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188.ロングヘアの女子が好きなのか好きな女子にロングヘアになって欲しいのか

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 「ごめんな、突然の姑襲来……疲れただろ」

 「ふふ、襲来って……」

 コーヒーカップを洗い終え、ソファーに座って洗濯物を畳む私の肩をマッサージしてくれる蓮ちゃん。

 「襲来だろ。予告も無く、こんな時間に来るなんて」

 「わざわざ、離婚届の事を知らせにきてくれたんじゃない」

 「……少しでも早く、出したかったんだと思う。母さんも、いつ仁が唯を取り返しに来るかって、怯えてるから」

 うん。それは何となく……というか、思いっきり、気付いていた。

 セキュリティーが万全な蓮ちゃんの御実家で暮らさないかと提案して下さったり。
 そして、それを丁重にお断りしたら、私達が暮らすマンションのエントランスに、真っ黒なスーツのお兄さん達が、24時間待機するようになってしまったり。

 近所のスーパーに行くにも、インカムでやり取りをしながら複数名のお兄さん達が付いて来てくれて……私はとても窮屈……ううん、心強い暮らしを送っている。

 「私はお母様とおしゃべり出来るの、楽しいけどな。昔は怖い人だと思い込んでたけど……すごく愛情深くて、頼もしくて」

 「思い込みじゃない。実際に恐ろしい人だったんだよ。亜種にも偏見があったし」

 そうなんだよね。私が一番驚いているのは、そこで。

 「お母様も凛さんも、久しぶりに会ってびっくりしちゃった。私に、普通に接してくれて」

 「ここ何年かで亜種の研究が一気に進んだせいもあると思う。一華いちかさん……そっちのお母さんから、何も聞いてない?」

 「お仕事の話はあんまり……インフルエンザについてちょこっと話したくらいかな?」

 「一華さんは20年以上前から、亜種の研究に力を入れて来たんだけど。それによると、亜種の中には純粋な血統種とはけた違いに強い能力を持つ個体が、一定の確率で現れている事が分かったんだ。今まで、亜種が血統種ランクの検定試験を受けても公平な審査をされないから……亜種の能力を測る術が無かったんだけど。一華さんが研究所内で同等の検定を行った結果だから、間違いないと思う」

 「そうなの!?」

 「うん。唯だって、実はすごい能力の持ち主なんだって自覚ある? ギリシャ神話の勝利の女神、ニケの血統種……キスをしただけで勝利をもたらすなんて、まさにチート的な特殊能力なんだよ」

 「でも……効果がでる確率は1割程度だったんだよ? それでお母さん、昔よくお客さんと揉めてて……」

 「国内外を含め、ニケの血統種は戦時中に大勢犠牲になったから、すごく稀少なんだ。しかも、史上最も高率に勝利をもたらしたと言われているギリシャの血統種も、その割合は3割程度だったって言われている。この数字からも、唯のすごさがわかるだろう?」 

 わかるような、微妙のような? 史上最高で3割。私は1割。
 どちらにせよ、自分なんかが、そこまで立派な存在だなんて信じられない。

 「でも……純粋な血統種よりも優秀な亜種がいるって、なんだか矛盾してない? 亜種は通常種の血が混ざる分、能力が落ちるから……産んじゃダメだよ~って言われてたんだよね?」

 「大昔からそうまことしやかに言われてたけど、公平な視点から評価されてなかったから、その話しには何の根拠も無いんだ。自分達を特別な人間だと思い込んでいる血統種達が、そうじゃない通常種と交わる事を恥だと考えた……っていう要素の方が、強いと思う」

 「そうなんだ……」

 なんだか、複雑。
 亜種の中にも優秀な人がいてくれて、嬉しい気持ちもあるんだけど。
 純血にこだわる血統種の一方的なプライドの為に……ママと私が、苦労して来たのだと思うと……。

 「一華さんはそういう研究結果を次々と発表しているし。時代の先端には、新しい考え方が芽を出しているんだ。亜種への差別を無くして、積極的に保護や研究をする事が、血統種や国家の繁栄に繋がるって。だから……飛鳥一族の中でも、唯を侮辱してくるのは、社会の第一線にはいない人達じゃなかった? 定年後の年配の男性とか、家庭に入っている女性とか」

 「そう言われてみると……若い人になじられた事って、少ないかも」

 「時代は変わろうとしてるんだよ。良い方向に。母さんも凛も、それを察知してるんだろうね。……あぁでも勿論、唯が俺の大事な人だから差別したりしないっていうのは大きいと思うけど」

 そう言われると、ありがたいような、申し訳ないような。

 「二人共、人間が出来すぎだよ。普通なら……私を、蓮ちゃんに大怪我を負わせた女の娘。っていう目で見ちゃうと思う」

 「どっちの見方をするのが、俺の幸せか、今の母さん達は、わかってくれてるんだよ。良い意味で本当に変わってくれたんだ。俺が……死にかけて」

 そりゃあそうだよね。大事な息子が、意識不明の重体に陥ったんだもん。
 ランクとか後継者とか、世間体とかプライドとか……そんなものより、ずっと大切なものがあるって気付くには、十分すぎる大事件。

 「不幸中の幸いっていうのは、まさにこのことだな」

 蓮ちゃんはそう言って微笑むけれど。さすがに私は、笑えない。

 「……蓮ちゃん。改めて、本当にごめんなさい。ママのした事はいくら謝っても許される事じゃないけど……」

 蓮ちゃんもお母様も、その事で私を責めたりしないから……余計に辛くなってしまう。

 「いいんだよ。瀕死の重傷を負って、1年ちょい地獄のリハビリを耐えた功績がなければ、唯は俺を選んでくれなかっただろうし。これも、不幸中の幸いだな」

 リアクションに困る、返し。

 「なんか、蓮ちゃんがたくましくなってきた……」

 「勝利の女神様がそばに居てくれるお陰かな。ほら、ツリーを買った帰り、デパートのクリスマス抽選会で、5等の500円分商品券があたったし。唯が傍にいてくれると、良い事がたくさん起こる。色んな意味で」

 「ふふ。勝利の規模が小さいな……でも、ありがとう」

 隣に座った蓮ちゃんに、コテンとよりかかる。

 そんな私の、随分と伸びてきた髪の毛をじっと見つめてから……ひとすじすくう、蓮ちゃん。

 「俺は多分、唯は俺よりも仁を好きなんじゃ……って、疑いながら生きて行くと思うんだ。一生」

 「蓮ちゃん……」

 「想像するだけでキツイけど。覚悟は決めたから。だから唯は……そんな事無いよって伝え続けてくれると嬉しいな。たとえ、嘘でも」

 「うん。約束する」

 「ありがとう……唯……」

 唇が重なって、蓮ちゃんの心地よい重さに、体が傾く。

 ……と。畳んでソファの端に積み上げておいた洗濯物が、ごっそりカーペットの上に落ちてしまった。

 「蓮ちゃん、待って」

 「大丈夫、後でやっとく」

 「ダメだよ、洗い物もして貰っちゃったし」

 「何でもするよ。たくさん恩を着せて、逃げられないようにしないと」

 なんか、たくましくなったというより、開き直ってしまったような……? これは良いのか悪いのか……。
 
 そんな事を考えている間にも、蓮ちゃんの手はあっちこっちに伸びてきて。

 「まままっ、せめて電気をっ」
 
 「……髪、このまま伸ばしてほしいな」

 「うん?」

 「短いのも可愛いけど……長い唯に、もどってほしい」

 甘えるように、すがるように……私の胸に顔をうずめる。

 蓮ちゃんも、まだ、いろんなものと葛藤しているんだ。
 悩みながら、苦しみながらも……私と歩いて行こうと、心を決めてくれている。

 「……うん」

 なら、私も応えよう。

 生涯をかけて。必ず。
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