茶、飲んで? 外寒かったでしょう?」
「……ありがとうございます……」
ソファーに座った状態で、上半身を直角に曲げて頭を下げる私を笑う、大園さん。
「ローズヒップティー位で、そこまで深々お辞儀しなくても」
でも違う。ううん、温かいお茶を出してくれた事も、確かにありがたいんだけど。そうじゃなくて。
「私……ここまで自分の事、人に話すの初めてで……嫌な事とか、ひどい事とか、引いちゃう事とか……きっとたくさんあったのに……そうやって、笑って受け止めてくれて……」
誰かに聞いてもらう事で、こんなにも気が楽になるなんて、知らなかった。
「ちょっと、泣かないでよ飛鳥さん。というか……本当に友達いなかったのね?」
「いなかったんですっ。中学までは貧乏過ぎてイジメられてて。高校からはボロを出して亜種だってバレたら仁ちゃん達に迷惑がかかるので、誰とも仲良くしないように努めててっ」
「成程……変わった人だなぁとは思ってたけど……それは複雑な生い立ちと苦労故だったってわけね。ふふ、納得」
膨らんだお腹をポンポンと叩きながら笑顔を浮かべる大園さんが……女神様に見える。
「大園さんは、本当に女神様のような方ですね。お産を控えた大事な時期に、いきなり押しかけた私に、そんなお優しい……」
「女神様は、飛鳥さんの方でしょ。私の方こそ、辛い時何度助けてもらったか……でも、だからこそ、なんか信じられないわ。世界中の優しさをコールドプレスして出来たみたいな、飛鳥さんが……超小悪魔な事してるなんて」
「こ、小悪魔……ですか?」
意外な事をおっしゃる大園さんに、目をぱちくりさせてしまう。
「ううん、小悪魔っていうより、悪魔、よね。聖人の蓮ちゃんとやらに同情しちゃうわ。惚れた女の中には他の男がいて、それでも一緒に居たいから受け入れて。だけど胸の中は常に猜疑心と恐怖でいっぱい。控えめに言って、地獄でしょ」
「じ……地獄……」
「言い過ぎじゃないと思うわよ? 飛鳥さんは、十分に蓮ちゃんに配慮してるつもりかもしれないけど。あえてご主人への気持ちに蓋をしないとか……どうなのかしら? 理屈はわかるけど、無理矢理にそれを押し殺すのが、蓮ちゃんを選んだ飛鳥さんの義務じゃない?」
大園さんの言葉が、グサリと胸に突き刺さった。
確かに私……常に蓮ちゃんが辛くないように、考えて、回り込んだ気遣いをして、やるべきことはやっている、そんな風に自負してしまっていた。
「どうしたって愛されてる方が気楽だもの。ご主人と蓮ちゃんとの間でフラフラしていても今の生活を失わない飛鳥さんと、常に自分の方へ引っ張らないと飛鳥さんを失ってしまうから、気が抜けない蓮ちゃんと、どっちが疲れると思う?」
「蓮ちゃん……ですね、確実に」
「まぁ、蓮ちゃん自身が選んだ道なんだから、蓮ちゃんも頑張らなきゃなんだろうけど……それは飛鳥さんも同じよね? 蓮ちゃんが過去に何をしていようが、愛するご主人を選ぶ事も出来たのに、そうしなかったんだから。蓮ちゃんを苦しめる覚悟で、蓮ちゃんを選んだなら……耐えないと。自分の全てを犠牲にしても、蓮ちゃんを幸せにしないと」
「……はい」
俯きながら、小さく頷く私の手をぎゅっと握りしめてくれる大園さん。
「好き勝手に、キツイ事を言ってごめんなさいね。でも私、何事も中途半端が嫌いなの。特に男女の関係は……グレーのままじゃ、どっちも幸せになれないと思う。私は飛鳥さんにもちゃんと幸せになって欲しい。もしご主人とよりを戻すのが飛鳥さんの幸せなら、今からでも全力で応援するわ。でも……そうじゃないわよ、ね? あなたは……優しい人だから」
「大園さん……」
私という人間を、その心を見透かすような、優しい瞳。
また、泣けて来てしまう。
「でも……でも、どうしましょう? もし赤ちゃんが出来てたら……仁ちゃんの子だったら……」
「多分、だけどね? どっちの子だとしても、聖人蓮ちゃんは同じように愛して育ててくれると思うわ。むしろ、子供の父親になれば、もう飛鳥さんに逃げられない! ラッキー! って思うかも」
「え……いくらなんでも、そんな……」
「安心して。蓮ちゃんは立派なヤンデレだもの。飛鳥さんの為とはいえ、自分を刺した女の看病してる時点でちょっとヤバイ人だと思うから……大丈夫よ」
「ふふ……大丈夫なんですか、それは……」
涙を流す私をそっと抱きしめてくれる大園さんの腕は……とにかく、温かかった。
「大園さんの赤ちゃんは、幸せです。こんなに素敵なお母さんの元に来れて……」
「うん、そうね。亜種でも、苦労しても、飛鳥さんみたいな子になってくれたら……幸せなのかも」
身も心も清められたような、清々しい気持ちで……私は大園さんのお宅を後にした。
エレベーターに乗りながら……想像する。
次にここに来るのは、大園さんの出産お祝いの時かな。
その時には、仁ちゃんを想って切なくなる事なんて、無くなっているのかな。純粋に、良い想い出として回帰する事が出来ているのかな。
チーン……。
なんて考えていたら……扉が開いた。
ロビーに着いたのかと、反射的に一歩踏み出してしまう。
すると、乗り込んで来た人と、ぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそすいま」
「唯?」
ぶつかってしまった女性の後ろから、私を呼ぶ声に……たまげる。
そこにいたのは……同じくたまげている様子の、元夫。
数か月ぶりにあっても、超絶カッコよい、仁ちゃんだったから。
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