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60.漬物石のあの重量、石ってレベルじゃなくない?

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 漬物石とは。

 漬物器の上にのせる、重しの事。
 これを用いる事によって、漬物から水分が抜けやすくなり、塩分や味が浸透しやすくなる他、歯ごたえが良くなるという効果がある。

 「仁さん、お漬物なんてつけるんですか」

 突如、背後から声を掛けられ、驚いてしまう。

 「人の背後に立つな。そしてモニターを覗き見るな」

 「先日も申し上げましたが、私自身、SSSの仁さんに気取られずに近付く事が出来て驚いているんです。本当にどうされてしまったんですか。今日一日、ギスギスした雰囲気のまま仕事をされて……終業時間を過ぎたというのに、漬物石について検索なんてなさって」

 「お前には関係ないだろ」

 今朝、唯との事があってから……まるで漬物石を胃にぶちこまれているような、不快感。が、治まらない。
 なんてぼんやりと考えていて。気が付いたら漬物石について検索していた。

 もう定時を過ぎているというのに。急いで片付けなきゃならない仕事なんて無いっていうのに。
 いつもなら、1秒でも早く、唯の待つ家に帰りたいと……速足で一輝との待ち合わせ場所に向かっている頃なのに。

 斎藤の言う通り。ギッスギスの空気の中、今日の業務は終了した。
 
 広報部の……一輝の取材を受け(ちゃんと受けたとは言い難いけれど)、運動会実行委員の全体会議、審判競技別会議、参加競技別説明会……にそれぞれ出席をして、午前は終了。
 そして午後は、逸材の情報収集と、過去のスカウト対象者……つまりは現アスカ社員の現状調査。を、して終了。運動会が終わるまでは、面談は最低限に抑えなければならないから、こんな感じで毎日が終わっていく。

 デスクワーク主体で、オフィス内で自由にスマホを触る事も出来る。
 普段なら、唯にメッセージし放題じゃん! と、浮かれるような状況だけど。

 「関係あります。私は仁さんのアシスタントです。仕事に支障をきたす程の何かがあったなら、把握しておかなければ、フォローが出来ません」

 「仕事に支障をきたす無礼な事を、日常的にガンガン言ってくるアシスタントの言葉とは思えねえな」

 とりあえず、漬物石検索の画面を閉じ、ため息を吐いて『うっとおしいな』アピールをしてみるが。斎藤は当然のごとくひるみはしない。

 「私の唯さんに関する発言が、仁さんをこれ程に乱しているという事でしょうか?」

 「お前如きの言葉でここまで乱れねえわ、自惚れるな」

 「でしたら一体……」

 RRRRRRRRRR

 斎藤の言葉を遮るように鳴る、着信音。
 デスクの上のスマホを慌てて手に取る……が、電話は唯からでは無かった。

 「もしもし……ああ、悪い一輝、今日はタクる。ああ、うん……じゃ」

 そっけない返事のみで通話は終了。乱暴にスマホを放る。

 「一輝さんからですか? 毎日一緒に帰宅されているんですね」

 「お前には関係無いって言ってんだろ。つーか、もう一輝さん呼ばわりかよ。仲良くなるの早」

 「下の名前で呼ぶよう依頼がありましたので」

 「依頼? っは……随分すんなり従うんだな。俺の言う事はまるで聞かねえくせに。それもあれか? 好きな人には素直になれないみたいです、とかふざけた言い訳でもするつもりか?」

 デリカシー皆無の俺の言葉に、流石の斎藤も表情を強張らせた。

 「仁さんは、寛容な人格者だと思っていましたが。心が乱れた時は子供のように幼稚で意地の悪い無礼者なんですね」

 座っている俺を、冷ややかな目で見下す。

 「勝手に俺の人格を決めつけて、勝手にがっかりしてんじゃねえよ。俺が優しいのは唯の前でだけだ。病院でのゴタゴタの時にお前自身が言ってただろ」

 「……でも、タクシーに乗る間際、おっしゃって下さいましたよね? 傷の具合次第では無理せず休めよ、と。唯さんはあの場にいらっしゃらなかったのに」

 「は? そんな事言ったか?」

 正直、よく覚えていない。

 「覚えていない位、無意識の発言だったのでしょう。ならば尚更、あれも仁さんの本質なのだと思います。仁さんはお優しい人なんです。唯さんがいなくても、思い遣りに溢れた慈悲深い方なんです」

 「唯が……いなくても?」

 「そんな仁さんをこうまで変えてしまった原因が気になります。一体何があったんです? お願いですから……お話し頂けませんか」

 違う。

 唯がいたから、だ。

 「俺は本来……冷たくて、傲慢で……小学校の成績表に、人として大事なものが欠けてる、とか担任に書かれるような、ヤバイ人間で」

 「え……?」

 そんな俺が、思い遣りに溢れた慈悲深い方? それが本質?
 もしそうなら、それは間違いなく――

 「唯が、変えてくれたんだ。唯が……ずっと一緒にいてくれたから――」

 唯と出会ったばかりの頃の事。
 一緒に過ごしてきた、尊い時間の事。

 思い返していたら、声が、情けない程に震えてきた。

 「仁さん……? 大丈夫……ですか?」

 「大丈夫じゃない。唯がいなくなったら……他の奴にとられたら、俺はもう無理だ」

 額に手をやり、うなだれる。そんな俺の肩を、ガシっと掴む斎藤。

 「は!? とられる予定があるのですか? まさか唯さんが浮気を!? それで仁さんはこんな」

 「白々しい……っ。お前も本当は凛から全部聞いてるんじゃないのか? それで……」

 その斎藤の手を振り払った直後だった。

 「ぐっ……!! ってえぇ……っっっ」

 「え!? ちょ、どうしました仁さん! 仁さん!?」

 みぞおちを襲った激痛。たまらず、膝から床に崩れ落ちる。

 「胃……胃に、漬物石が……」

 「はい!? 胃!? 胃に漬物石が入ってるんですか!? 誤飲してしまったという事ですか!? あれを!? え!?」

 キャラに似合わず、慌てふためく斎藤の足元で、俺は腹を抱えて、無様にうずくまるしかなかった。
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