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204.鹿威しの音っていいよね
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カッコーーーーーーン……。
手入れの行き届いた庭園に、鹿威しの音が響く。
「いい音……。鹿威しって、畑を荒らす鹿とか猪とかを追い払う為のものなんだよね? でもこんなに綺麗な音だと……びっくりするどころか、癒されちゃうと思うけどな」
「実際、動物達は音がするだけで害は無いってすぐに学習して……害獣対策としては早々に役立たずになったみたいだよ。でもこの音が心地よくて、風流を楽しむもの、として残ったんだろうね。考案した石川丈山自身も、隠居生活の癒しにしてたって言われてるし」
ゆっくりとお散歩をしながら、そんなうんちくを披露してくれる蓮ちゃんに、ため息が出てしまう。
「蓮ちゃん、本当に色んな事知ってるんだね」
「ふふ。そりゃあ、教育虐待レベルの英才教育を受けてきたからね」
そう言いながら、零香さんと、お父さんお母さんが談笑する離れの方を見つめる。
「あの頃は……母親とこんな風に、穏やかな気持ちで接する事が出来るなんて、思ってなかった。それに、あの二人がああして笑い合える日が来るなんて、びっくりだよ」
「そんなに仲が悪かったんだ? お母さんと、零香さん」
さっきのやり取りだけでも、根深い確執がある事はわかったけれども。
「一華さんは、一の華、で一華さんだろう? それは、飛鳥の中で一番になれるように。っていう願いが込められているんだ。で、それを聞いたうちの祖父母……母さんの両親は、一よりも前を行くのは零だって言って、その後に生まれた娘に、零香って名付けたらしい。うちと仁の家が競い合い、いがみ合って来たのは、もう何代も前からの話なんだ」
「……す……すごいね」
さすがは名家であり、旧家。確執の地層が、厚い。
「うちの兄弟も、仁だけには負けるなって言われ続けて来た。でも凛は昔から不器用で、じっと机に向かって勉強するのも苦手で……零校に落ちた時は、見てる方が辛い位に叱られてたよ。多分、仁も似たような子供時代を送ったんじゃないかな」
「……そっか……」
「そういうのも、無くなるといいな。俺と唯の結婚を、期に」
微笑みながら、私の左の手をそっと取る、蓮ちゃん。
そして、傷だらけの薬指に、綺麗な指輪をはめてくれて。
「これ……」
「ちゃんと、プロポーズしてなかったなと思って」
「えっ、だって、サイズとか、よくわかったね?」
良い雰囲気の中、そんな現実的な疑問を口にしてしまう。ああ、こんなんだから『意外とシビア』なんて言われてしまうのかな。
「パッと見で、大体わかるんだ。長さとか、数とか。幼児教室でそういう訓練があって」
「なぁにそれ?」
「なんかこう……白い紙に小さな丸いシールが大量に貼ってあるんだけど。その数が100個なのか、101個なのか、一目で見分けるっていう」
「すごい……」
あまりにも異次元の教育に、目が点。な私に、蓮ちゃんは『話しをもどすけど』と咳払いをする。
「虐待は連鎖するって言うけど……。俺は自分の子供は、のびのび育てたいな」
「……自分の子供……じゃなくても?」
無意識に、右手をお腹に当ててしまう。
蓮ちゃんは首を横に振って、自分の手をそこに重ねてくれた。
「生物学上の親子がどうかなんて、問題じゃない。唯と俺とで育てる子供は俺の子供であり、俺達の子供……だろ? 何度も話し合ったじゃないか」
「うん……。でも本当にいいのかな、零香さんやお父さん達に」
「言う必要はないよ。もう少し散歩したら、戻って……おめでたの事だけ報告しよう。その為に、お二人に来て頂いたんだから」
「……そうだよね」
とは言いつつ。
やっぱりまだ、不安だ。お父さん達の顔を見ていたら、こんな大切な事を隠したままでいいのか。
零香さんの大切な蓮ちゃんに、他人の子供を育てさせていいのか。
でも……
「蓮ちゃん、指輪を貰っておいてあれなんだけど。プロポーズ、私からしてもいい?」
「勿論。どんなにしびれる口説き文句を言ってくれるの?」
笑顔で快諾してくれたのはありがたいけど。ハードルを上げてくれるなぁ。
「……必ず、幸せにします。だから私と、結婚して下さい」
「……ふふ、男前。よろしくお願いします」
蓮ちゃんは嬉しそうに笑って、私を抱きしめてくれた。
カッコーン……。
竹が石を打つ音。
夫になる人の、あたたかな腕の中。
心地よいものに包まれながら、私の胸には未来への希望が産まれていた。
手入れの行き届いた庭園に、鹿威しの音が響く。
「いい音……。鹿威しって、畑を荒らす鹿とか猪とかを追い払う為のものなんだよね? でもこんなに綺麗な音だと……びっくりするどころか、癒されちゃうと思うけどな」
「実際、動物達は音がするだけで害は無いってすぐに学習して……害獣対策としては早々に役立たずになったみたいだよ。でもこの音が心地よくて、風流を楽しむもの、として残ったんだろうね。考案した石川丈山自身も、隠居生活の癒しにしてたって言われてるし」
ゆっくりとお散歩をしながら、そんなうんちくを披露してくれる蓮ちゃんに、ため息が出てしまう。
「蓮ちゃん、本当に色んな事知ってるんだね」
「ふふ。そりゃあ、教育虐待レベルの英才教育を受けてきたからね」
そう言いながら、零香さんと、お父さんお母さんが談笑する離れの方を見つめる。
「あの頃は……母親とこんな風に、穏やかな気持ちで接する事が出来るなんて、思ってなかった。それに、あの二人がああして笑い合える日が来るなんて、びっくりだよ」
「そんなに仲が悪かったんだ? お母さんと、零香さん」
さっきのやり取りだけでも、根深い確執がある事はわかったけれども。
「一華さんは、一の華、で一華さんだろう? それは、飛鳥の中で一番になれるように。っていう願いが込められているんだ。で、それを聞いたうちの祖父母……母さんの両親は、一よりも前を行くのは零だって言って、その後に生まれた娘に、零香って名付けたらしい。うちと仁の家が競い合い、いがみ合って来たのは、もう何代も前からの話なんだ」
「……す……すごいね」
さすがは名家であり、旧家。確執の地層が、厚い。
「うちの兄弟も、仁だけには負けるなって言われ続けて来た。でも凛は昔から不器用で、じっと机に向かって勉強するのも苦手で……零校に落ちた時は、見てる方が辛い位に叱られてたよ。多分、仁も似たような子供時代を送ったんじゃないかな」
「……そっか……」
「そういうのも、無くなるといいな。俺と唯の結婚を、期に」
微笑みながら、私の左の手をそっと取る、蓮ちゃん。
そして、傷だらけの薬指に、綺麗な指輪をはめてくれて。
「これ……」
「ちゃんと、プロポーズしてなかったなと思って」
「えっ、だって、サイズとか、よくわかったね?」
良い雰囲気の中、そんな現実的な疑問を口にしてしまう。ああ、こんなんだから『意外とシビア』なんて言われてしまうのかな。
「パッと見で、大体わかるんだ。長さとか、数とか。幼児教室でそういう訓練があって」
「なぁにそれ?」
「なんかこう……白い紙に小さな丸いシールが大量に貼ってあるんだけど。その数が100個なのか、101個なのか、一目で見分けるっていう」
「すごい……」
あまりにも異次元の教育に、目が点。な私に、蓮ちゃんは『話しをもどすけど』と咳払いをする。
「虐待は連鎖するって言うけど……。俺は自分の子供は、のびのび育てたいな」
「……自分の子供……じゃなくても?」
無意識に、右手をお腹に当ててしまう。
蓮ちゃんは首を横に振って、自分の手をそこに重ねてくれた。
「生物学上の親子がどうかなんて、問題じゃない。唯と俺とで育てる子供は俺の子供であり、俺達の子供……だろ? 何度も話し合ったじゃないか」
「うん……。でも本当にいいのかな、零香さんやお父さん達に」
「言う必要はないよ。もう少し散歩したら、戻って……おめでたの事だけ報告しよう。その為に、お二人に来て頂いたんだから」
「……そうだよね」
とは言いつつ。
やっぱりまだ、不安だ。お父さん達の顔を見ていたら、こんな大切な事を隠したままでいいのか。
零香さんの大切な蓮ちゃんに、他人の子供を育てさせていいのか。
でも……
「蓮ちゃん、指輪を貰っておいてあれなんだけど。プロポーズ、私からしてもいい?」
「勿論。どんなにしびれる口説き文句を言ってくれるの?」
笑顔で快諾してくれたのはありがたいけど。ハードルを上げてくれるなぁ。
「……必ず、幸せにします。だから私と、結婚して下さい」
「……ふふ、男前。よろしくお願いします」
蓮ちゃんは嬉しそうに笑って、私を抱きしめてくれた。
カッコーン……。
竹が石を打つ音。
夫になる人の、あたたかな腕の中。
心地よいものに包まれながら、私の胸には未来への希望が産まれていた。
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