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147.仕事教えて貰ってる間ずっと動画撮影しておけるといいよね

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 「――というのが、アシスタントの一日の流れですね。ここまでで、何かご質問はありますか?」

 「……質問がありすぎて……申し訳無いレベルです」

 眉間に皺を寄せまくり、正直に答える、唯。
 すると斎藤は、慌てた様子で頭を下げて。

 「申し訳ありませんっ。私の説明、わかりにくかったでしょうか?」

 「とんでもない! とっても丁寧で分かりやすかったです! ただ、基礎の基礎的な事を私が理解出来ていなくて……こちらこそすいません!」

 「不明点を一つ一つ、お伺い出来ますでしょうか? 改めてご説明いたします」

 「は、はいっ、ありがとうございます! まず、一日のはじめの……スケジュール確認なんですが。このタブレットの使い方がよく……あ、あれ? どこだったかな」

 ボールペン片手に、一生懸命にメモ帳をめくる唯。が、可愛すぎる。
 早口の斎藤に合わせてハイスピードで書き殴ったものだから、後から読んでも何て書いてあるか分からないパターンとみた。

 「あ、あった! ここなんですけど、タップすると確認では無くて編集画面になってしまいますよね? 間違って内容を変更してしまった場合は……」

 「そうしたら、この戻るをタップして頂いて……」

 大丈夫、大丈夫。
 スケジュールアプリの操作ひとつでそれだけ慎重になれるなら、取り返しのつかないトラブルとは無縁に働いて行けるさ。
 つーか、たとえどれ程ヤバいやらかしをしても、俺が命懸けでカバーするから安心して欲しい。

 「成程! ありがとうございます! あと、この内容は更新するごとにスカウトマンさんのタブレットやパソコンで自動で同期されるんでしょうか?」

 「そうですね、ただ私は前日や当日の変更については口頭でもお知らせをするようにしています」

 そもそも、紙のメモ帳を持参してる所が尊いわ。
 今時の新入りって、スマホでメモ取ったり、教育係が説明してる所を動画で撮影したり……そりゃあ効率的だとは思うんだけど、俺的やもーちょい上の世代は、ん? と思っちゃうんだよな。

 ああ、やばい、幸せ過ぎる。
 同じ空間で、アシの修業に励む唯を拝みながら仕事が出来るとか……そのうちバチが当たるんじゃ? と不安になる程に、俺は果報者だ。
 
 なんて、ホコホコしていたら。
 斎藤の鋭い視線に、突き刺された。

 「仁さん。唯さんは一生懸命励まれているというのに、さっきからニヤニヤ……失礼じゃありませんか? 初めは誰しも、至らなくて当然ですっ」

 「えっ、あ、悪い俺はそんなつもりじゃ……っ」

 「ごめん仁ちゃん……っ。私が不出来すぎて、笑っちゃうよね」

 真っ赤な顔で俯く唯に、慌てて椅子から立ち上がる。

 「違う違う違うごめん! あんまりにも一生懸命な唯が可愛すぎて! めっちゃ微笑ましい気持ちで拝んでただけなんだよ!」

 「「え……」」

 あ、やばい。つい、本音がポロリ。
 目が点状態の二人を見て、しまったと息を呑む。が。

 「……そうでしたか。それは失礼しました。お二人の間には、本当に暖かな家族愛が成立しているのですね……羨ましい……。私もそんな風になれると良いのですが……」

 「き、きっと大丈夫ですよ斎藤さんっ。だって凛さんは仁ちゃんの親戚ですし! 仁ちゃんの優しい血は、しっかり凛さんにも流れていると思いますから! ね!? 仁ちゃん!?」

 「あ、うん、そうだな、そうだといいよなっ」

 助かった。
 俺達を政略結婚だと信じて疑わない斎藤が、斜め上あたりでボールをキャッチしてくれた。
 そう、ホっと一息ついた時だった。

 ガラス張りになっている部屋の外に、すらりとした人影が見えて。控えめなノックの音が聞こえて来た。

 「お疲れ様……ああ、良かった。唯、今日から来てるって聞いて」

 「蓮ちゃん!」

 「蓮さん! お疲れ様でございます」

 光り輝く王子様のご登場に、色めき立つ(ように見える)女性陣。
 俺も立ったまま、会釈をする。

 「蓮さん、お疲れ様です」

 「お邪魔します。悪いな、忙しい所。今日から少しずつ、オフィスの引っ越し作業をするんだけど……俺が来てる時、唯を借りていいか? 資料の整理とか、情報の共有がてら手伝ってもらえるとありがたいんだけど」

 「あ、はい、勿論……」

 と、返事をした後。唐突に思い出した。

 突然オフィスに来た蓮さん。立ち上がって挨拶する俺。デジャヴ……。やばい……俺、この前蓮さんにつかみかかった件、謝ってねぇな……。

 「じゃあ、唯、いい?」

 「うん! あっ、はい! 斎藤さんすいません、また後で教えて頂いてもいいでしょうか?」

 「清香、悪いな」

 「いえ、とんでもない事でございます。アシスタントの仕事は、結局スカウトマンの意向に沿って行うものですし。蓮さんとの時間は多い方がよろしいかと。唯さん、必要があればいつでも声をかけて下さい。行ってらっしゃいませ」

 あ……っ、どうしよどうしよ!?

 蓮さんの事だから、根に持ったりはしてないんだろうけど……相手の寛容さに甘えて、礼を尽くさないのはいかがなものか?
 これから異動を控えた蓮さんはどんどん忙しくなるし、今なら俺も時間があるし、ああでも引っ越し作業をするって聞いた傍から『ちょっと時間貰えませんか』っていうのも、勝手だし……いや、だけど、これ以上時間が経って、今更? ってタイミングで謝罪をするのもスマートじゃないし、あんな事をしながら詫びの一つも入れない無礼者だと思われるのもしゃくすぎるっ。

 なんて、迷っているうちに。蓮さんと唯は、行ってしまった。

 「……唯さんをアシスタントにするのに、様々表向きの理由はあったようですが……。やはり、出来る限り二人の時間を持ちたかったのでしょうね……」

 ロマンスに憧れる少女のような目で、ドアの方を見つめる斎藤をシカトして……。
 俺はなんとか近日中に、蓮さんに謝罪をしようと心に決めたのだった。
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