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110.昔の昼ドラはツッコミどころが多いけどやはり面白い

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 「仁の夕飯? いいわよ、タワシでも食べさせておきなさい」

 「……お母さん……」

 キッチンで買い物袋から次々と食材を取り出しながら……昔の昼ドラに出て来そうな嫌がらせを口にするお母さん。
 本気でやりそうだから、笑えない。

 「江戸時代なら切腹させてるわ。大切な娘が高熱に苦しんでいるのに、運動会に出させたりして」

 「だからね、私自身も気づかなかったんだってば。仁ちゃんを責めないで。仁ちゃんだって……ううん、仁ちゃんこそが大切な本当の息子、でしょう?」

 「本当のって……唯ちゃん、まだそんな事いうの?!」

 大袈裟目に、ショックを受けたような表情を浮かべ、パタパタと駆け寄って来る。
 
 「唯は私の娘! 大事な大事なうちの子よ!?」

 「う、うん、そうだよね、ありがとう……」

 リビングのソファーの……私の隣に座り、思い切り抱きしめてくれるお母さん。
 相変わらずパワフルで色々と圧が強くて……でも、温かい。

 「お仕事忙しいのに、来て貰っちゃってごめんね?」

 「何言ってるの。謝って欲しいとしたら、すぐにお母さんを頼らなかった事よ。娘の危機を医事課から聞かされるなんて、辛いわ」

 「うん……ありがとう」

 お母さんは、お母さんではない。本当は。
 でも、血の絆を越えて私を慈しんでくれる、とっても優しい人だ。

 「ああ、仁の夕飯も適当なもの置いて行くから、心配しないで休んでなさい? ベッドで寝てた方がいいんじゃない?」

 「ありがとう。でも今はこの方が楽なの。ずっと横になってたら、なんだかあちこち痛くなっちゃって」

 「熱のせいで関節痛が出てきてるっというのもあるんでしょうね。肩? 腰? この辺?」

 私の返事を待つ前に、あちこちマッサージを始めてくれた。

 「ああ~……いい気持ち……さすがお医者さん」

 「ちっともさすがじゃないわ。亜種の為のインフル予防薬……まだ完成させる事が出来なくて」

 お母さんはアスカグループの医療部門のトップとして、血統種専門科のある病院の経営責任者を務めながら、亜種に関する研究をしている。

 「やっぱり、難しいんだね」

 「日々感じているんだけどね、亜種って本当に複雑なのよ。インフルエンザ一つとっても、感染して、ものすごい量のウイルスに侵されているのに、へっちゃらな子もいれば、唯みたいに重篤になりやすい子もいる。予防接種後のショック反応の報告が多いのにも関わず、その機序がわからない。病院に運ばれても手の施しようがない場合も多い。だから、誰も予防接種を打たない。そして感染して……」

 首の付け根辺りを揉みほぐしてくれていた手が、止まった。
 お母さんはそのまま、私を後ろから抱きしめて。

 「絶対に絶対に、完成させるからね。インフルなんかに唯が連れて行かれちゃったら……お母さん、生きて行けない」

 「……ありがとう。お母さんなら、きっと出来るよね。期待して待ってる。……ほら、離れて離れて。お母さんにまでうつっちゃったら大変だよ?」

 絡まる腕を、そっと解く。

 「お母さんは大丈夫よ。予防接種打ちまくってるから」

 「ええ? 打ちまくっていいの? 予防接種って?」

 「まずは自分で試さないと、研究に協力してくれてる亜種の患者さん達に申し訳が立たないじゃない」

 そうか。お母さんは仕事柄……私以外の亜種を、大勢知ってるんだよね。

 「あ、なにかあったかいもの飲む? 生姜紅茶とか?」

 「うん、ありがとう」

 「このカップ使うわよ? 茶葉は……ああ、これね。相変わらずよく整頓されたキッチンだこと。ものの場所が分かりやすいわ。生姜は冷凍庫? 唯、いつもすりおろしたのを冷凍してるわよね?」

 キッチンへ行き、必要なアイテムをテキパキと集めるお母さん。

 「うん、それもあるけど……冷蔵庫に生姜シロップが入ってるんだ。この前、仁ちゃんの職場の人に贈ったんだけど……おいしそうだから自宅用にもって、仁ちゃんが買ってくれて」

 「仁の職場……って事は血統種って事よね? 唯ともお付き合いがあるの? 大丈夫? 嫌な想いしてない?」

 途端に、お母さんの表情が硬くなる。

 「大丈夫だよ。私が亜種って事は知られてないし」

 「そう……ならいいけど。困っちゃうわよね。亜種への差別は根強くて」

 「……お母さんの患者さん達も、大変な想い、してる?」

 迷いつつ、お母さんの顔色をうかがいつつ、訊いてみる。
 お仕事の事に、どこまで立ち入っていいかわからないから。

 「私が関わってる方達はね、皆、普段は通常種として暮らしてるのよ。通常種の業界で生きていれば、万一血筋がバレちゃったとしても、差別なんて無いから。まぁ仕事のお給料とかは血統種とはアレだけど……通常種は税金も安いしね」

 「そう……そうなんだよね」

 高校の時、血統種学総論の先生が言ってた。

 血統種から見た亜種は、天上に住まう女神様が下界に降臨した時に家畜に襲われて、孕まされた異端児。みたいな存在。
 対して通常種から見た亜種は、地位も名誉もある大企業の社長息子が、政略結婚を断って貧乏な庶民の娘とかけおちした末に授かった、愛の結晶。みたいな存在。
 その位、受け入れ方に差があるって。

 「だから……本当は唯にも、そういう道もあったのよ。自分の生まれに負い目を感じたりせず、普通に友達を作って恋をして結婚して……そういう未来が。なのに……あんの人でなし息子……っ」

 ギリギリと歯ぎしりをしながら、一人息子をなじるお母さん。

 「お母さん、仁ちゃんとの結婚は私が望んだ事でもあるから」

 「……あの子、唯が来てくれてから本当に変わったと思っていたのに。やっぱり私の育て方に問題があったのよね。小さい頃から絶対誰にも負けるなってプレッシャーをかけすぎたから……」

 「大丈夫。仁ちゃんはかっこよくて優しくて……すごく素敵な人だよ。さすがはお父さんとお母さんの子って感じ」

 「……唯ちゃん……」

 泣きそうな顔で、私を見つめてるお母さん。

 と。よそ見をいたのが良くなかったようで。ティーポットに入れようとした紅茶葉が、バサバサとこぼれた。

 「あら……っ!」

 「あっ、お母さんいいよ、私がやるから」

 私は慌てて、お母さんの傍に駆け寄った。
 お母さんも超がつくお嬢様だから、こういうの得意じゃないんだよね。

 「いいから唯は休んでて!」

 「じゃ、じゃあこっちのティーバッグの方で淹れて貰える? そっちの方が簡単だから」

 頑固なお母さんに、ササっと大容量お徳用のティーバッグを差し出す。 
 お母さんが今手にしている紅茶葉は、仁ちゃん用のちょっといいやつなんだよね。私用に使うには、勿体ない。
 
 「はぁ……仁だけじゃなく、お母さんもダメね。いつまでたっても」

 「何言ってるの。お母さんだって今も昔も、良いお母さんだよ。私、本当に感謝してるんだから」

 それは嘘偽りのない本音。 
 だって、お父さんとお母さんと仁ちゃんがいなければ……私は今頃、どうなってたかわからないから。

 「……ありがとう、唯ちゃん」

 改めて、私を抱きしめるお母さんの腕の中で……私は、仁ちゃんの家に初めて来た時の事を、思い出していた。
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