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189.みかんはスジごといく

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 「はぁ……っ! かわ……っ!!」

 凛のスマホ画面の唯に、思わず口を手に当てる。

 サンタクロースの帽子をかぶって、トナカイの赤鼻を突けている姿が、身もだえする程に可愛らしい。
 サンタなのかトナカイなのか。コスを絞らず、両方のいいとこどりする天然のあざとさが、たまらん。

 「これがクリスマスパーティーの写真で、次が1月の賀詞交換会の時の……」

 「ま! ちょっと、ゆっくり! ちゃんと見せろっ」

 画面を次々とスワイプする凛の手から、スマホを奪い取る。

 「……あぁっ、いいっ。翡翠色の着物、マジで似合うっ。おおおっ、髪の毛フルアップでうなじうなじうなじ……っ! こんなに露出が少ない格好なのに、このむせかえりそうな程の色気はなんだ!?」

 「……僕、仁君が唯子さんを本気で好きなんだろうなってのは気付いてたんだけど……こんなにヤバイ感じだなんて、知らなかったなぁ。ちゃんと教えといて下さいよ、一輝君」

 「知ってたら、定期的に唯ちゃんの情報を流すなんて……OKしなかったでしょ~?」

 こたつに入りながら身悶えする俺に、明らかに引いている様子の凛。と、悪そうな笑顔を浮かべる一輝。

 「はぁ……。蓮兄が、唯子さんの為に何をしたのかを知れば、大人しく諦めてくれると思ったのになぁ」

 「蓮さんから唯を取り返す事は、ちゃんと諦めたよ」


 昨年の、秋。

 唯が家を出て行って……俺は、荒れた。

 蓮さんと唯を憎み、恨んだ。けれどそれは、ほんの数日で収まって。
 次に襲ってきたのは猛烈な後悔。


 唯が俺を好きだって言ってくれたのは、本当なんだと思う。
 嘘がド下手くそな子だから……俺に求められたから仕方なく。だったなら、気付ける自信がある。
 
 「へぇ~? やっぱり、唯子さんの母親の話が衝撃的でした? 唯子さんの為にそこまでやった蓮兄には敵わないって?」

 みかんを一つ手に取り、一輝に『剥いて下さい』と手渡しながら、俺に訊ねる凛。

 「蓮さんには敵わないというより……それを知った唯が蓮さんを選んだんなら、仕方無いだろ。それに……」

 俺は取り返しがつかない事をしてしまった。

 唯は何の理由も無しに、俺を裏切ったり、傷つけたりする子じゃない。
 唯を信じて落ち着いて『何か事情があるんだな』って、受け止めてやるべきだったんだ。

 なのに……あろうことか……俺は……。

 「俺はもう、唯と関わる資格が無い」

 「ふ~ん? 別れ際、相当ひどい事でも言っちゃったんですか?」

 「でもさ! 奪い返すのを諦めても、関わる資格が無いって思っても、好きな気持ちは消せなかったんだよね~? だから、事情を説明しに来た凛に、これからも唯ちゃんの様子を定期配信してほしいって頭下げたんだよね~?」

 一輝は凛から受け取ったみかんの皮を剥きながら、俺の顔を覗き込んだ。

 「……やっぱり仁君、ヤバイよ。いくら忘れられないからって、好きな女の子が他の男の隣で笑ってる写真を見てはしゃげるなんて。ああ~……想い出しちゃうっ。清香が仁君のアシになって、ルンルンで仕事する姿を初めて見た時の屈辱……っ」

 ベビーフェイスを歪ませ、凛はテーブルに顔を突っ伏す。

 「凛もとんだこじらせ男子だよね? 中学生の時から清香ちゃん一筋だったなら……もっと分かりやすくアプローチすればよかったのに」

 「だって清香、蓮兄の事が好きだったんですよ? 僕と全然タイプ違うじゃない。正攻法じゃ絶対振り向いてくれないって思ってたから」

 「斎藤……そうだ。あいつにも、俺に唯の情報流すように言ってくれよ。そっち側の家の人間として、唯と絡んでる筈なのに……一切口にしねぇんだよ」

 「それは言えないでしょ~! 妻に逃げられたスカウトマンなんて、アシにとっては超腫れ物ですよ? 清香の中では、政略結婚に耐えかねた唯子さんが純愛を貫いた。みたいになってるから、唯子さんを守りたい気持ちもあるんだろうし」

 腫れ物……。まぁ、そうなんだろうな。それは斎藤だけに限った事じゃない。
 スカウト課の誰もが、めちゃめちゃ俺に気を遣ってる。
 政治家や芸能人が不倫したっていうニュースが休憩室のモニターで流れると、ソッコー消すし。

 「まま、でもさ。仁はサレた側として皆が味方になってくれてるから、よかったじゃない! 賀詞交歓会の時の、じじばば達が蓮さん唯ちゃんを見る目、やばかったから。仁は欠席したから知らないだろうけど。ね~? 凛ちゃん?」

 まだ小さな皮がついた状態のみかんを凛に差し出し、同意を求める一輝。

 「ホントですよ。末端の無礼者共が……。唯子さんも可哀想だったなぁ~。母さんと蓮兄が必死に欠席するよう説得したんですけど。蓮兄だけに辛い想いをさせたくないって聞かなくて。あの人、意外と頑固な所ありますよね。てゆーか一輝君、まだ皮ついてる~っ!」

 ああ、めっちゃ唯っぽい。
 必死になって訴える姿が想像でき過ぎて、キュンキュンしてしまう。

 「そう、そうなんだよ、そういう子なんだよ。だから凛、お前もマジで守ってあげて」

 「ええ~? 僕が出張らなくても蓮兄がいるんだから大丈夫ですよ。会社も順調みたいだし。ほら一輝さん、やり直して」

 「皮も栄養いっぱいなんだから、気にせず食べなさ~い。そうそう、蓮さんの会社、評判いいよね。小規模だけど、在籍してる血統種は高ランク揃いなんでしょ? 全国行脚時代の人脈があるとはいえ、すごいよね」

 「そりゃあ、蓮兄は天然ものの善人であり、人たらしなんで。一緒に働きたい人間なんて履いて捨てる程いるんですよ」

 そういえば、課長も関心していた。
 蓮さんは、綺麗に去って行った。古巣であるアスカから誰も引き抜いたりせず。
 にも関わらず、今成功している。飛鳥社長の息子という後ろ盾があるとはいえ、流石と言わざるを得ない。

 「仕事が順調なら……唯も安心だな。良かった……」

 煎茶をすすりながら、安堵のため息を吐く。
 するとそんな俺を見た凜と一輝が、互いに顔を見合って。

 「ねぇ。仁君はどうしてそんな仏のような心で蓮兄達を見守れるのさ?」

 「嫉妬とか、もう全く無いの?」 

 「そりゃ、無いわけじゃないけど」

 唯がいないと、生きて行けないと思ってた。
 でも、そうじゃなかった。傍にいなくても、どこかで幸せに暮らしてくれていれば、それでいい。
 そう願える程に、深いものだったんだ。俺の、想いは。

 「唯が好きだからこそ、今は自分に出来る事をしようって、ギアチェンジしたんだよ。俺は必ず社長になって、唯が生きやすい社会をつくる。その為にはこれまで以上に仕事で結果を出さねえと」
 
 後継者最有力候補の蓮さんがアスカを離れたとはいえ……一族にはまだ、候補者と呼ばれるエリートがゴロゴロいるから。

 「へぇ~。たくまし……」

 「ホント、強くなったねぇ? そういうわけらしいから、凛も後継者レース応援してあげてよ。仁を援護射撃してくれるなら、金魚の糞はみかんの皮位、いくらでも剥いてあげるよ?」

 「はいは~い。兄の幸せを邪魔しないって約束してくれるなら、何でもしますよ~。あ~喉乾いたな~。美琴さ~ん! ストレートのリンゴジュースある~?」

 こたつに入ったままの凜が、声を張り上げると……キッチンの方からバタバタと大きな足音が聞こえて。

 「あ、り、ま、せん! てゆーか仁! 彼女の家に、親戚呼んでたむろするの、マジでやめてくれる!?」

 美琴はそう怒鳴って……俺に、手に持ったフライ返しをびしっとつきつけた。
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