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148.段ボールは詰めるより開ける方がめんどい
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「これは……すごい量だね……」
来月から蓮ちゃんのオフィス……になる予定のお部屋。
まだ、2セットの机と椅子、そして本棚しか無い筈なのに……足の踏み場もない程、段ボールで埋め尽くされている。
「全部、スカウト候補者関連の資料なんだ。しょっちゅう異動があったから、幸い人脈には恵まれて」
「紙の資料、って事かな?」
なんだか、意外。
若くて仕事が出来る人って、何事もデジタルで管理しているイメージがあったから。
「うん。かさばりはするけど、やっぱり確実だから。前に地方の支社にいたころ、大規模なシステム障害が起きて、大変な目にあってさ」
「システム障害! ニュースで時々大騒ぎしてるやつだね」
「それで、トラウマって言ったら大袈裟だけど……そういうものに左右されない、アナログだけど確実な物が手元に無いと、不安で」
「そうだったんだね」
さすが蓮ちゃん。慎重で堅実。
この段ボールの中身も、それはそれはきちんとまとめてあるんだろうな。血統種の始祖神や、能力のジャンルごとに細かく分類して、ファイリングして、ラベリングして、一目でどこに誰の資料があるかわかるように――
なんて期待しながら封を開け……たまげてしまった。
「え……」
それらはなんていうか……資料というよりは、雑紙の山。
メモ用紙、名刺、A4、A3サイズの書類……大小様々な紙がぐちゃぐちゃに詰め込まれている。
「れ、蓮ちゃん、これは……?」
目の前にいる、清潔感しかない美男子からは想像も出来ない惨状。思わず、唖然とした顔を向けてしまう。
すると蓮ちゃんは、暗い表情で俯いて。
「……ごめん。俺……そういうのの整理が、どうしても苦手で」
「え、え、じゃあ、今までどうしてたの? だってこの状態じゃどっちにしろ、システム障害の時にも役に立たないよね?」
「俺は一度見た内容はすぐに記憶出来るから、システムがどうなろうと、情報を引き出すっていう面では困らないんだ。だから、扱った書類とかメモを、つい箱の中につっこんじゃって」
え、すご……っ。さすがは東京第零校の首席入学・主席卒業者。だけど――
「じゃ、じゃあなんの為に紙資料……」
「俺はいいけど、同僚とか、一緒に働いている仲間が困るだろう? 非常時は俺から全部の情報を伝える時間なんて、無いかもしれないし、そもそも、異動や外回りで俺がその場にいるかもわからない。いつでも誰でも参照出来る状態にしておいた方がいいから」
いつでも? 誰でも? 残念ながら、この雑紙の山が、その状態だとは思えないのだけれど。
「あ、前に困った時は……資料室の上から2番目左から5番目の段ボールの中の、182枚目にその書類があります。って同僚に伝えて、何とかなったんだけど」
なんだかもう、すごいのかすごくないのか分からなくなって来るけど。
間違いなく、素敵だなと思うのは――
「じゃあこの段ボールの山は、蓮ちゃんが仲間の事を考えた結果なんだね」
「……と同時に、俺のだらしなさの結晶だけどな」
苦笑いを浮かべる蓮ちゃんに、渾身のガッツポーズを見せる。
「大丈夫! 私、こういう面倒コツコツ系得意だから! 任せて!」
「ありがとう。頼りにしてるよ。でもごめんな、アシ修行の途中だったのに」
「ううん、斎藤さんもああ言ってくれてたし。後でまた、声掛けてみるよ」
そうして、雑紙の山を資料へと進化させるコツコツ作業が始まった。
「名刺は全部名刺ファイルに入れちゃっていい?」
「うん、頼む」
「年末調整における添付書類のご案内・再通知……っていう書類は?」
「ポイで。総務にいた頃、毎年手続きの不備が多すぎて配付した書類だから」
「レジャー山村さん、スライダー……っていうメモは?」
「ああ、プールリゾートの山村さんだ。福島の営業部時代、水系の血統種に新しいスライダー設営の相談をしたいっていう依頼があって……でもそれは後任にしっかり引き継いできたから、ポイで大丈夫」
「わかった。それにしても……蓮ちゃん、すごいね。本当にあちこちで色んな仕事してたんだ。社長さんのご意向? 後継者修業っていうやつかな?」
掘る度に出て来る、複数ジャンルの書類。関心のため息を吐いてしまう。
「……まぁ、そんな所だね」
「昔は、社長さんにはなりたくないって言ってたけど……実際に働いみて、気持ちが変わったの?」
「……どうかな。でも学生時代に想像してたよりは、仕事って面白いな、とは感じた。肩書きにこだわらずに、頑張って行きたいと思ってる」
「……そうなんだ」
少し、含みのある言い方。蓮ちゃんも、色々あるんだろうな。
「社長さん……お母さんとは、その後、大丈夫だった? ずっと気になってたんだ。あの時蓮ちゃん、親子の縁を切ってでも私と別れないって言って……社長さん、ものすごく怒っていたから。だから驚いたの。賀詞交歓会で、私に声をかけてくれた時」
「大丈夫。唯が心配するような事にはなってないよ。アシスタントの件も、ちゃんと説明して納得してくれてる。……あの時と違って、俺には唯が必要なんだってわかってくれてるんだ。だから家の人間に知られる云々、気にしなくていいって言っただろ?」
「よかった。……じゃあ本当に、これからは好きなだけ蓮ちゃんと会えるんだね」
「少なくとも週に3回は、ここで会うわけだしな」
「ふふ、そうだね。嬉しい……」
ニヤニヤする私を見て、蓮ちゃんもにっこり笑ってくれる。
幸せだ。大好きな人のお嫁さんになれて(偽物だけど)大切な人のアシスタントになれて(まだ見習いレベルだけど)。身に余る幸福。
「蓮ちゃん。改めまして、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
私達はがっしりと握手を交わしてから、山積み段ボールとの格闘を、再開するのだった。
来月から蓮ちゃんのオフィス……になる予定のお部屋。
まだ、2セットの机と椅子、そして本棚しか無い筈なのに……足の踏み場もない程、段ボールで埋め尽くされている。
「全部、スカウト候補者関連の資料なんだ。しょっちゅう異動があったから、幸い人脈には恵まれて」
「紙の資料、って事かな?」
なんだか、意外。
若くて仕事が出来る人って、何事もデジタルで管理しているイメージがあったから。
「うん。かさばりはするけど、やっぱり確実だから。前に地方の支社にいたころ、大規模なシステム障害が起きて、大変な目にあってさ」
「システム障害! ニュースで時々大騒ぎしてるやつだね」
「それで、トラウマって言ったら大袈裟だけど……そういうものに左右されない、アナログだけど確実な物が手元に無いと、不安で」
「そうだったんだね」
さすが蓮ちゃん。慎重で堅実。
この段ボールの中身も、それはそれはきちんとまとめてあるんだろうな。血統種の始祖神や、能力のジャンルごとに細かく分類して、ファイリングして、ラベリングして、一目でどこに誰の資料があるかわかるように――
なんて期待しながら封を開け……たまげてしまった。
「え……」
それらはなんていうか……資料というよりは、雑紙の山。
メモ用紙、名刺、A4、A3サイズの書類……大小様々な紙がぐちゃぐちゃに詰め込まれている。
「れ、蓮ちゃん、これは……?」
目の前にいる、清潔感しかない美男子からは想像も出来ない惨状。思わず、唖然とした顔を向けてしまう。
すると蓮ちゃんは、暗い表情で俯いて。
「……ごめん。俺……そういうのの整理が、どうしても苦手で」
「え、え、じゃあ、今までどうしてたの? だってこの状態じゃどっちにしろ、システム障害の時にも役に立たないよね?」
「俺は一度見た内容はすぐに記憶出来るから、システムがどうなろうと、情報を引き出すっていう面では困らないんだ。だから、扱った書類とかメモを、つい箱の中につっこんじゃって」
え、すご……っ。さすがは東京第零校の首席入学・主席卒業者。だけど――
「じゃ、じゃあなんの為に紙資料……」
「俺はいいけど、同僚とか、一緒に働いている仲間が困るだろう? 非常時は俺から全部の情報を伝える時間なんて、無いかもしれないし、そもそも、異動や外回りで俺がその場にいるかもわからない。いつでも誰でも参照出来る状態にしておいた方がいいから」
いつでも? 誰でも? 残念ながら、この雑紙の山が、その状態だとは思えないのだけれど。
「あ、前に困った時は……資料室の上から2番目左から5番目の段ボールの中の、182枚目にその書類があります。って同僚に伝えて、何とかなったんだけど」
なんだかもう、すごいのかすごくないのか分からなくなって来るけど。
間違いなく、素敵だなと思うのは――
「じゃあこの段ボールの山は、蓮ちゃんが仲間の事を考えた結果なんだね」
「……と同時に、俺のだらしなさの結晶だけどな」
苦笑いを浮かべる蓮ちゃんに、渾身のガッツポーズを見せる。
「大丈夫! 私、こういう面倒コツコツ系得意だから! 任せて!」
「ありがとう。頼りにしてるよ。でもごめんな、アシ修行の途中だったのに」
「ううん、斎藤さんもああ言ってくれてたし。後でまた、声掛けてみるよ」
そうして、雑紙の山を資料へと進化させるコツコツ作業が始まった。
「名刺は全部名刺ファイルに入れちゃっていい?」
「うん、頼む」
「年末調整における添付書類のご案内・再通知……っていう書類は?」
「ポイで。総務にいた頃、毎年手続きの不備が多すぎて配付した書類だから」
「レジャー山村さん、スライダー……っていうメモは?」
「ああ、プールリゾートの山村さんだ。福島の営業部時代、水系の血統種に新しいスライダー設営の相談をしたいっていう依頼があって……でもそれは後任にしっかり引き継いできたから、ポイで大丈夫」
「わかった。それにしても……蓮ちゃん、すごいね。本当にあちこちで色んな仕事してたんだ。社長さんのご意向? 後継者修業っていうやつかな?」
掘る度に出て来る、複数ジャンルの書類。関心のため息を吐いてしまう。
「……まぁ、そんな所だね」
「昔は、社長さんにはなりたくないって言ってたけど……実際に働いみて、気持ちが変わったの?」
「……どうかな。でも学生時代に想像してたよりは、仕事って面白いな、とは感じた。肩書きにこだわらずに、頑張って行きたいと思ってる」
「……そうなんだ」
少し、含みのある言い方。蓮ちゃんも、色々あるんだろうな。
「社長さん……お母さんとは、その後、大丈夫だった? ずっと気になってたんだ。あの時蓮ちゃん、親子の縁を切ってでも私と別れないって言って……社長さん、ものすごく怒っていたから。だから驚いたの。賀詞交歓会で、私に声をかけてくれた時」
「大丈夫。唯が心配するような事にはなってないよ。アシスタントの件も、ちゃんと説明して納得してくれてる。……あの時と違って、俺には唯が必要なんだってわかってくれてるんだ。だから家の人間に知られる云々、気にしなくていいって言っただろ?」
「よかった。……じゃあ本当に、これからは好きなだけ蓮ちゃんと会えるんだね」
「少なくとも週に3回は、ここで会うわけだしな」
「ふふ、そうだね。嬉しい……」
ニヤニヤする私を見て、蓮ちゃんもにっこり笑ってくれる。
幸せだ。大好きな人のお嫁さんになれて(偽物だけど)大切な人のアシスタントになれて(まだ見習いレベルだけど)。身に余る幸福。
「蓮ちゃん。改めまして、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
私達はがっしりと握手を交わしてから、山積み段ボールとの格闘を、再開するのだった。
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