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86.当日の朝準備不足に気付くという絶望

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 ヴ、ヴ、ヴ――。

 「……っは……!」

 スマホのアラーム(バイブレーション)に、驚いて飛び起きる。
 いつもは体内時計のお陰で、アラームが鳴る前に目が覚めるんだけど。今日はいつもより1時間早く設定したから。

 洗面所に行って、顔を洗ったら、すぐに部屋に戻ってスキンケアをする。いつもより丁寧に。
 だって今日は、ついに迎えた運動会当日。お化粧も普段よりはしっかりする予定だから。
 私みたいな基礎が残念なお顔は、劇的にメイク映えたりしないんだけれど。仁ちゃんに恥をかかせない為にも、気合を入れなければ。

 「お化粧は着替えてからの方がいっか」

 そう一人で呟いて、パジャマを脱いだ所で……気が付いた。

 「じじじじ仁ちゃんっ!」

 「おはよ。なに、どうした」

 大慌てで部屋の戸をノックすると、仁ちゃんはすぐに顔を出してくれた。
 実行委員のお仕事があるから、6時には家を出る。と話していた仁ちゃんは、身支度完了状態。

 「あっ、ごめ……もう朝ごはん食べたい感じだよね? 時間的に」

 「いやまだ……え!!」

 「だったらちょっと相談があるの! 私、完全にうっかりしてたんだけど」

 「ごめ! その前に、な、何か着ないか!?」

 「へ!? 何かって……」

 大慌てで目を逸らす仁ちゃん。それに促されるようにして、私は自分自身へと視線を移し……息を呑んだ。

 「きゃああああああ!!」

 私、パジャマを脱いだ後……下着姿のまま、ここに来てしまったんだ。
 咄嗟に自分を抱きしめるような格好をするけど……恥部の大半は、まるで隠れていない。

 「大丈夫!! 見てない! 上下バラバラなんだなとか、全然思ってない!」

 「ごめんごめんごめん!! 違うの、これはナイトブラだから! これからちゃんとしたセットのやつに着替える予定……ああそんな事どうでもいいよね! 大変なの! 急いで何とかしないと!」

 「ちょ、あ、と、とりあえずこれで……!!」

 ベッドの上から持って来たふかふか毛布で、私をぐるぐる巻きにする仁ちゃん。

 「あ……ありがとう……っ」

 「で、どうした? 大変て何が……」

 「私、着る物がない!」

 長身の仁ちゃんを、つま先から頭のてっぺんまで、なぞるように見上げる。
 ピタッとした黒いハイネックインナー。その上には有名スポーツブランドのパーカー。
 下半身は、ハーフパンツの下に、これまたピタッとしたレギンスを履いてらっしゃる。

 「そういう、仁ちゃんみたいな……運動会に相応しいお洋服を持ってないの! 出勤前の早朝に英会話アプリをイヤホンで聞き流しながら、公園周りを走ってる意識高い系社会人ランナー風な格好が出来ない!」

 腕力強化に必死で、お洋服の事まで頭が回ってなかった。
 こんな事、当日に気付いてもどうにもならないのに……。

 情けなくて申し訳なくて、俯いてしまう。
 でもそんな私の肩を仁ちゃんは、がっしりと掴んだ。小難しい、顔をして。

 「……ごめん。俺も完全にれてた。借り物役は、着飾る奥さん方が多いらしい!」

 「着飾る……!? って、どのレベルに!?」

 「岡崎さんは、友達の結婚式と自分の結婚式の間位って言ってた!」

 「どうしよう、どっちにも出た事が無いからわからない! 要は、パーティードレスじゃないとって事だよね?」

 「この前アスカのパーティーに着てったやつは?」

 「う~んっ。セレモニースーツコーナーで買ったものだから、フォーマル感はあるけど……ドレスでは無いんだよね。それに膝丈だし……お姫様抱っこをしたら、その……中が見えちゃう可能性大じゃない?」

 「まぁそうなんだけど……奥さんのパンチラを回避できるかどうかも、参加者の腕の見せ所というか」

 なんじゃそりゃ。
 改めて考えてみると、とんでも無いイベント。やっぱり血統種の世界って、通常種界育ちの私には理解に苦しんでしまう。

 「じゃ、じゃあ、とりあえずあのワンピースを着て、インナーパンツもはいておくね? あ、ちなみにスニーカーは問題ないよね? 着飾るって言っても、グラウンドをヒールで駆けまわるわけにはいかないし」

 「いや……課長の奥さんはピンヒールで出場したって言ってた……」

 「……持ってないです!」

 「あー……大丈夫だろ! 唯は無理せず、スニーカーで!」

 「ダメだよっ! 悪目立ちしないようにって、おんぶをやめたのに……一人だけスニーカーじゃ、仁ちゃんに恥をかかせちゃうかも……ああ、でも歩きやすいペタンコパンプスが、私の所持品の限界だ!」

 「だから気にしなくていいって! 伝え忘れてた俺が悪いし! 何より、今からじゃどうにもならないだろ?」

 「う……っ、そうだよね、こんな時間から靴屋さんなんて開いてないし、貸してくれそうな人も……」

 いないよね、と言おうとした時に、ポン! と頭に浮かんだ。
 いつも綺麗な出で立ちで挨拶をしてくれる、あの人の顔が。

 「「あ……」」

 そしてそれは仁ちゃんも同じだったようで……私達は声を重ねた後、顔を見合わせる。

 「電話してみる!」
 
 私は毛布でぐるぐる巻きのまま急いで部屋に戻り、スマホを手に取った。

 こんな早朝に電話をするなんて、非常識でごめんなさい、なんだけど。
 今は仁ちゃんの名誉がかかった大ピンチ。それに……

 「大園さんなら、許してくれそうな気がする……」

 『しょーがないわねー!』と笑う、あの美しい人の笑顔を想像する。

 これから大迷惑をかけるというのに、いつも程は恐縮していない自分に、私は驚いていた。
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