死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

１５９．そんな理由で救急車呼ぶなよの事例集が結構衝撃

　「ええとですね……救急車の適正利用というのを、我々は常日頃呼びかけてまして……」

　担架を持った救急隊員さん達と、救急車の音を聞いてオフィスに集まっていた残業組の社員さん達が、撤収した後のオフィスで。

　一人残っていたボス隊員さん風の男性が、私に１枚の紙を差し出す。
　それは……『Q.クエスチョン本当に、QQきゅうきゅうですか？』と書かれたチラシ。

　私は、額が膝につきそうなほどに深々と、頭を下げた。

　「すいませんでしたっ」

　「わかるんですよ？　頭を打って慌ててしまう気持ちも。でも……大の大人が、木製のポールハンガーが倒れてきた位で……ほら、タンコブにすらなってないでしょう？　意識もしっかりあったみたいですし」

　「申し訳ありませんでした。以後、気を付けますので」

　私と同じく、真摯な態度で謝罪をしてくれる、蓮ちゃん。
　ボス隊員さんは、不満気にため息を吐いたものの……『お大事に』と言い残し、退散してくれた。


　「ごめんなさい……」

　再び二人きりになったオフィスで、蓮ちゃんにも頭を下げる。

　「いいよ。唯は俺を心配してくれたんだろ」

　「でも……さっきの隊員さんのおっしゃる通りで……もっと冷静に対応するべきだった」

　恥ずかしい。
　バカみたいだ。ばっちり意識もあって『救急車なんかいらない』と言う蓮ちゃんの言葉を聞きもせず『蓮ちゃんしっかりして！』と、泣き叫んで。しっかりしてるっちゅーねん。と、３０分前の私にツッコミたい。

　「うん、まぁそれは……。SSSはちょっとやそっとじゃ死なないからさ。血液自体に強力な治癒力があるから、出血多量とかにならない限り、大抵の怪我はすぐ治るし」

　「そうだよね……高校の時に習ったし、仁ちゃんにもそう言われてたのに……蓮ちゃんが死んじゃうかもしれないと思ったらもう、パニックで……」

　「……唯……」

　そう言って頭を抱える私を、蓮ちゃんはそっと抱きしめた。

　「ごめん。俺が突然あんな事言ったから……余計に冷静でいられなくなったんだよな」

　「……それも、あるっ」

　安堵と、ぶりかえした怒りが混在して、複雑な気持ち。
　私は蓮ちゃんを抱きしめ返さずにはいられなかった。

　「ごめん……。でも、やっぱり俺は唯が好きだから。本当の事を伝えたかった。……俺との事、考えてみてほしい。返事は、急がないから」

　体を離し、私の頬を伝う涙を、指先で拭ってくれる。

　「あ……返事がどうあれ、俺は唯に辛く当たったりしないし、アシの業務には悪影響が出ないよう気を付けるから。それでも気まずいようなら清香と交代出来ないか、交渉してみるし」

　「大丈夫……蓮ちゃんがそんな人じゃないって事位、わかってる。多分……私が、一番……」

　だって……本当に本当に、大好きだったんだもん。

　「唯……」

　もう一度私の名前を呼んでから……蓮ちゃんは私に、キスをした。