上 下
88 / 273

88.多数の否定より、それに構わず賛辞を送ってくれる少数が、本当の力になる

しおりを挟む
 「ごめんね、委員のお仕事中に」

 淡いパープルの、オフショルダードレス。

 「さっき電話で話したじゃない? 大園さんも運動会に来たがってるって。それで仁ちゃんが、入場受付で仁ちゃんの名前を出せば大丈夫って言ってたから、伝えてみたんだけど。確認の為に仁ちゃん本人にも社員証持参で受付に来てほしいって……」

 ざっくりと開いたデコルテを彩る、きらめくビジューと金の刺繍。
 足元までふんわりと広がったAラインのスカート。

 「私は事前に家族証を貰ってたから、それで入場できたんだけど……大園さん、今も受付で待たせちゃっててね?」

 髪の毛は……あの長さでどうやってこうしたんだっていう感じのまとめ髪。
 緩くカールして、編みこんであって、パールの髪飾りがついている。
 しかも、いつものあっさりメイクでも十二分に可愛いのに、マスカラとかアイラインとかラメとか……。

 「それでとりあえず仁ちゃんを探して……電話しても出ないって事は忙しいんだろうなと思ったんだけど」

 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……っ!!
 
 全てが似合い過ぎるし素敵過ぎるし尊すぎるっ。
 
 え、これなに? 可愛いテロ?
 ただでさえキュートが過ぎる唯を、ここまで完璧なお姫様に仕上げちゃって、俺はもう運動会だの実行委員だの借り物だのどころじゃねえんだけど。それが狙い? これもまた、凛の陰謀なのか?

 「やばい……」

 思わず、呟く。

 「え! やばい!? 私、先に入っちゃいけなかったかな!? 大園さんどうしよう! 靴だけじゃなく、ワンピースもヘアメイクも、全部お世話してもらったのに、入場できないとか……っ」

 そしてそんな俺のリアクションを誤解した唯は、それまで以上に慌てだして。

 「違う違うごめん! そういう意味じゃ……」

 「あ、唯子さん! おはようございます! お久しぶりですね!」

 すると突如、唯が俺の背後から顔を出した。

 「あ、り、凜さん? ご無沙汰しております。いつも夫がお世話にな」
 
 「皆さ~ん! 仁君の奥様もいらっしゃいましたよ~!」

 丁寧に頭を下げる唯をシカトし、声を四方八方へと声を張り上げる。
 実行委員達の視線が、一気に唯へと集まった。
 
 「あ……仁さんの……奥様……?」

 「ええと、お世話になっております……」

 そして一気に微妙な感じになる、場の空気。

 「……ごめん、仁ちゃんっ……」
 
 唯の『ごめん』の意味は、説明してもらわなくてもわかる。

 まるで自分を品定めするかのような、周囲の視線。
 そして、照明でも浴びてるんじゃないかといわんばかりに輝く、斎藤の姿。

 『自分なんかが奥さんだなんて、仁ちゃんに恥をかかせちゃうっ』
 なんて、また謙虚で健気な負い目を感じているんだろう。

 でも、めっそうもない。
 後ずさりする唯の肩を、手でそっとよせる。

 「やばいの意味は……あまりにも唯が可愛すぎて、何も手につかなそうでやばい。の、やばいだよ」

 「え……」

 いかん。

 唯の異次元の仕上がりに、テンパったのと、誤解を解きたいのとで……生き急いだ。
 偽物夫的にはアウトな事を言ってしまった。今のは気持ち悪い。引かれても文句はいえない。
 と、思ったんだけど。

 「あ……ありがとう……」

 唯は引くどころか、頬をポっとそめて、照れくさそうに笑ってくれて。
 と同時に、周囲から黄色い声があがった。

 「きゃ~! 仁さん、愛妻家~!」

 「意外だなあ! 君、そういう事言うキャラだったの!?」

 「奥様、素敵なご主人でお幸せですね!」

 「は、はい! 本当に素敵で、本当に幸せなんです!」

 ああ、またそんな風に……俺への誉め言葉を嬉しそうに受け取って。

 「そのワンピース、とってもお似合いです!」

 「借り物競争に出られるんでしょ? 応援してますね!」

 「ありがとうございます!」

 「応援席、おわかりになります? よろしければご案内しますよ!」

 唯を取り囲む雰囲気が、あっという間に肯定的で好意的な雰囲気に変わった。
 さすがは、唯。俺の自慢の妻。

 委員達が作った人垣の中心で、少し困った笑顔で応じる唯を、誇らしげな気持ちで見つめてから……俺は、マウント女の待つ受付へとダッシュするのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...