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157.Excelの全機能使いこなしてみたい
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「あれ……唯、まだいたんだ」
もう夜の8時になるというのに、オフィスに戻ってきた蓮ちゃん。
同じく居残りしてパソコンにかじりついている私が、言えた立場じゃないけれど。
「うん。今日は仁ちゃんの帰りが遅いから、残業できると思って」
「残業? やり残してる事があるなら、俺が」
「あ……残業って言ってもね、仕事じゃなくて、自主練? みたいな。エクセルの練習がしたくてね」
気を遣ってくれる蓮ちゃんに『目指せExcelマスター!』という、ちょいとダサめなタイトルの参考書を見せる。
「わからない事があるなら、訊いてくれればいいのに」
うーん……。蓮ちゃんならそう言ってくれるだろうな、とは思ったんだけど。だからこそ、手を煩わせたくなかったんだよね。
「それか……仁に教えて貰うとか。それなら、家でも練習できるだろ?」
「お家に仕事を持ち込まないっていうのを、マイルールにしてるんだ。ただでさえ、仕事を始めてから色々失敗が増えちゃって、申し訳な……あっ」
誤魔化しようのない所まで言っちゃってから、ハッとした。
「ごめん! こんな言い方したら、仕事が負担になってるみたいだよね!? 違うんだよ? 私蓮ちゃんのアシスタントになれて本当に嬉しいし、すごくやりがいを感じてて……!」
「うん、わかってるよ。俺もごめん。家庭に支障が出るなら辞めていいよ、なんて言ってあげられなくて。俺は……唯のアシストが無いと、仕事にならないからさ」
「……ありがとうございますっ」
一手も二手も先を行く気遣いをしてくれる蓮ちゃんに、頭を下げる。
「ちなみに……失敗って、どんな事しちゃったの?」
「ええとね、お料理の味付けを失敗しちゃったり……細かい事を、ちょこちょこ。でもね、私が何やらかしても、仁ちゃん絶対怒らないの。いつもスマートにフォローしてくれて」
ああいけない。
仁ちゃんの優しさを想い出すだけで、ニヤニヤしてしまう。
「仁ちゃんてそういう人なんだよね。結婚してから……ううん、出会ってからずっと。私は仁ちゃんみたいなスーパーマンからしたら、とんでもなく不出来な人間なのに……失敗するなよっていうプレッシャーなんて、感じた事が無い」
「……そっか」
「なんていうか、何があっても大丈夫だよっていう安心感を与え続けてくれて。だから私も、頑張れるんだ。夏夏ランドの件を思いついたのも、そのお陰だし」
「……そうなんだ」
「あっ、ごめん! まるで自分のお手柄みたいに……あんな乱暴な作戦、蓮ちゃんが許してくれて、アスクレピオスさんを手配してくれて、責任を負ってくれなきゃ出来なかったって事は重々わかってるんだけど! でも、改めて仁ちゃんの大切さを知」
「唯はさ……。やっぱり仁の事、好きなんだよな? 男として」
予想外のお訊ねで、私の言葉を遮る蓮ちゃん。
「へ……変な事言わないで蓮ちゃん。仁ちゃんは家族だってば。私達は偽物の夫婦なんだか」
『ら』まで言い終えるのを待たずに……蓮ちゃんは、マウスに置いた私の手を……握った。
「それが本当なら……俺と、付き合ってくれないか」
「え……ええ? 付き合うって、どういう意味で?」
「普通の意味で。俺達が昔、してたように」
「だっ……どうしたの蓮ちゃん!? 無理だよそんなの! だって私達は」
「兄妹って、嘘なんだ」
「………………え?」
左手に持っていたExcel指南本が、床に落ちる。
同時に、挟んであった何枚ものメモ紙が……バラバラと音を立てて、方々に散らばって。
それはまるで……私の心。
年月をかけてようやく固まったものが、ひび割れ、崩れて、散っていく。
そんな途方もない衝撃に打ちのめされながら……私は目の前にいる、兄である筈の人を、見つめた。
もう夜の8時になるというのに、オフィスに戻ってきた蓮ちゃん。
同じく居残りしてパソコンにかじりついている私が、言えた立場じゃないけれど。
「うん。今日は仁ちゃんの帰りが遅いから、残業できると思って」
「残業? やり残してる事があるなら、俺が」
「あ……残業って言ってもね、仕事じゃなくて、自主練? みたいな。エクセルの練習がしたくてね」
気を遣ってくれる蓮ちゃんに『目指せExcelマスター!』という、ちょいとダサめなタイトルの参考書を見せる。
「わからない事があるなら、訊いてくれればいいのに」
うーん……。蓮ちゃんならそう言ってくれるだろうな、とは思ったんだけど。だからこそ、手を煩わせたくなかったんだよね。
「それか……仁に教えて貰うとか。それなら、家でも練習できるだろ?」
「お家に仕事を持ち込まないっていうのを、マイルールにしてるんだ。ただでさえ、仕事を始めてから色々失敗が増えちゃって、申し訳な……あっ」
誤魔化しようのない所まで言っちゃってから、ハッとした。
「ごめん! こんな言い方したら、仕事が負担になってるみたいだよね!? 違うんだよ? 私蓮ちゃんのアシスタントになれて本当に嬉しいし、すごくやりがいを感じてて……!」
「うん、わかってるよ。俺もごめん。家庭に支障が出るなら辞めていいよ、なんて言ってあげられなくて。俺は……唯のアシストが無いと、仕事にならないからさ」
「……ありがとうございますっ」
一手も二手も先を行く気遣いをしてくれる蓮ちゃんに、頭を下げる。
「ちなみに……失敗って、どんな事しちゃったの?」
「ええとね、お料理の味付けを失敗しちゃったり……細かい事を、ちょこちょこ。でもね、私が何やらかしても、仁ちゃん絶対怒らないの。いつもスマートにフォローしてくれて」
ああいけない。
仁ちゃんの優しさを想い出すだけで、ニヤニヤしてしまう。
「仁ちゃんてそういう人なんだよね。結婚してから……ううん、出会ってからずっと。私は仁ちゃんみたいなスーパーマンからしたら、とんでもなく不出来な人間なのに……失敗するなよっていうプレッシャーなんて、感じた事が無い」
「……そっか」
「なんていうか、何があっても大丈夫だよっていう安心感を与え続けてくれて。だから私も、頑張れるんだ。夏夏ランドの件を思いついたのも、そのお陰だし」
「……そうなんだ」
「あっ、ごめん! まるで自分のお手柄みたいに……あんな乱暴な作戦、蓮ちゃんが許してくれて、アスクレピオスさんを手配してくれて、責任を負ってくれなきゃ出来なかったって事は重々わかってるんだけど! でも、改めて仁ちゃんの大切さを知」
「唯はさ……。やっぱり仁の事、好きなんだよな? 男として」
予想外のお訊ねで、私の言葉を遮る蓮ちゃん。
「へ……変な事言わないで蓮ちゃん。仁ちゃんは家族だってば。私達は偽物の夫婦なんだか」
『ら』まで言い終えるのを待たずに……蓮ちゃんは、マウスに置いた私の手を……握った。
「それが本当なら……俺と、付き合ってくれないか」
「え……ええ? 付き合うって、どういう意味で?」
「普通の意味で。俺達が昔、してたように」
「だっ……どうしたの蓮ちゃん!? 無理だよそんなの! だって私達は」
「兄妹って、嘘なんだ」
「………………え?」
左手に持っていたExcel指南本が、床に落ちる。
同時に、挟んであった何枚ものメモ紙が……バラバラと音を立てて、方々に散らばって。
それはまるで……私の心。
年月をかけてようやく固まったものが、ひび割れ、崩れて、散っていく。
そんな途方もない衝撃に打ちのめされながら……私は目の前にいる、兄である筈の人を、見つめた。
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