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75.引かれてもいいじゃない
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「…………そ、んな事が……あったん……だぁ~?」
う~~~~わ。
これは確実に引かれている。
今朝の、一輝との事について正直に話した結果……しどろもどろになる唯を見て、そう確信する。
「えと、ごめんね? 素朴な疑問なんだけど。警察沙汰になったりは……?」
「ギャラリーの通常種が、通報したかもしれない。でも、そうだったとしても、一輝は血統種同士の小競り合いなんで、とか言って、大事にはしてないと思う」
「こ、小競り合い……」
やばい。中学まで通常種の学校に通っていた唯には、かなり非常識な話だったかもしれない。
「え、えーと、ほら、高校の時もさ、あちこちで爆発音がするとか、日常茶飯事だっただろ? 血統種って基本、血の気が多いし、攻撃的な能力を持つ奴が多いから……通常種同士なら素手の殴り合いで済む喧嘩も、スケールが大きくなりがちというか。警察もそれをわかってると思う」
「そ、そういえばそうだったね……高校を卒業してから、血統種の集団からは遠ざかっていたから……すっかり馴染みが無くなってて」
「あ、でも、俺がここまで荒れたの、社会人になって初めてだからな? 今回の一輝は、許容範囲を明らかに超えてたから……」
「う、うん、大丈夫、わかってるよ。なんか……私の事で、ごめんね?」
リビングのソファに座り、クッションをぎゅっとつかみながら、俯く唯。
ああ、いけない。そうやって謝らせちゃうと思ったから、言わないで置こうと決めてたのに。
「謝るなよ。怒りを抑えられなかったのは俺自身の問題だから。それに……俺、一輝をボコった事自体は後悔もしてねぇんだ」
「そんな……だって、喧嘩したままでいいの? 一輝さんは仁ちゃんの一番のお友達で、理解者で……後継者になる為にも色々協力してくれる――」
「それでも、唯にした事は許せない。……ごめん、ちょっと嫌な事言うな? あいつ唯の前ではヘラヘラしてるけど、亜種への偏見はがっつりあるんだ。だから今までも、隙をみては唯を攻撃してきて……唯は気付いてなかったと思うけど」
「あ、ごめん、仁ちゃん。私割と気付いてた。一輝さんて、私の事大嫌い……だよね?」
「え、嘘」
ひた隠しにしてきた……つもりの、幼馴染の悪意。それを既に、気付いていた……だと? え、俺めっちゃ恥ずかしいじゃん。つーかそれよりなにより……
「ごめん、唯っ。気付いてたのに、今までニコニコ付き合ってくれてたんだな。ほんと……ごめん」
「ううん、それこそ仁ちゃんが謝らないで。人の好き嫌いなんで、他人にはどうにも出来ないよ。私は亜種だし……尚更。一輝さんは、仁ちゃんが私なんかと結婚した事、まだ納得出来て無いんだと思う。社長になる為とはいえ……大切な仁ちゃんにはもっとふさわしい人がいた筈だって、思ってるんじゃないかな」
「それは……」
そうなんだろうけど。わかってはいるんだけど。
「でも、俺の人生は俺に決定権がある。自分を想ってくれてる人を大事にってのはもっともだけど……そういう奴の希望通りに生きる事を優先してたら、自分の幸せは手に入らないだろ」
「……そうだよね。仁ちゃんの一番の幸せは、飛鳥の後継者に選ばれる事だもんね……」
ぐ……違う。
俺の幸せはずっと唯と一緒にいて、唯の住みやすい世界を作る事だ。飛鳥の後継ぎになるのは、その手段でしかない。
そう、正直に言いたい。でも、いくら本音晒そうぜという約束をしても、晒してはいけない部分はあるわけで。
「ああ、そうなんだ、だから……」
「うんっ、ごめんね、仁ちゃんにも色々考えがあるんだもんね。一輝さんとの事は、もう口出ししたりしない!」
本当は心配だろうに……自分を気持ちに蓋をして、俺の決定を尊重してくれる唯に、胸が痛くなってしまう。
「仁ちゃんの味方は一輝さんだけじゃないもんね! 斎藤さんていう、頼もしいアシスタントさんもいるし」
「っは……! 斎藤……っ」
そうだ。
昨日唯は、斎藤と病院に向かう所を目撃して、誤解したとか。一輝が斎藤の気持ちをチクって来たとか、色々言ってたんだ。その後、一輝が唯に何を言ったのか? って方向に話がそれたけど……。
「……あの、名前が出たついでにってわけじゃないんだけど。次は……斎藤さんの話、聞かせてもらってもいい? 昨日は、ちゃんと聞けなかったから」
遠慮がちにそう言って、クッションにおいた指先を、もじもじさせる唯。
仕草としては、可愛い。が。心なしか、目は怖い。いつもの可愛いクリクリeyesの奥に、何やらぎらついたものを感じる。
「あ、ああ……ええと、何から話せばいいのか」
あいつが唯をディスりまくった件……は伏せといていいか。わざわざ嫌な気持ちにさせる事無い。
告白された話……は、マストだよな。そこは一輝がバラしちゃってるわけだし。今日きちんと振った事も伝えれば今後あらぬ疑いをもたれる事もないだろうし。
あとは……
『新しい仕事? 運動会絡みか?』
『いえ、唯さんの浮気調査です』
っとーーーーー!!! 一番厄介なやつ、あったーーー!!
「仁ちゃん?」
「ちょ、ず、ずっと喋ってたらなんか喉乾いて……! ビ、ビール開けていいか!?」
「え、え?」
めちゃめちゃどもりながら、俺は立ち上がり、キッチンへと逃げ込んだ。
どうする、どうする、どうする!?
斎藤ならマジでやる。ベレー帽被って、パイプ煙草吸いながら、唯を尾行したりとか、そーゆーふざけた事を超真剣にやる奴だ。そんなのに付きまとわれたら、唯に無駄に怖い想いをさせてしまう。
だから是非とも『斎藤が色々かぎまわってくるかもしれないから、気を付けて』と忠告しておきたい所だが。
そうなれば返って来るのは『斎藤さんはどうしてそんな事を?』という質問。
斎藤が唯の浮気を疑ってる事、その原因となる現場を目撃した事を、伝えなきゃいけなくなる――っ。
そうしたら……唯は……一体なんて説明するんだ? 俺に内緒で、あいつと会っていた理由を……。
『ごめんね、仁ちゃん……でも私、やっぱり忘れられなくて……』
「無理無理無理無理ーーーーーー!」
妄想の中の言葉でも、鉄球で股間を強打されたような、大ダメージ。
冷蔵庫の前で、うずくまってしまう。
だって、耐えられない。もしそんな事を言われたら……いよいよあいつに唯を奪われるカウントダウンスタートじゃないか。
そうなる位ならやはり……斎藤が探偵化する件については黙っ……いや、でも、斎藤の口から『男の車から降りる唯さん見ました』なんて伝わったら……事態が一層ややこしくなる気がする。
いやっ、でもっ、俺からあいつの話を振るのは怖すぎる!
だってあいつは唯の……唯の……っ!
「ごめんね仁ちゃん、私気がきかなくて……! お仕事後なのに、ビールどころかご飯もまだだったもんね! 待ってね、もう作ってあるから、すぐに」
謝りながら、パタパタとキッチンに走ってきた唯。
やばい、こんな所を見られたら、また具合が悪いのかと心配をかけてしまう。
そう思って慌てて立ち上がった時――
ピンポーン。
鳴り響いた、インターホンの音。
「あ、はーい! ごめんね、仁ちゃん、ちょっと待ってて?」
即座に反応し、今度は玄関の方へ駆けて行く唯。
今のはマンションエントランスのピンポンじゃなく、自宅ドア横のピンポンの音だ。
ってことは……オートロックを既に潜り抜けてきた相手……え、誰? 怖くね?
「唯、待って、俺が出る――」
「遅くなっちゃってごめんなさいね」
「とんでもない。わざわざすいません」
「何言ってるの、タッパー洗って返す位最低限の礼儀よ。本当に美味しかったわ。ご馳走様」
焦って唯を追いかけた……けれど、途中で足を止め、壁の陰に隠れてしまう。
「なんだ、マウント女か……」
唯の背中ごしに見えたのは、あの派手住民。
そうか、最近唯はあいつと仲良くしてんだっけ。一緒にセレブスーパー行ったりしてたし。
唯の能力を狙う不審者が自宅まで乗り込んできたんじゃ……そんな心配が杞憂に終わり、ホッと胸をなでおろす。
が――。
「それで? ご主人とは大丈夫だったの? 間男との密会、見られてなかった!?」
デカめの声で喋るマウント女の言葉に……体中から血の気が引いて行くのを感じながら……
俺はその場から、動けなくなってしまった。
う~~~~わ。
これは確実に引かれている。
今朝の、一輝との事について正直に話した結果……しどろもどろになる唯を見て、そう確信する。
「えと、ごめんね? 素朴な疑問なんだけど。警察沙汰になったりは……?」
「ギャラリーの通常種が、通報したかもしれない。でも、そうだったとしても、一輝は血統種同士の小競り合いなんで、とか言って、大事にはしてないと思う」
「こ、小競り合い……」
やばい。中学まで通常種の学校に通っていた唯には、かなり非常識な話だったかもしれない。
「え、えーと、ほら、高校の時もさ、あちこちで爆発音がするとか、日常茶飯事だっただろ? 血統種って基本、血の気が多いし、攻撃的な能力を持つ奴が多いから……通常種同士なら素手の殴り合いで済む喧嘩も、スケールが大きくなりがちというか。警察もそれをわかってると思う」
「そ、そういえばそうだったね……高校を卒業してから、血統種の集団からは遠ざかっていたから……すっかり馴染みが無くなってて」
「あ、でも、俺がここまで荒れたの、社会人になって初めてだからな? 今回の一輝は、許容範囲を明らかに超えてたから……」
「う、うん、大丈夫、わかってるよ。なんか……私の事で、ごめんね?」
リビングのソファに座り、クッションをぎゅっとつかみながら、俯く唯。
ああ、いけない。そうやって謝らせちゃうと思ったから、言わないで置こうと決めてたのに。
「謝るなよ。怒りを抑えられなかったのは俺自身の問題だから。それに……俺、一輝をボコった事自体は後悔もしてねぇんだ」
「そんな……だって、喧嘩したままでいいの? 一輝さんは仁ちゃんの一番のお友達で、理解者で……後継者になる為にも色々協力してくれる――」
「それでも、唯にした事は許せない。……ごめん、ちょっと嫌な事言うな? あいつ唯の前ではヘラヘラしてるけど、亜種への偏見はがっつりあるんだ。だから今までも、隙をみては唯を攻撃してきて……唯は気付いてなかったと思うけど」
「あ、ごめん、仁ちゃん。私割と気付いてた。一輝さんて、私の事大嫌い……だよね?」
「え、嘘」
ひた隠しにしてきた……つもりの、幼馴染の悪意。それを既に、気付いていた……だと? え、俺めっちゃ恥ずかしいじゃん。つーかそれよりなにより……
「ごめん、唯っ。気付いてたのに、今までニコニコ付き合ってくれてたんだな。ほんと……ごめん」
「ううん、それこそ仁ちゃんが謝らないで。人の好き嫌いなんで、他人にはどうにも出来ないよ。私は亜種だし……尚更。一輝さんは、仁ちゃんが私なんかと結婚した事、まだ納得出来て無いんだと思う。社長になる為とはいえ……大切な仁ちゃんにはもっとふさわしい人がいた筈だって、思ってるんじゃないかな」
「それは……」
そうなんだろうけど。わかってはいるんだけど。
「でも、俺の人生は俺に決定権がある。自分を想ってくれてる人を大事にってのはもっともだけど……そういう奴の希望通りに生きる事を優先してたら、自分の幸せは手に入らないだろ」
「……そうだよね。仁ちゃんの一番の幸せは、飛鳥の後継者に選ばれる事だもんね……」
ぐ……違う。
俺の幸せはずっと唯と一緒にいて、唯の住みやすい世界を作る事だ。飛鳥の後継ぎになるのは、その手段でしかない。
そう、正直に言いたい。でも、いくら本音晒そうぜという約束をしても、晒してはいけない部分はあるわけで。
「ああ、そうなんだ、だから……」
「うんっ、ごめんね、仁ちゃんにも色々考えがあるんだもんね。一輝さんとの事は、もう口出ししたりしない!」
本当は心配だろうに……自分を気持ちに蓋をして、俺の決定を尊重してくれる唯に、胸が痛くなってしまう。
「仁ちゃんの味方は一輝さんだけじゃないもんね! 斎藤さんていう、頼もしいアシスタントさんもいるし」
「っは……! 斎藤……っ」
そうだ。
昨日唯は、斎藤と病院に向かう所を目撃して、誤解したとか。一輝が斎藤の気持ちをチクって来たとか、色々言ってたんだ。その後、一輝が唯に何を言ったのか? って方向に話がそれたけど……。
「……あの、名前が出たついでにってわけじゃないんだけど。次は……斎藤さんの話、聞かせてもらってもいい? 昨日は、ちゃんと聞けなかったから」
遠慮がちにそう言って、クッションにおいた指先を、もじもじさせる唯。
仕草としては、可愛い。が。心なしか、目は怖い。いつもの可愛いクリクリeyesの奥に、何やらぎらついたものを感じる。
「あ、ああ……ええと、何から話せばいいのか」
あいつが唯をディスりまくった件……は伏せといていいか。わざわざ嫌な気持ちにさせる事無い。
告白された話……は、マストだよな。そこは一輝がバラしちゃってるわけだし。今日きちんと振った事も伝えれば今後あらぬ疑いをもたれる事もないだろうし。
あとは……
『新しい仕事? 運動会絡みか?』
『いえ、唯さんの浮気調査です』
っとーーーーー!!! 一番厄介なやつ、あったーーー!!
「仁ちゃん?」
「ちょ、ず、ずっと喋ってたらなんか喉乾いて……! ビ、ビール開けていいか!?」
「え、え?」
めちゃめちゃどもりながら、俺は立ち上がり、キッチンへと逃げ込んだ。
どうする、どうする、どうする!?
斎藤ならマジでやる。ベレー帽被って、パイプ煙草吸いながら、唯を尾行したりとか、そーゆーふざけた事を超真剣にやる奴だ。そんなのに付きまとわれたら、唯に無駄に怖い想いをさせてしまう。
だから是非とも『斎藤が色々かぎまわってくるかもしれないから、気を付けて』と忠告しておきたい所だが。
そうなれば返って来るのは『斎藤さんはどうしてそんな事を?』という質問。
斎藤が唯の浮気を疑ってる事、その原因となる現場を目撃した事を、伝えなきゃいけなくなる――っ。
そうしたら……唯は……一体なんて説明するんだ? 俺に内緒で、あいつと会っていた理由を……。
『ごめんね、仁ちゃん……でも私、やっぱり忘れられなくて……』
「無理無理無理無理ーーーーーー!」
妄想の中の言葉でも、鉄球で股間を強打されたような、大ダメージ。
冷蔵庫の前で、うずくまってしまう。
だって、耐えられない。もしそんな事を言われたら……いよいよあいつに唯を奪われるカウントダウンスタートじゃないか。
そうなる位ならやはり……斎藤が探偵化する件については黙っ……いや、でも、斎藤の口から『男の車から降りる唯さん見ました』なんて伝わったら……事態が一層ややこしくなる気がする。
いやっ、でもっ、俺からあいつの話を振るのは怖すぎる!
だってあいつは唯の……唯の……っ!
「ごめんね仁ちゃん、私気がきかなくて……! お仕事後なのに、ビールどころかご飯もまだだったもんね! 待ってね、もう作ってあるから、すぐに」
謝りながら、パタパタとキッチンに走ってきた唯。
やばい、こんな所を見られたら、また具合が悪いのかと心配をかけてしまう。
そう思って慌てて立ち上がった時――
ピンポーン。
鳴り響いた、インターホンの音。
「あ、はーい! ごめんね、仁ちゃん、ちょっと待ってて?」
即座に反応し、今度は玄関の方へ駆けて行く唯。
今のはマンションエントランスのピンポンじゃなく、自宅ドア横のピンポンの音だ。
ってことは……オートロックを既に潜り抜けてきた相手……え、誰? 怖くね?
「唯、待って、俺が出る――」
「遅くなっちゃってごめんなさいね」
「とんでもない。わざわざすいません」
「何言ってるの、タッパー洗って返す位最低限の礼儀よ。本当に美味しかったわ。ご馳走様」
焦って唯を追いかけた……けれど、途中で足を止め、壁の陰に隠れてしまう。
「なんだ、マウント女か……」
唯の背中ごしに見えたのは、あの派手住民。
そうか、最近唯はあいつと仲良くしてんだっけ。一緒にセレブスーパー行ったりしてたし。
唯の能力を狙う不審者が自宅まで乗り込んできたんじゃ……そんな心配が杞憂に終わり、ホッと胸をなでおろす。
が――。
「それで? ご主人とは大丈夫だったの? 間男との密会、見られてなかった!?」
デカめの声で喋るマウント女の言葉に……体中から血の気が引いて行くのを感じながら……
俺はその場から、動けなくなってしまった。
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