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64.時間とは、容赦なく人を冷静にさせてくれる打ち水
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「それは……何かの勘違いじゃないか」
「………………うん。なんか、そうかもなって思えてきた」
マンションの住民に二人でいる所を見られ、あらぬ誤解をされたら面倒。
と言う蓮ちゃんに促され……マイカーに乗せて頂き、適当に走って頂き、今日蓮ちゃんと別れてからさっき再会するまでに起きた出来事を全て聞いて頂き――。
おかげ様をもちまして、私の頭は、すっかり冷静さを取り戻していた。
先程の取り乱しぶりを、めちゃめちゃ恥ずかしく感じる程に。
「考えてみれば……いくら私に嫌な事言われたからって、あの仁ちゃんが会社の前で不倫相手とイチャイチャとか……そこまで馬鹿な事するわけ、ないよね」
「そう思う。仁は基本的に慎重な人間だし」
「でも、そんな仁ちゃんを暴走させちゃうほど、斎藤さんを愛しちゃってる……っていう可能性もある?」
「うーん……あいつは女には色々苦労させられてるから、色恋に溺れて身を滅ぼすようなタイプには思えないけど」
そう。そうだよね。
天下のアスカグループ御曹司の上、容姿能力共にハイスペックの仁ちゃんは、昔から大勢の女の人に言い寄られて……大変な想いをしていたし。
「じゃあ一輝さんが言ってた事は? 斎藤さんが仁ちゃんを好きっていう話……嘘だったのかな?」
「清香の気持ちはわからない。でも、あったとしても清香の片思いなんじゃないか」
「どうしてそう思うの? 斎藤さん、あんなに美しいのに?」
「清香は仁のタイプじゃないと思う」
「タイプじゃない!? あの女神を前にして、タイプじゃない、なんてつれない態度を取る男の人が世の中にいるかな!? たとえば蓮ちゃんなら!? 斉藤さんに告白されたとしたら、どうする!?」
「どうもこうも。好きじゃないから断る」
少しも迷う事なく返されたその答えが、私にはかなりの衝撃だった。
「男の人って、美人に告白されたら嬉しいものじゃないの? 好きじゃなくても浮かれて、OKしちゃうものじゃないの?」
「それは人によるだろうけど、俺は美人だからって……あ、何か温かいものでも飲むか?」
向かって左側に見えた、コンビニの看板。すかさずウインカーを出す蓮ちゃん。
「あ、私は大丈夫だよ。でも蓮ちゃんが飲むなら、買ってくる」
「じゃあ、一緒に行こう」
蓮ちゃんはそう言って微笑み、手慣れた手つきでハンドルを操作して、狭いコンビニの駐車場に一発で完璧に車を入れた。
「ん、どうした」
エンジンを切ってもドアを開けず、ほけ~っと見惚れている私に、蓮ちゃんは首を傾げた。
「かっこいい……蓮ちゃん、車の運転まで上手なんだね」
「今時、車停めただけでそんな事言ってくれる女の子、唯位だけどな」
「駐車だけ、じゃないのっ。蓮ちゃんは見目も麗しいし、頭もいいし、優しいし、もう全てがかっこよ……」
と、素敵すぎる蓮ちゃんを褒めちぎった所で、気付いた。
「あ……そうか。蓮ちゃんや仁ちゃんみたいに、見た目も中身も完璧な超人は、美人なら誰でもウェルカム、なんていう次元では生きていない……のかな?」
コンビニに入るや否や、そんな分析を始めた私を、蓮ちゃんは鼻で笑った。
「次元て。自分のスペックなんて関係ないだろ。好きな相手以外は受け入れないって、そんなに変か?」
「ううん……言われてみれば、ごく自然な事だよね。私は容姿に恵まれなかった人間として、美人さんへの憧れや、妬み嫉みが強いから……綺麗なら、誰にでも受け入れて貰えるし、愛して貰えるんだろうな~って、思ってて。だから斎藤さんが仁ちゃんを好きなら、仁ちゃんも絶対斎藤さんを……って思い込んじゃった」
「……唯は、すごいな」
「ん?」
今の、恥ずかしい嫉妬と偏見の話をきいて、どうしてそんなリアクション?
「憧れてる、妬んでる、なんて、普通言えないだろ。プライドとか羞恥心とかで、必死に隠そうとする感情だと思う」
「そ、そうだよね、ごめん……あえて人様に聞かせるような話じゃないよね……蓮ちゃんは何でも、うん、うん、て聞いてくれるからつい……」
うん? 違うな、ここ最近、同じような話を複数回した覚えがある。
「れ、蓮ちゃんどうしよう! 私今の話、仁ちゃんにもしちゃってた! 大園さんや斎藤さんにも……! 隠すべき感情を露わにしてしまってた! うわ~! これダメなやつだよね!? パンツ一枚でスカートもズボンも履かずにウロウロしてたのと一緒って事だよね!? 皆優しいから、その後も普通に接してくれてたけど……本当はめちゃめちゃ引いてたのかな!? あ! まさかそれがきっかけで、仁ちゃんもほとほと愛想を尽かせて、斎藤さんとの不倫に暴走を……!?」
「唯、唯、落ち着いて。まずは飲み物を選ぼう。ミルクティーでいい? 好きだったよな?」
今頃気付いた大失態に、あわてふためいてしまう。
蓮ちゃんはそんな私の肩に手を置き、ポン、ポンと軽くたたいてくれて。
「あ、ごめ……っ、うん、ミルクティー大好きっ、ありがとう」
「別に、落ち込む必要ないだろ。そういう事を素直に口に出来るのは、闘争心が無い証拠だと思うし」
「闘争……心?」
言葉の意味は知っている。でも蓮ちゃんの言わんとしている事が理解できず、キョトンとしてしまう。
そんな私を見て、蓮ちゃんは控えめに微笑んだ。
「人が弱みや恥部を晒したがらないのは、闘争心があるからだと思うんだ。自分を良く見せたい、優れた人間だと思われたい、評価されたい……っていう」
「それは、向上心とは違うの?」
「純粋な向上心なら、ライバルは昨日の自分、になると、俺は思ってる。でも闘争心は自分以外の誰かよりも勝りたい、誰かを負かしたいっていう、角のある感情だ。だから、闘争心がある人間相手には警戒するし、一緒にいても心が休まらない」
「……成程」
持論をとってもわかりやすく解説してくれる蓮ちゃんに関心してしまう。
でも、まだまだその真意はわからなくて。すると、そんな私の気持ちを察したらしい蓮ちゃんは、解説を続けてくれた。
「特に仁は、小さい頃からそういう角に四方八方を囲まれて生きて来たから……唯みたいな子が傍にいてくれると、安らぐし、癒されるんだと思う。俺、言っただろ? 仁は唯が思っているよりずっと、唯に感謝してるし、大切に想ってるって。それは、そういう理由」
流れ星に遭遇したような、顔をしてしまう。
突然の驚き。そして喜びと感動。泣きそうになる程に、ありがたく幸せな気持ち。
「あ……ありがとう、蓮ちゃん、そんな風に言ってくれて……私、調子にのっちゃいそうっ」
目を潤ませながらお礼を言う。
蓮ちゃんは微笑みながら、ホットのミルクティーとルイボスティーのペットボトルを手に取り、レジの方へ歩いて行った。
「清香がタイプじゃないって言ったのも、同じ理由だよ。清香は……闘争心と向上心の塊だから。いくら美人でも、むしろ仁と衝突する人種だと思う」
「確かに、斎藤さんがアシスタントになりたての頃、テロリスト呼ばわりしてた」
「はは、テロリストはひどいけど。まぁとにかく、心配する必要ないんじゃないか。……というか、テロリストと寄り添わないと歩けないような状態だった、って可能性を、俺なら心配するけど」
「え!? それって具体が悪かった、とか?」
会計待ちの列に並びながら、途端にざわつき始めた胸元を押さえる。
「タクシーに乗ったのは、病院に直行する為かもしれない。連絡が無いのは、病院で処置中って事なら説明がつくし」
「わ、私、外でちょっと電話してきてもいい!? あ、ミルクティー代は後でちゃんと……っ」
「いいから。仁が出なければ、清香にかけてみて」
「うん! ありがとう!」
列から飛び出し、急いで店外に出る。
スマホ画面をタップする指先は、小刻みに震えていた。
「………………うん。なんか、そうかもなって思えてきた」
マンションの住民に二人でいる所を見られ、あらぬ誤解をされたら面倒。
と言う蓮ちゃんに促され……マイカーに乗せて頂き、適当に走って頂き、今日蓮ちゃんと別れてからさっき再会するまでに起きた出来事を全て聞いて頂き――。
おかげ様をもちまして、私の頭は、すっかり冷静さを取り戻していた。
先程の取り乱しぶりを、めちゃめちゃ恥ずかしく感じる程に。
「考えてみれば……いくら私に嫌な事言われたからって、あの仁ちゃんが会社の前で不倫相手とイチャイチャとか……そこまで馬鹿な事するわけ、ないよね」
「そう思う。仁は基本的に慎重な人間だし」
「でも、そんな仁ちゃんを暴走させちゃうほど、斎藤さんを愛しちゃってる……っていう可能性もある?」
「うーん……あいつは女には色々苦労させられてるから、色恋に溺れて身を滅ぼすようなタイプには思えないけど」
そう。そうだよね。
天下のアスカグループ御曹司の上、容姿能力共にハイスペックの仁ちゃんは、昔から大勢の女の人に言い寄られて……大変な想いをしていたし。
「じゃあ一輝さんが言ってた事は? 斎藤さんが仁ちゃんを好きっていう話……嘘だったのかな?」
「清香の気持ちはわからない。でも、あったとしても清香の片思いなんじゃないか」
「どうしてそう思うの? 斎藤さん、あんなに美しいのに?」
「清香は仁のタイプじゃないと思う」
「タイプじゃない!? あの女神を前にして、タイプじゃない、なんてつれない態度を取る男の人が世の中にいるかな!? たとえば蓮ちゃんなら!? 斉藤さんに告白されたとしたら、どうする!?」
「どうもこうも。好きじゃないから断る」
少しも迷う事なく返されたその答えが、私にはかなりの衝撃だった。
「男の人って、美人に告白されたら嬉しいものじゃないの? 好きじゃなくても浮かれて、OKしちゃうものじゃないの?」
「それは人によるだろうけど、俺は美人だからって……あ、何か温かいものでも飲むか?」
向かって左側に見えた、コンビニの看板。すかさずウインカーを出す蓮ちゃん。
「あ、私は大丈夫だよ。でも蓮ちゃんが飲むなら、買ってくる」
「じゃあ、一緒に行こう」
蓮ちゃんはそう言って微笑み、手慣れた手つきでハンドルを操作して、狭いコンビニの駐車場に一発で完璧に車を入れた。
「ん、どうした」
エンジンを切ってもドアを開けず、ほけ~っと見惚れている私に、蓮ちゃんは首を傾げた。
「かっこいい……蓮ちゃん、車の運転まで上手なんだね」
「今時、車停めただけでそんな事言ってくれる女の子、唯位だけどな」
「駐車だけ、じゃないのっ。蓮ちゃんは見目も麗しいし、頭もいいし、優しいし、もう全てがかっこよ……」
と、素敵すぎる蓮ちゃんを褒めちぎった所で、気付いた。
「あ……そうか。蓮ちゃんや仁ちゃんみたいに、見た目も中身も完璧な超人は、美人なら誰でもウェルカム、なんていう次元では生きていない……のかな?」
コンビニに入るや否や、そんな分析を始めた私を、蓮ちゃんは鼻で笑った。
「次元て。自分のスペックなんて関係ないだろ。好きな相手以外は受け入れないって、そんなに変か?」
「ううん……言われてみれば、ごく自然な事だよね。私は容姿に恵まれなかった人間として、美人さんへの憧れや、妬み嫉みが強いから……綺麗なら、誰にでも受け入れて貰えるし、愛して貰えるんだろうな~って、思ってて。だから斎藤さんが仁ちゃんを好きなら、仁ちゃんも絶対斎藤さんを……って思い込んじゃった」
「……唯は、すごいな」
「ん?」
今の、恥ずかしい嫉妬と偏見の話をきいて、どうしてそんなリアクション?
「憧れてる、妬んでる、なんて、普通言えないだろ。プライドとか羞恥心とかで、必死に隠そうとする感情だと思う」
「そ、そうだよね、ごめん……あえて人様に聞かせるような話じゃないよね……蓮ちゃんは何でも、うん、うん、て聞いてくれるからつい……」
うん? 違うな、ここ最近、同じような話を複数回した覚えがある。
「れ、蓮ちゃんどうしよう! 私今の話、仁ちゃんにもしちゃってた! 大園さんや斎藤さんにも……! 隠すべき感情を露わにしてしまってた! うわ~! これダメなやつだよね!? パンツ一枚でスカートもズボンも履かずにウロウロしてたのと一緒って事だよね!? 皆優しいから、その後も普通に接してくれてたけど……本当はめちゃめちゃ引いてたのかな!? あ! まさかそれがきっかけで、仁ちゃんもほとほと愛想を尽かせて、斎藤さんとの不倫に暴走を……!?」
「唯、唯、落ち着いて。まずは飲み物を選ぼう。ミルクティーでいい? 好きだったよな?」
今頃気付いた大失態に、あわてふためいてしまう。
蓮ちゃんはそんな私の肩に手を置き、ポン、ポンと軽くたたいてくれて。
「あ、ごめ……っ、うん、ミルクティー大好きっ、ありがとう」
「別に、落ち込む必要ないだろ。そういう事を素直に口に出来るのは、闘争心が無い証拠だと思うし」
「闘争……心?」
言葉の意味は知っている。でも蓮ちゃんの言わんとしている事が理解できず、キョトンとしてしまう。
そんな私を見て、蓮ちゃんは控えめに微笑んだ。
「人が弱みや恥部を晒したがらないのは、闘争心があるからだと思うんだ。自分を良く見せたい、優れた人間だと思われたい、評価されたい……っていう」
「それは、向上心とは違うの?」
「純粋な向上心なら、ライバルは昨日の自分、になると、俺は思ってる。でも闘争心は自分以外の誰かよりも勝りたい、誰かを負かしたいっていう、角のある感情だ。だから、闘争心がある人間相手には警戒するし、一緒にいても心が休まらない」
「……成程」
持論をとってもわかりやすく解説してくれる蓮ちゃんに関心してしまう。
でも、まだまだその真意はわからなくて。すると、そんな私の気持ちを察したらしい蓮ちゃんは、解説を続けてくれた。
「特に仁は、小さい頃からそういう角に四方八方を囲まれて生きて来たから……唯みたいな子が傍にいてくれると、安らぐし、癒されるんだと思う。俺、言っただろ? 仁は唯が思っているよりずっと、唯に感謝してるし、大切に想ってるって。それは、そういう理由」
流れ星に遭遇したような、顔をしてしまう。
突然の驚き。そして喜びと感動。泣きそうになる程に、ありがたく幸せな気持ち。
「あ……ありがとう、蓮ちゃん、そんな風に言ってくれて……私、調子にのっちゃいそうっ」
目を潤ませながらお礼を言う。
蓮ちゃんは微笑みながら、ホットのミルクティーとルイボスティーのペットボトルを手に取り、レジの方へ歩いて行った。
「清香がタイプじゃないって言ったのも、同じ理由だよ。清香は……闘争心と向上心の塊だから。いくら美人でも、むしろ仁と衝突する人種だと思う」
「確かに、斎藤さんがアシスタントになりたての頃、テロリスト呼ばわりしてた」
「はは、テロリストはひどいけど。まぁとにかく、心配する必要ないんじゃないか。……というか、テロリストと寄り添わないと歩けないような状態だった、って可能性を、俺なら心配するけど」
「え!? それって具体が悪かった、とか?」
会計待ちの列に並びながら、途端にざわつき始めた胸元を押さえる。
「タクシーに乗ったのは、病院に直行する為かもしれない。連絡が無いのは、病院で処置中って事なら説明がつくし」
「わ、私、外でちょっと電話してきてもいい!? あ、ミルクティー代は後でちゃんと……っ」
「いいから。仁が出なければ、清香にかけてみて」
「うん! ありがとう!」
列から飛び出し、急いで店外に出る。
スマホ画面をタップする指先は、小刻みに震えていた。
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