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62.ニセ妻は見た

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 『え~!? なにあれ、どういう事~!?』

 『清香ちゃんが仁の事好きだとは聞いてたけどさ! あ、それも今日仕事中に、仁がいきなり暴露してきてね? 慌てちゃったよ! あれ、ノロケだったのかな~?』

 『それにしたって、あんな堂々としていいもの~? 世間的には既婚者なのにさ! 奥さんである唯ちゃんの立場も考えなきゃ! ねえ~?』


 頭の中で響くのは、一輝さんの声。

 頭の中に映るのは、斎藤さんと寄り添い合って歩く、仁ちゃんの姿。
 
 そんな二人が、タクシーに吸い込まれていったのを見送ってから……どこをどう歩いて帰宅したのか、覚えていない。
 気が付くと、私は自宅マンションの前に立っていた。

 スマホを見ても、メッセージも着信も無い。
 仁ちゃん……は、まだ家には帰ってない……のかな。今頃はまだきっと……斎藤さんと……。
 そう思うと、足が動かない。

 「落ち着こう。いいんだよね、別に。うん、私達は仮初の夫婦なんだから……あ、でも、世間体的に不倫はダメだって話になったんじゃないっけ?」

 なのに、あんな状態で会社から出て来るなんて……流石にまずいんじゃないだろうか。
 会社の人にも見られ放題だし、飛鳥一族の中にもあっという間に噂は広がる。そうなったら、後継者争いにも大ダメージなんじゃ?

 「でも……考えようによっては、そんなものどうでもよくなる位、気持ちが燃え上がっちゃってるとも言えるよね……」

 もしかして、今朝の私が、背中を押してしまったのだろうか。
 常にコンプレックスを刺激してくる偽嫁に、あんな事を言われて……『もう嫌だ! どうとでもなれ!』と、ヤケクソになってしまった……?

 「あああ……そうだとしたら……私、ほんとにいらん事ばっかりしてるぅぅ~!」

 あの美しい斎藤さんがアシスタントになって、もしや……という心配はしていた。覚悟もしていた。
 でも、それがいざ現実になると……覚悟なんて、ちっとも出来ていなかったのだと、思い知る。

 「というか、これは気付かないフリをした方がいいのかな……それとも、仁ちゃんの将来を考えて、人目をはばかってね、とか苦言を呈するべき? ああっ、そもそも、この時間まで夫が帰ってないのに、連絡の一つもしない時点で、自然ではないよねっ。残業? とか、帰宅何時になりそう? とか、メッセージ送っといたほうがいいかな?」

 こんな所で一人、喋り続けて――完全に危ない人だ。
 聞いてくれる人もいない、答えてくれる人もいない。

 苦しい。この虚しさから解放されたい。でも……どうすれば……。


 『全力で寄りかかっていいんだ』


 蓮ちゃんの優しい声が……頭の中で聞こえた。
 我ながら、なんという都合が良く自分に甘い脳みそだろう。 

 そうっと、ポケットの中のスマホを手に取る。

 「いやいやいや。今日もグチグチしちゃったばっかりだし。さすがに……さすがにそれは……」

 首をブンブン横に振って、懸命に自制心を働かせようとしていたのだけど。

 RRRRRRRRRRRRR

 ありふれた着信音が、玄関前のエントランスに響き渡った。

 画面には『蓮ちゃん』の表示。
 出ていいものか迷って……スマホを片手に固まってしまう。
 すると、その間に着信音は鳴り止んで……直後に、メッセージが届いた。

 「……え!!?」

 そしてそれを読んだ直後――私の目の前に、真っ白な高級車が停まったのだ。
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