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52.電車の遅延は時にラッキー
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『一輝と飲んで帰る事になった。だから夕食はいらない。連絡が遅くなってごめんな』
そう、仁ちゃんから電話があったのはついさっきの事。
仁ちゃんは申し訳なさそうに何度も謝っていたけれど……私は正直、ホッとしていた。
「お客様にお知らせいたします。只今○○駅で発生しました人身事故の影響で、全線運転を停止しており――」
30分前から繰り返し聞いている、駅ホーム内のアナウンス。
このまま復旧しなかったら、仁ちゃんの帰宅までにお家に戻れない。そう、ハラハラしていたから。
「よかった……。タクシーは勿体ないし、これを抱えて家まで歩くのはさすがに無理だし……」
一人、ベンチに座ってつぶやきながら、足元においた2つのポリタンクを見る。
それにしても……寒い。
まだまだ真冬とは言えない季節だけど、夕方を過ぎると風はとっても冷たくて。
仁ちゃんは毎日こんな寒い想いをしながら、通勤しているんだな。
肩を縮こまらせて、電車の到着を待つ仁ちゃんの姿を想像すると、私に出来る全てで仁ちゃんを支えたい! という想いが、一層強くなる。
『俺が絶対に、守るから』
「くわ~~~~っ!」
頭の中に思い描いていた仁ちゃんが突然、昨日の台詞を喋り始めて……たまらずに変な声をあげてしまう。
そんな私を、訝し気な視線で突き刺す周囲の人々。私は赤面しながら、頭を下げた。
いや、わかってる。わかってるんだけどね? 仁ちゃんは私を家族として大切にしてくれてるっていうだけ。そして、会社のイベントで失態をおかすわけにはいかないってだけで。私が仁ちゃんに抱いているような気持ちは微塵も無いって事くらい。
でも、それでも嬉しかった。
仁ちゃんの気遣いの主成分は、野望の為に私を利用している申し訳なさ、だと思っていたから。
家族だから、大切だからこその遠慮や思い遣りならば、切ない気持ちにはならない。それどころか、この上無く嬉しく、幸せな気持ちで受け止められる。
洗濯かごとランドリーバスケットをめぐる誤解を解かねばと……思い切って本心を打ち明けてみて良かった。
一緒に過ごしたいとか言ったら、私の気持ちバレバレで困らせちゃうかな? って不安はあったけど。
家族愛という事で、うまく誤魔化せたみたいだし。
でも……。
すっかり冷え切った自分の手を、じっと見つめる。
「家族じゃ……手はつながない、よね?」
最初のお店から出た後から、次のお店に入るまで……どうして仁ちゃんは、ずっと手をつないでいてくれたのだろう。
つないでくれていた、というよりは、離すタイミングを失ってしまっただけ、なのかな?
もしくは、自分から離すのは私に悪いと思って?
それとも、家族だからこそ、お兄ちゃんが妹の手を取って歩いてあげる、的な? 感覚だったんだろうか。
わからない。私がここで考えた所で、答えは出ないよね。
どんな理由があったとしても、幸せな時間だった事に変わりはないし。
「お客様にお知らせいたします。○○駅で発生しました人身事故の影響により、車両に不具合が見つかりました。当面の間、復旧は困難と思われます。お急ぎの方は振替輸送をご利用ください」
落ち着いた調子で『え~!』という内容のアナウンスをする駅員さん。
ホーム内で待機していた人々が、ゾロゾロと動き出す。
私……私はどうしよう?
現在18時30分。仁ちゃんは次の日に響くような飲み方はしないから……遅くとも22時には帰ってくるよね?
ここからお家までは、1時間半はかかる。振替輸送ならきっと、それ以上に。
う~ん、どうしようかな。早めに復旧すれば余裕をもって帰宅できるけど……『当面の間』って、何時間位の事を言うのだろう? 感覚的には、少なくとも1時間は無理。な印象だけど。
ちょっと駅員さんに聞いてみる? ううん、ダメダメ、はっきりした事が言えないから『当面の間』て濁してるんだし。
混んでる病院の順番待ちで『あとどれくらいかかりますか』って聞いても、はっきりした答えをくれないのと同じだよね。
あ、でも『次の次ですよ』とか、なんとなく見通しの立てられる事を言ってくれる人もいるし……試しに聞いてみようか? いやいやいや、だけど病院と電車とじゃ話が違うもん。トラブル対応に右往左往する駅員さんを呼び止めるのは、やはり気が引ける。
「仕方ない、振替輸送で行こうっ」
お仕事で疲れた仁ちゃんを、確実にお出迎えする。その為なら、荷物がなんだ。手間がなんだ。
そう気合を入れて、20リットルポリタンク×2の取っ手に手を掛けた時――
「唯?」
低く、優しく、懐かしい声が、私の名前を呼んだ。
そう、仁ちゃんから電話があったのはついさっきの事。
仁ちゃんは申し訳なさそうに何度も謝っていたけれど……私は正直、ホッとしていた。
「お客様にお知らせいたします。只今○○駅で発生しました人身事故の影響で、全線運転を停止しており――」
30分前から繰り返し聞いている、駅ホーム内のアナウンス。
このまま復旧しなかったら、仁ちゃんの帰宅までにお家に戻れない。そう、ハラハラしていたから。
「よかった……。タクシーは勿体ないし、これを抱えて家まで歩くのはさすがに無理だし……」
一人、ベンチに座ってつぶやきながら、足元においた2つのポリタンクを見る。
それにしても……寒い。
まだまだ真冬とは言えない季節だけど、夕方を過ぎると風はとっても冷たくて。
仁ちゃんは毎日こんな寒い想いをしながら、通勤しているんだな。
肩を縮こまらせて、電車の到着を待つ仁ちゃんの姿を想像すると、私に出来る全てで仁ちゃんを支えたい! という想いが、一層強くなる。
『俺が絶対に、守るから』
「くわ~~~~っ!」
頭の中に思い描いていた仁ちゃんが突然、昨日の台詞を喋り始めて……たまらずに変な声をあげてしまう。
そんな私を、訝し気な視線で突き刺す周囲の人々。私は赤面しながら、頭を下げた。
いや、わかってる。わかってるんだけどね? 仁ちゃんは私を家族として大切にしてくれてるっていうだけ。そして、会社のイベントで失態をおかすわけにはいかないってだけで。私が仁ちゃんに抱いているような気持ちは微塵も無いって事くらい。
でも、それでも嬉しかった。
仁ちゃんの気遣いの主成分は、野望の為に私を利用している申し訳なさ、だと思っていたから。
家族だから、大切だからこその遠慮や思い遣りならば、切ない気持ちにはならない。それどころか、この上無く嬉しく、幸せな気持ちで受け止められる。
洗濯かごとランドリーバスケットをめぐる誤解を解かねばと……思い切って本心を打ち明けてみて良かった。
一緒に過ごしたいとか言ったら、私の気持ちバレバレで困らせちゃうかな? って不安はあったけど。
家族愛という事で、うまく誤魔化せたみたいだし。
でも……。
すっかり冷え切った自分の手を、じっと見つめる。
「家族じゃ……手はつながない、よね?」
最初のお店から出た後から、次のお店に入るまで……どうして仁ちゃんは、ずっと手をつないでいてくれたのだろう。
つないでくれていた、というよりは、離すタイミングを失ってしまっただけ、なのかな?
もしくは、自分から離すのは私に悪いと思って?
それとも、家族だからこそ、お兄ちゃんが妹の手を取って歩いてあげる、的な? 感覚だったんだろうか。
わからない。私がここで考えた所で、答えは出ないよね。
どんな理由があったとしても、幸せな時間だった事に変わりはないし。
「お客様にお知らせいたします。○○駅で発生しました人身事故の影響により、車両に不具合が見つかりました。当面の間、復旧は困難と思われます。お急ぎの方は振替輸送をご利用ください」
落ち着いた調子で『え~!』という内容のアナウンスをする駅員さん。
ホーム内で待機していた人々が、ゾロゾロと動き出す。
私……私はどうしよう?
現在18時30分。仁ちゃんは次の日に響くような飲み方はしないから……遅くとも22時には帰ってくるよね?
ここからお家までは、1時間半はかかる。振替輸送ならきっと、それ以上に。
う~ん、どうしようかな。早めに復旧すれば余裕をもって帰宅できるけど……『当面の間』って、何時間位の事を言うのだろう? 感覚的には、少なくとも1時間は無理。な印象だけど。
ちょっと駅員さんに聞いてみる? ううん、ダメダメ、はっきりした事が言えないから『当面の間』て濁してるんだし。
混んでる病院の順番待ちで『あとどれくらいかかりますか』って聞いても、はっきりした答えをくれないのと同じだよね。
あ、でも『次の次ですよ』とか、なんとなく見通しの立てられる事を言ってくれる人もいるし……試しに聞いてみようか? いやいやいや、だけど病院と電車とじゃ話が違うもん。トラブル対応に右往左往する駅員さんを呼び止めるのは、やはり気が引ける。
「仕方ない、振替輸送で行こうっ」
お仕事で疲れた仁ちゃんを、確実にお出迎えする。その為なら、荷物がなんだ。手間がなんだ。
そう気合を入れて、20リットルポリタンク×2の取っ手に手を掛けた時――
「唯?」
低く、優しく、懐かしい声が、私の名前を呼んだ。
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