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89.大切な人が良い友人に囲まれていて嫉妬するのは恋で安心するのは愛

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 「あ! ご主人! こっちこっち!」
 
 開会式10分前。
 社員とその家族と来賓と……もーちょい時間的余裕を持って行動しろよという人種達で混み合う、競技場正面入り口の、受付前。

 「あ……すいません、お待たせして」

 こっちこっちと呼ばれなくても、すぐにわかった。
 借り物レベルでは無いが、いつも通りの華やいだ格好。運動着ばかりの雑踏の中では、ひときわ目立つ。

 「なんか、ごめんなさいね? 実行委員? のお仕事忙しいのに」

 「いえ、こんな事がお礼になるなら……今日は朝からすいませんでした」
 
 会釈をして、受付待ちの列に、一緒に並ぶ。

 お前、そんな気遣い出来るんだな。
 以前の俺ならそんな風に、こいつの謝意にすら皮肉っぽい感情を抱いていたかもしれないけれど。

 「いいのよ。私、毎朝4時からピラティスしてるから、起きてたし。どう? 私のフルコーディネートとヘアメイク。中々のものだったしょ?」
 
 「……っはい!!」

 マウント女のお陰で、俺は天使に会えた。
 ピリついて逆立った心を、唯の真っ白な羽が優しく撫でて、ならしてくれた。

 「妻は美しいというより可愛らしい雰囲気なので……いや勿論美しくもあるんですが。どちらかというとっていう意味でですよ? なので、似合うのはピンクとか白とかなのかな~と思っていまして。でも淡いパープルは良かった! 清純かつ適度に妖艶で……色白で華奢だから、基本パステルとかダスティーな色は何でも似合うけど、紫までも射程範囲かと驚いたと言うか! あ、あとメイクも最高でした! 元が良いから化粧映えするのは当然と言ったらそれまでですが、アイラインが目尻にかけて太く、ちょっと跳ね上がるようにひかれてて、唯のわんこみたいな丸い目が、小悪魔感じのあるキャットアイに仕上がってて、もういくらでもじゃれて? 噛んで? っていう位――」

 と。そこまで熱弁した所で、ハッとした。

 「あ……すいません」

 「ご主人……本当に飛鳥さんの事、大好きよね。問題なのは、それが本人に伝わってない事だと思うけど」

 ドン引きされるか、からかわれるか。の二択だと思ったんだけど。
 マウント女は、真顔でため息を吐いた。

 「と、いいますと?」

 「服を選ぶ時も、ヘアメイクをする時も、好みを訊く度に、仁ちゃんの妻として恥ずかしくないのはどっちでしょう? って、逆質問してくるのよ? 愛されてる自覚があれば、ああはならないでしょう? ご主人、ちゃんと伝えてる? 日常的に?」

 ああ、その光景が容易く想像出来て、心苦しくなってしまう。
 俺だって伝えたいさ。日常的に。

 「色々あって……なかなか……」

 「ダメよ~? 飛鳥さんただでさえ自己肯定感低めなんだから」

 「それはわかってるんですが」

 「わかってないわよ。今だって飛鳥さんを、一人置いて来てるじゃない」

 「え……? ああ、応援席へは同僚達が案内をしてくれるって」

 「その同僚達って、女でしょ」

 当たってる。でもどうして……?

 「はぁ……見てくれが良くて、地位も名誉も立場もある男。それがあなたよね? そしてその妻が飛鳥さんよね?  まわりの女達がどういう目で彼女を見るか、わからない?」

 「品定めする、みたいな嫌な視線を向けてくるって事ですよね? それ位は俺にもわか」

 「で? その結果、皆が友好的に接してくれたから、もう安心。なんて思って置いてきたわけでしょう? そこがわかってないって言ってるのよ」

 「……ん?」

 どういう事だ? マジでわからん。

 「ちなみに、そこに斎藤さんもいた?」

 「ええ」

 「斎藤さんも借り物としてデコってるのよね? 綺麗だった?」

 「……ええ、まあ」

 「でも、斎藤さんの周りに女子社員の輪なんて出来なかったでしょ?」

 「……そうですね」

  俺の返事に、『やっぱりね』と言ってため息を吐くマウント女。

 「あのね、ご主人。女が女に優しくするのは、見下してる時なのよ」

 「は?」

 「ハイスペックな御曹司の嫁が、同じくハイスペックだとおもしろくないの! 可愛い~っなんて言って親切にするのは、いくら御曹司の嫁でも、女としては私の方が勝ってるわ。っていう優越感故の余裕なの! きっと飛鳥さん自身もわかっているわ。彼女、コンプレックスの塊だし、変にシビアな所あるし」

 「は? なんですかそれ? 少なくともあの場には、唯より可愛い女子社員なんていませんでしたけど」

 「だ~か~ら~! あなたはそう思ってくれてるんだって、飛鳥さん自身が理解できるよう、愛を伝えてあげなさいって言ってるの! 自己肯定感が低いと、ネガティブな思考に陥りやすいわよ! 夫のあなたが引き上げてあげないと!」

 「いやあの、色々事情があって愛を伝えるのは」

 「とりあえず行ってあげてちょうだい! 飛鳥さんは今、現在進行形で "ふ~ん? この程度で御曹司落とせるんだ~?"っていう、ネチっこい女子社員に囲まれてるんだから! 初対面なのにずけずけと、馴れ初めとか聞かれちゃってるんだから!」

 「え、でも入場受付」

 「社員証置いてって! 後は自分でなんとかするわ! だから……行って!」

 「は、はい――っ!」

 バン! と思い切り背中を叩かれ、俺は再び走り出した。

 なんなんだ。
 お前こそ、初対面に毛が生えた位の相手に、ずけずけと……。
 そう思いながら、チラっとだけ、マウント女の方を振り返る。

 「だから、社員本人は実行委員で忙しいから来れないって言ってるでしょ! 私はその奥さんの友達なの! さっき、ちゃんと入場許可の手続きもして――」

 でも、唯が近頃、あいつと親しくしている理由が、少しだけ分かった気がする。

 「いい"友達"が、出来たんだな……」

 散々な言われようだったにも関わらず、唯の元へ走る俺の口元は、緩んでいた。
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