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35.ユッケを食べた事があるかどうかで歳がばれる
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「どうだった?」
「うん。二人共すごく楽しそうだったよ。最終的には、3人でメッセージのID交換して、グループを作りました」
ソファー前のローテーブルに、缶ビールと冷えたグラスを置いて、笑う唯。
その顔は、とても満足そうだ。
「唯はすごいな。あの二人を仲良くさせて、それぞれのストレスを解消させちゃうんだから」
ファミレスで唯の笑顔を見た時、俺はその思惑がなんとなく理解できた。
斎藤とマウント女は、似たような悩みを抱えている。
そして二人共、それを共有できる友人に恵まれていない様子。
だから、あの場で互いに発散させてやるのが、二人の為。
唯はそう考えて俺を退席させ、三人で……というかあの二人で、楽しく喋らせてやりたかったんだろう。
「そんな大層な事じゃ……美人さんの苦労話で盛り上がってる二人を見て、意外と馬の合う二人なのかも? って思っただけだよ」
「でも、唯の役割はでかいだろ。あの戦闘民族な二人だけじゃ、またいつゴングが鳴るか? だったろうし」
「ふふ、良い緩衝材になれたなら、嬉しい」
この朗らかな雰囲気から察するに……斎藤はおかしな事を言ったりはしていない……ようだ。
内心、愛する妻と、告白してきた同僚とがファミレスで修羅場を繰り広げるのではと……不安はあったのだが(いや修羅場っていうよりは、斎藤が一方的に噛みつく事態になるだろうけど)、派手女同士で話に花を咲かせるのに夢中になってくれたのなら、一安心。
そんな俺のヒヤヒヤなど知る由も無い唯が、続いて運んで来てくれたのは、酒のつまみ。
チコリーにのった、アボカドとサーモン和えものユッケ風。だ。
「こんな手の込んだの、作ってくれなくて良かったのに。今日は色々あって疲れただろ」
「手は込んでないよ? 切って調味料と混ぜただけだし。でも、やっぱりチコリーにのっているだけで、オシャレで、手が込んでいるように見えるよね。大園さんに教えて貰って良かった」
自作のつまみを眺めながら、缶ビールの蓋を開ける唯。
ペキシッ。からの、グラスにトクトク……気持ちの良い音が、続く。
俺は礼を言いながら、グラスの底の方に手を当て、支えた。
「そういやバタバタしてて聞けてなかったけど……なんでマウント女とセレブスーパーなんて行ってたんだよ? もしや、無理やり誘われた?」
「違うの、私、大園さんに会う為に行ったんだ。聞きたい事があって……」
「聞きたい事? って?」
可愛くて優しくて謙虚で気配り上手な唯が、毒蛙のように派手で高慢で傲慢で常時人を見下していないと気が済まないようなマウント女に、教示を乞う事なんてあるとは思えないが。
あ、もしかして逆に? どうすりゃそんな自信満々になれますか? とか、そういう系の相談だったんだろうか。謝ってばっかりの自分が嫌だ、みたいな事も言ってたし。
だとしても、そういうのって人に教えられようが、すんなり出来るもんじゃない。
何かを気にして悩んでいる人間に『気にするなよ』とアドバイスするのが無効であるように。
「笑わないで……聞いてくれる?」
「もちろん」
もしそういう事情なんだとしたら、はっきりとそう伝えよう。
『唯は今のままでいいよ』
これ位は好き好きアピールにはならないし、きっと許される。
そう、意気込んでいたんだけど――
「実はね、美の秘訣を教わってたの」
「……ん? び?」
び? 微? 尾? あ……美?
「ほら昨日、仁ちゃんに斎藤さんの写真を見せて貰ったでしょ? それで……やっぱり綺麗な人っていいなぁ、私も、努力したら少しはマシになれるかなぁ……なんて」
テーブルの傍らに膝をつき、恥ずかしそうに俯く唯。
ん? それじゃあもしかして……
「昨日の夜、悩んでる風だったのは、そういう事だったのか?」
「え? あっ、気付いてた? ごめんね、もしかして起こしちゃったかな? あんな時間にキッチンでガチャガチャ……」
「あ、いや、違う、たまたま目が覚めて。ごめんな、俺じゃ力になれないかもと思って……声もかけずに」
「ううん、スルーしてくれてよかった。綺麗な人に憧れて、綺麗じゃない自分に落ち込んで……なんて悩み、打ち明けられても困っちゃうでしょ?」
「困らねぇよ」
俺の即答が意外だったのだろうか。唯はパチパチと目を瞬かせた。
「それより、唯が一人で抱え込んで苦しんでる方が、困る。話して楽になる事もあるかもしれないし」
「……仁ちゃん……。それじゃあ、ちょっとだけ、聞いてくれる?」
話す決意をしてくれたのであろう唯の為に、ソファの端っこに寄って、スペースを作る。
俺の意を汲んだ唯は、静かに隣に座ってくれた。
「あの……私ね、自分の容姿とか、存在そのものに対するコンプレックスが……異様に強くて、ね?」
「うん」
「だから……斎藤さんの写真を見てから、いいなあ、羨ましいなあ、妬ましいなあっていう気持ちが……こう、溢れちゃって」
「うん」
「だって、綺麗な人ってさ、やっぱり得する事が多いと思うんだよ。皆に好かれやすいし。ということはつまり、皆を幸せにもしやすいっていうか」
「うん」
「もし、私が綺麗だったら……こんな人生じゃなかったのかもって……考えてもしょうがない事、考えはじめたら……なんか……」
「…………唯……」
丸い瞳が、悲しみに揺れている。
殴りたい。
どうしよう! 唯に気持ちがバレたかも?
でも逆に意識してもらえるたりして……。
え~ダメダメ! 悟られたら困らせちゃう~!
と。ラブコメ的な勘違いで悩んでいた、呑気すぎる半日前の、自分を。
唯の心を締め付けていたのは……あの人だ。
唯を虐げ、侮辱し、苦しめ続けて来た……俺がこの世で最も、憎んでいる人物。
そして……唯がこの世で最も、愛している人物。
俺は、そっと唯の肩に手を置いた。
「唯……唯の容姿がどうあれ、唯の血統がどうあれ、あの人の人生はあの人が選んだ結果であって……唯のせいじゃない。唯にはどうにもできない事だった。だから……そんな風に気負う必要はねぇよ」
唯は、自分のせいであの人が不幸になったと思ってる。
自分が亜種でなければ。自分が美人だったら。自分がもっと優れた人間だったら。
あの人は、もっと幸せだった筈――。
その考えは呪いのように長年唯を縛り付け、苛み続けている。
でも違うんだ。唯は何も悪くない。
唯のように心の温かい子が、誰かに不幸をもたらすなんて、あり得ない。
だから、その呪いは俺が解いてみせる。
飛鳥を征して、世の中を変えて、いつの日かこの愛を伝えて――
「…………へ?」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔って、こういうのを言うんだろうな。という表情で、俺を見る唯。
「ええと? あの人……? え? ええと?」
「え、あ……?」
そんな唯のリアクションで、気付いた。
俺は見当違いな推測をしていた事に。
「うん。二人共すごく楽しそうだったよ。最終的には、3人でメッセージのID交換して、グループを作りました」
ソファー前のローテーブルに、缶ビールと冷えたグラスを置いて、笑う唯。
その顔は、とても満足そうだ。
「唯はすごいな。あの二人を仲良くさせて、それぞれのストレスを解消させちゃうんだから」
ファミレスで唯の笑顔を見た時、俺はその思惑がなんとなく理解できた。
斎藤とマウント女は、似たような悩みを抱えている。
そして二人共、それを共有できる友人に恵まれていない様子。
だから、あの場で互いに発散させてやるのが、二人の為。
唯はそう考えて俺を退席させ、三人で……というかあの二人で、楽しく喋らせてやりたかったんだろう。
「そんな大層な事じゃ……美人さんの苦労話で盛り上がってる二人を見て、意外と馬の合う二人なのかも? って思っただけだよ」
「でも、唯の役割はでかいだろ。あの戦闘民族な二人だけじゃ、またいつゴングが鳴るか? だったろうし」
「ふふ、良い緩衝材になれたなら、嬉しい」
この朗らかな雰囲気から察するに……斎藤はおかしな事を言ったりはしていない……ようだ。
内心、愛する妻と、告白してきた同僚とがファミレスで修羅場を繰り広げるのではと……不安はあったのだが(いや修羅場っていうよりは、斎藤が一方的に噛みつく事態になるだろうけど)、派手女同士で話に花を咲かせるのに夢中になってくれたのなら、一安心。
そんな俺のヒヤヒヤなど知る由も無い唯が、続いて運んで来てくれたのは、酒のつまみ。
チコリーにのった、アボカドとサーモン和えものユッケ風。だ。
「こんな手の込んだの、作ってくれなくて良かったのに。今日は色々あって疲れただろ」
「手は込んでないよ? 切って調味料と混ぜただけだし。でも、やっぱりチコリーにのっているだけで、オシャレで、手が込んでいるように見えるよね。大園さんに教えて貰って良かった」
自作のつまみを眺めながら、缶ビールの蓋を開ける唯。
ペキシッ。からの、グラスにトクトク……気持ちの良い音が、続く。
俺は礼を言いながら、グラスの底の方に手を当て、支えた。
「そういやバタバタしてて聞けてなかったけど……なんでマウント女とセレブスーパーなんて行ってたんだよ? もしや、無理やり誘われた?」
「違うの、私、大園さんに会う為に行ったんだ。聞きたい事があって……」
「聞きたい事? って?」
可愛くて優しくて謙虚で気配り上手な唯が、毒蛙のように派手で高慢で傲慢で常時人を見下していないと気が済まないようなマウント女に、教示を乞う事なんてあるとは思えないが。
あ、もしかして逆に? どうすりゃそんな自信満々になれますか? とか、そういう系の相談だったんだろうか。謝ってばっかりの自分が嫌だ、みたいな事も言ってたし。
だとしても、そういうのって人に教えられようが、すんなり出来るもんじゃない。
何かを気にして悩んでいる人間に『気にするなよ』とアドバイスするのが無効であるように。
「笑わないで……聞いてくれる?」
「もちろん」
もしそういう事情なんだとしたら、はっきりとそう伝えよう。
『唯は今のままでいいよ』
これ位は好き好きアピールにはならないし、きっと許される。
そう、意気込んでいたんだけど――
「実はね、美の秘訣を教わってたの」
「……ん? び?」
び? 微? 尾? あ……美?
「ほら昨日、仁ちゃんに斎藤さんの写真を見せて貰ったでしょ? それで……やっぱり綺麗な人っていいなぁ、私も、努力したら少しはマシになれるかなぁ……なんて」
テーブルの傍らに膝をつき、恥ずかしそうに俯く唯。
ん? それじゃあもしかして……
「昨日の夜、悩んでる風だったのは、そういう事だったのか?」
「え? あっ、気付いてた? ごめんね、もしかして起こしちゃったかな? あんな時間にキッチンでガチャガチャ……」
「あ、いや、違う、たまたま目が覚めて。ごめんな、俺じゃ力になれないかもと思って……声もかけずに」
「ううん、スルーしてくれてよかった。綺麗な人に憧れて、綺麗じゃない自分に落ち込んで……なんて悩み、打ち明けられても困っちゃうでしょ?」
「困らねぇよ」
俺の即答が意外だったのだろうか。唯はパチパチと目を瞬かせた。
「それより、唯が一人で抱え込んで苦しんでる方が、困る。話して楽になる事もあるかもしれないし」
「……仁ちゃん……。それじゃあ、ちょっとだけ、聞いてくれる?」
話す決意をしてくれたのであろう唯の為に、ソファの端っこに寄って、スペースを作る。
俺の意を汲んだ唯は、静かに隣に座ってくれた。
「あの……私ね、自分の容姿とか、存在そのものに対するコンプレックスが……異様に強くて、ね?」
「うん」
「だから……斎藤さんの写真を見てから、いいなあ、羨ましいなあ、妬ましいなあっていう気持ちが……こう、溢れちゃって」
「うん」
「だって、綺麗な人ってさ、やっぱり得する事が多いと思うんだよ。皆に好かれやすいし。ということはつまり、皆を幸せにもしやすいっていうか」
「うん」
「もし、私が綺麗だったら……こんな人生じゃなかったのかもって……考えてもしょうがない事、考えはじめたら……なんか……」
「…………唯……」
丸い瞳が、悲しみに揺れている。
殴りたい。
どうしよう! 唯に気持ちがバレたかも?
でも逆に意識してもらえるたりして……。
え~ダメダメ! 悟られたら困らせちゃう~!
と。ラブコメ的な勘違いで悩んでいた、呑気すぎる半日前の、自分を。
唯の心を締め付けていたのは……あの人だ。
唯を虐げ、侮辱し、苦しめ続けて来た……俺がこの世で最も、憎んでいる人物。
そして……唯がこの世で最も、愛している人物。
俺は、そっと唯の肩に手を置いた。
「唯……唯の容姿がどうあれ、唯の血統がどうあれ、あの人の人生はあの人が選んだ結果であって……唯のせいじゃない。唯にはどうにもできない事だった。だから……そんな風に気負う必要はねぇよ」
唯は、自分のせいであの人が不幸になったと思ってる。
自分が亜種でなければ。自分が美人だったら。自分がもっと優れた人間だったら。
あの人は、もっと幸せだった筈――。
その考えは呪いのように長年唯を縛り付け、苛み続けている。
でも違うんだ。唯は何も悪くない。
唯のように心の温かい子が、誰かに不幸をもたらすなんて、あり得ない。
だから、その呪いは俺が解いてみせる。
飛鳥を征して、世の中を変えて、いつの日かこの愛を伝えて――
「…………へ?」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔って、こういうのを言うんだろうな。という表情で、俺を見る唯。
「ええと? あの人……? え? ええと?」
「え、あ……?」
そんな唯のリアクションで、気付いた。
俺は見当違いな推測をしていた事に。
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